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第一章
11 トラウマ
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朝になると、雅冬さんは仕事に行ったらしく、いなかった。
枕元に体温計とペットボトルの水が置いてあった。
熱も下がっていたし、体も軽い。
シャワーを浴び、部屋着に着替えてリビングに行くと水とレトルトのお粥と書き置きがあった。
「起きたら、電話しろ?」
電話しなかったら、叱られそうな気がしたので、すぐにかけた。
「起きたか」
「すみません。仕事中に」
「いい。熱は?」
「下がりました」
「そうか。よかった。今日は部屋から出るなよ。必要な物は一階に電話して頼め。後、部屋に誰が来てもいれるな。俺の両親だとしても居留守を使え」
「は、はい」
「今日はなるべく早く帰るから、絶対にどこもいくなよ」
「わかりました」
念をおされた。
しん、とした部屋に一人だったけど、なぜか寂しいと思わなかった。
むしろ、安心する。
窓からは明るい海が見え、船が何隻も行き来していた。
遠くにはビルが霞んでみえる。
「お腹すいた」
そういえば、昨日の夜から何も食べてない。
テーブルの上にケータリングのメニューが置いてある。
「値段、書いてないの!?」
なにこれ、怖い。
しかも、私が知っている出前じゃない。
「カツ丼とか、ラーメンじゃないよ!?」
イタリアンやフレンチ、和定食、中華セットは有名中華料理屋から。
出張料理サービスまである。
静かにそのメニュー表を見ていた。
ぐうの音もでない、これは。
とりあえず、お粥と冷蔵庫に入っていたプリンを食べるしか、選択肢はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、何も食べてないのか!?」
「食べました。お粥とプリンは」
約束通り、雅冬さんは早く帰って来てくれた。
「好きなの頼めよ!」
「無茶言わないで下さい!」
「なにが無茶だ。いいから、なにか食べろよ。夕飯何がいいんだ?」
「使うつもり!?カップ麺でいいですから!」
「病み上がりにカップ麺なんか、食わせられるか!野菜食べろよ!」
「カップ麺に乾燥野菜入ってますから、セーフなんですよ。知らないんですか?」
冷ややかな目で見られた。
「和定食を味噌汁つきで。あと、野菜をおおめで」
私を無視して、一階に電話をしていた。
「野菜おおめは余計じゃないですか」
「体に悪いだろ」
「その体が野菜を必要としてないんですよね」
「どんな言い分だ!?」
雅冬さんがお風呂に入っている間にチャイムが鳴った。
「もう届いたのかな」
早いな、と思いながら、ドアを開けかけた瞬間、雅冬さんがお風呂から慌てて出てくると、腕をつかまれ、後ろに追いやられた。
上半身裸で頭に白いバスタオルをのせて、ぽたぽたと水滴が落ちていた。
「ババアだ」
誰がきたのか、見ないでもわかるのか、きっぱりと言い切った。
がしがしとバスタオルで髪をふきながら、空いた手で腕を掴んで寝室に放りこんだ。
「耳を塞いでろ」
「で、でも」
「聞く必要はない」
ばん、と寝室のドアが閉められた。
「雅冬!また、あの女を連れ込んでいるのっ!?」
ヒステリックにわめき散らしながら、雅冬さんの母親、聖子さんが入ってきた。
「俺の部屋だ。ババアに関係あるか」
「しかも、なんなの!?お父様を脅して!」
「宮ノ入の常務の椅子を狙おうかな、と言っただけだ。仕事のできる奴が座るべきだろ。まあ、社長次第だが」
「瑞生さんに頭を下げるつもり!?」
「必要なら」
「だから。あなたはいつまでも瑞生さんにも愛人の子の直真さんにすら、勝てないのよ!」
「やめろよ!直真は瑞生の片腕だ。もう立派な宮ノ入の一員だなんだぞ!」
「愛人の子にすら、勝てないの?」
冷たい声がした。
「雅冬、強がっているけど、暗いところはもう平気なのかしら」
「当たり前だろ」
「そう」
笑いを含んだ声がした。
なんの話!?
パチンと電気が消え、向こうが暗くなる。
「ほら、どうしたの?動けないじゃない」
ガラガラとクローゼットが開けられる音がした。
これは―――
バンッと寝室から飛び出し、急いで電気をつけ、雅冬さんのお母さんをドンッと突き飛ばした。
「なにしているんですか!」
雅冬さんを見ると、青い顔をして、額に汗を浮かべていた。
「あなたっ!何をするのっ!」
「出ていってください。あなたがやっていることは虐待ですよ!」
「しつけよ」
「そういう言い訳をよくできますね。自分の子供を苦しめておいて。出口は向こうです。ご案内しましょうか」
腕を掴み、引きずり、部屋から追い出した。
所詮、奥様の力と掃除で鍛えた腕力では勝てるわけがない。
部屋の前の和定食を素早く回収し、鍵をかけ、チェーンをかけた。
「よし!」
ぱたぱたと慌ただしく、リビングに戻ると、雅冬さんが立ちすくんでいた。
顔色がさっきよりはマシだけど、苦しそうだった。
「まだ具合、悪いですか?」
「大丈夫だ」
ふ、と息を吐いた。
「情けないとこ、見せたな」
「いえ」
「小さい頃、従兄の瑞生に負けるたびに閉じ込められたせいで、いまだに」
す、と唇に指をあてた。
「言わなくていいです」
私だって、言いたくないことくらいある。
青ざめた顔をした雅冬さんに辛い過去を思い出すようなことはさせたくはなかった。
「菜々子」
ぎゅ、と抱き締め、髪が顔にかかった。
唇をうなじに這わせ、
「病み上がりじゃなかったらな……」
と、雅冬さんがぼそりと呟いた。
「元気みたいなんで。とりあえず夕飯にしましょうか」
体を乱暴に押しやったのだった。
枕元に体温計とペットボトルの水が置いてあった。
熱も下がっていたし、体も軽い。
シャワーを浴び、部屋着に着替えてリビングに行くと水とレトルトのお粥と書き置きがあった。
「起きたら、電話しろ?」
電話しなかったら、叱られそうな気がしたので、すぐにかけた。
「起きたか」
「すみません。仕事中に」
「いい。熱は?」
「下がりました」
「そうか。よかった。今日は部屋から出るなよ。必要な物は一階に電話して頼め。後、部屋に誰が来てもいれるな。俺の両親だとしても居留守を使え」
「は、はい」
「今日はなるべく早く帰るから、絶対にどこもいくなよ」
「わかりました」
念をおされた。
しん、とした部屋に一人だったけど、なぜか寂しいと思わなかった。
むしろ、安心する。
窓からは明るい海が見え、船が何隻も行き来していた。
遠くにはビルが霞んでみえる。
「お腹すいた」
そういえば、昨日の夜から何も食べてない。
テーブルの上にケータリングのメニューが置いてある。
「値段、書いてないの!?」
なにこれ、怖い。
しかも、私が知っている出前じゃない。
「カツ丼とか、ラーメンじゃないよ!?」
イタリアンやフレンチ、和定食、中華セットは有名中華料理屋から。
出張料理サービスまである。
静かにそのメニュー表を見ていた。
ぐうの音もでない、これは。
とりあえず、お粥と冷蔵庫に入っていたプリンを食べるしか、選択肢はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、何も食べてないのか!?」
「食べました。お粥とプリンは」
約束通り、雅冬さんは早く帰って来てくれた。
「好きなの頼めよ!」
「無茶言わないで下さい!」
「なにが無茶だ。いいから、なにか食べろよ。夕飯何がいいんだ?」
「使うつもり!?カップ麺でいいですから!」
「病み上がりにカップ麺なんか、食わせられるか!野菜食べろよ!」
「カップ麺に乾燥野菜入ってますから、セーフなんですよ。知らないんですか?」
冷ややかな目で見られた。
「和定食を味噌汁つきで。あと、野菜をおおめで」
私を無視して、一階に電話をしていた。
「野菜おおめは余計じゃないですか」
「体に悪いだろ」
「その体が野菜を必要としてないんですよね」
「どんな言い分だ!?」
雅冬さんがお風呂に入っている間にチャイムが鳴った。
「もう届いたのかな」
早いな、と思いながら、ドアを開けかけた瞬間、雅冬さんがお風呂から慌てて出てくると、腕をつかまれ、後ろに追いやられた。
上半身裸で頭に白いバスタオルをのせて、ぽたぽたと水滴が落ちていた。
「ババアだ」
誰がきたのか、見ないでもわかるのか、きっぱりと言い切った。
がしがしとバスタオルで髪をふきながら、空いた手で腕を掴んで寝室に放りこんだ。
「耳を塞いでろ」
「で、でも」
「聞く必要はない」
ばん、と寝室のドアが閉められた。
「雅冬!また、あの女を連れ込んでいるのっ!?」
ヒステリックにわめき散らしながら、雅冬さんの母親、聖子さんが入ってきた。
「俺の部屋だ。ババアに関係あるか」
「しかも、なんなの!?お父様を脅して!」
「宮ノ入の常務の椅子を狙おうかな、と言っただけだ。仕事のできる奴が座るべきだろ。まあ、社長次第だが」
「瑞生さんに頭を下げるつもり!?」
「必要なら」
「だから。あなたはいつまでも瑞生さんにも愛人の子の直真さんにすら、勝てないのよ!」
「やめろよ!直真は瑞生の片腕だ。もう立派な宮ノ入の一員だなんだぞ!」
「愛人の子にすら、勝てないの?」
冷たい声がした。
「雅冬、強がっているけど、暗いところはもう平気なのかしら」
「当たり前だろ」
「そう」
笑いを含んだ声がした。
なんの話!?
パチンと電気が消え、向こうが暗くなる。
「ほら、どうしたの?動けないじゃない」
ガラガラとクローゼットが開けられる音がした。
これは―――
バンッと寝室から飛び出し、急いで電気をつけ、雅冬さんのお母さんをドンッと突き飛ばした。
「なにしているんですか!」
雅冬さんを見ると、青い顔をして、額に汗を浮かべていた。
「あなたっ!何をするのっ!」
「出ていってください。あなたがやっていることは虐待ですよ!」
「しつけよ」
「そういう言い訳をよくできますね。自分の子供を苦しめておいて。出口は向こうです。ご案内しましょうか」
腕を掴み、引きずり、部屋から追い出した。
所詮、奥様の力と掃除で鍛えた腕力では勝てるわけがない。
部屋の前の和定食を素早く回収し、鍵をかけ、チェーンをかけた。
「よし!」
ぱたぱたと慌ただしく、リビングに戻ると、雅冬さんが立ちすくんでいた。
顔色がさっきよりはマシだけど、苦しそうだった。
「まだ具合、悪いですか?」
「大丈夫だ」
ふ、と息を吐いた。
「情けないとこ、見せたな」
「いえ」
「小さい頃、従兄の瑞生に負けるたびに閉じ込められたせいで、いまだに」
す、と唇に指をあてた。
「言わなくていいです」
私だって、言いたくないことくらいある。
青ざめた顔をした雅冬さんに辛い過去を思い出すようなことはさせたくはなかった。
「菜々子」
ぎゅ、と抱き締め、髪が顔にかかった。
唇をうなじに這わせ、
「病み上がりじゃなかったらな……」
と、雅冬さんがぼそりと呟いた。
「元気みたいなんで。とりあえず夕飯にしましょうか」
体を乱暴に押しやったのだった。
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