御曹司社長は恋人を溺愛したい!

椿蛍

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第一章

14 従兄

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目が覚めると、体は綺麗に洗われ、ベッドに寝かされていた。
手首が赤くなっていて、あれが夢ではなかったことを知る。
どれだけ、眠っていたのかわからないけれど、外は夕方なのか、窓の外から見えた海に太陽が沈むのが見え、連れてこられた時はもう夜だったから、だいたい一日は経っているだろうということだけはわかった。
この海が見える家は雅冬まさとさんしか知らないと言っていた。
「……唯一の逃げ場だったのかな」
出会った時も雅冬さんは苦しそうな顔で海を見ていた。
死んでしまうんじゃないかと、思って声をかけたのを思い出した。
雅冬まさとさんはどこ?」 
そばにいない。それが不安に感じた。
服が見当たらず、シーツを体に巻き付けて、寝室を見回したけれど、寝室にはいない。
大急ぎで廊下に出ると、人影があった。
「雅冬さん?」
薄暗い中、目を凝らして見ると雅冬さんではなかった。
「誰!?」
「誰とはこっちのセリフですよ。あのバカはどこにいるんです?」
苛立った声がした。 
「わ、わからないです」
「仕事を放りだして、女といるとは。まったくいい度胸ですね」 
近づいてきて、ひょいっとあごを掴まれた。
「それで、服も着ないで、こんなところにいるなんて。誘ってるんですか?」
よく見ると、八木沢直真やぎさわなおさだ社長だった。
今は宮ノ入みやのいりの社長秘書だったか―――八木沢さんの整った顔を近くで見ると、迫力があり、瞳は温度を感じさせなかった。
こんな姿を見ても、動じることはなく、その冷静さが怖かった。
「ち、違います。服がなくて」
はあ、とため息をついた。
「バカだと思ってましたけど、訂正しましょう。大バカでした」
「そいつに触るな!直真なおさだ!」  
シャワーを浴びていたのか、バスルームから出てきた雅冬さんが八木沢さんに有無を言わさず、殴りかかり、八木沢さんはすばやく腕でガードした。
バッと蹴りを放ち、顔をかすったけれど、腕をつかまれ、捻られ、するりと抜けるとまた殴りかかる。
二人はかなり強いんじゃないだろうか。
このままでは、どちらかが怪我をするまで止めないだろうと、気づき声を張り上げた。
「もう!やめてください!」
大声で叫ぶと、それに負けないくらいの音でお腹がぐーと鳴った。
雅冬さんは飽きれ、八木沢さんはきょとんとした顔をした。
こんな時に―――自分ときたら。
顔を赤くして、涙目になりながら、項垂うなだれた。
「すみません………。昨日から何も食べてないので」
「何か買ってきましょうか?」
「は、はあ。できたら」  
「わかりました。雅冬さんは髪を乾かし、服を着てください。あなたの服も買ってきますね」
てきぱきと指示をし、八木沢さんは家から出ていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ありがとうございます」
コンビニのお弁当とパン、カップ麺とお菓子、お茶が並べられ、服と下着まで八木沢さんは買ってきてくれた。
サイズがぴったりで、ちょっと引いた。
リビングに座り、雅冬さんは不機嫌そうに横を向いていたけれど、八木沢さんは床に落ちていたボタンを拾い上げ、雅冬さんに投げつけた。
ビシッと頬にあたり、雅冬さんはイラッとした顔をした。
「遅れてやってきた反抗期ですか?」
「俺にそれを言える立場かよ。お前はいまだ、じいさんに反抗期だろ」
ぴくっと八木沢さんの頬がひきつった。
「私のことはいいんですよ。運転手が可哀想でしょう。なかなか口を割らないので、ちょっと手荒な真似をしてしまいました。こんな別荘を所有していたとは知りませんでしたよ。両親から逃げるためですか?本当にお子様ですね」
「くそ!誰にも言うなって言ったのに」
「ガキか。隠せたのは一日でしたね」
ぽろりと本音が漏れていた。
「うるさい!」
「仕事に戻ってください。愛人の子に尻拭しりぬぐいをさせるつもりですか」
八木沢さんは冷ややかに雅冬さんを見下ろして言った。
「昔、愛人の子呼ばわりされたこと、まだ根に持ってんのか」
「死ぬまで根に持つタイプですから」
「嫌な奴だな!会うたびに嫌味ばっかり言うなよっ!」
舌打ちし、ふんっと横を向き、八木沢さんはその態度に嘲笑ちょうしょうを浮かべた。
「自分に自信がないから、女にすがるんでしょう。まあ、私は優秀ですから、仕事のできない雅冬さんの代わりに戻ってもいいですが」
言い返せばいいのに言い返さず、雅冬さんは押し黙っていた。
雅冬さんのお母さんも八木沢さんもどれだけ高い能力を求めているのだろう。
十分、仕事ができることはわかっているはずなのに。
八木沢さんがいなくなった後も沖重グループの経営は安定していたし、業績だって伸びていた。
それなのに―――そんな言い方しなくても!
「何言ってるんですか!雅冬さんはすごく仕事ができます!ちゃんと見ていました。それに仕事をしている雅冬さんは真面目でかっこいいんですよ!」
「ばっ…馬鹿か!直真なおさだに何を言ってるんだ!」
「それに雅冬さんは私に縋ってなんかいません。ちょっと誤解があって、ケンカしただけです」
「菜々子」
「そうですよね?」
「ああ」
一瞬、泣き出しそうな顔をして、体を抱き寄せると、後頭部を押さえて胸に顔を埋めさせた。
「酷い扱いをした―――俺が悪かった。ごめん」
「うん……」
こほん、と八木沢さんが咳ばらいをした。
「それじゃあ、仲直りしたところで、仕事に戻ってもらえますかね」
八木沢さんは面白くなさそうに言うと、雅冬さんは頷いた。
そして―――
「直真。頼みがある」
驚いた顔をして、八木沢さんは雅冬さんを見た。
「頼みなんて……初めてじゃないですか?なんです?」
抱きしめている手に力がこもった。
「親父を常務の椅子から引きずり落とす」
一瞬だけ、間があったけれど、八木沢さんは頷いた。
「まあ、そうですね。宮ノ入の名前で好き勝手したことを見過ごすつもりはありませんでしたが。まさか息子の雅冬さんから言われるとはね」
「俺が言わなくても処罰するつもりだったろ」
「そうですね。春の人事には多少、手を加えるつもりでしたが」
ふっと八木沢さんは笑った。
「それに俺を沖重おきしげの社長にいつまでも置いておく気はなかっただろう」
「それはもちろん。宮ノ入に戻ってきてもらいますよ。宮ノ入グループの社長である瑞生たまき様があなたを気に入っていますからね」
「なら、それが早くなるだけだ」
やれやれと八木沢さんは溜息を吐いた。
「こんな家出騒ぎ起こす前に頼ってくださいよ。瑞生様にとっても、私にとっても、雅冬さんはバカな弟みたいに思っていますから」
「馬鹿は余計だ!」
「それじゃあ、戻って瑞生様も交えて、今後の話をしましょうか」
「ああ」
雅冬さんと八木沢さんは獲物を狙う獣のような鋭い目をして、笑い、立ち上がった。
「菜々子。帰るぞ」
そう言った雅冬さんはいつもの雅冬さんだった。
もう大丈夫―――ほっとして、差し出された手をとった。
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