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24 放火犯の正体

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 火事から、一週間経った。
 犯人はすでにわかっているはずだけど、ニュースになっていないのを見る限り、これが宮ノ入みやのいりの力なのだとわかった。
 要人かなめが言っていた来週あたりに見れる面白いものが、扇田おおぎだのことを言っていたのなら、もうこれでなにもない。
 はずだけど――まだ、要人は私に家の敷地から出てもいいとは言わなかった。
 必要なものは、八重子やえこさんが買ってきてくれるけど、退屈でしかたなかった。
 今日は八重子さんに野菜の苗を買ってきてもらい、小さな畑を作った。
 夏にはトマトやきゅうり、ナス、大葉が収穫できるはず。

「なんだか、懐かしい……」

 アパート前にあった畑は、両親が亡くなってから、時間がなくなり、他の人に渡してしまった。
 しばらく眺めていたけど、これが終わったら、もう他にやることがない。
 八重子さんは通いの家政婦で、夕方になると帰ってしまって、話し相手もいなくなる。

「要人は残業って言ってたし。恵衣めいに電話しよ」

 火事の後、無事だったことは伝えたけれど、会社をしばらく休むとは言ってなかった。
 仕事も終わっている時間だし、会社の様子も知りたかったから、電話することにした。
 ソファーに座り、八重子さんが作ってくれた水出しの緑茶と水羊羹を並べ、お喋りタイムの準備は万全。
 電話するねと、先にメッセージを送っておいたから、恵衣はすぐに出てくれた。

『志茉。元気だった?』
「うん。恵衣は自宅?」
『そうよ。仕事が終わって帰ってきたところ。熱いコーヒー入れて、その上にホイップクリームのせて、一日の疲れを癒すつもりでいたのよ』
「冷凍したホイップクリーム?」
『そう』

 恵衣は甘党で、ホイップクリームが大好きなのだ。
 以前、ホイップクリームを心おきなく食べようと、ボウル一杯のホイップクリームを作った。
 当然、一人で食べ切れず、無理して食べて寝込んだ。
 それでも懲りずに、大好きなホイップクリームを安全に食べるには、どうしたらいいか私に聞いてきたのだ。

『前に志茉がホイップクリームを小分けして冷凍するといいわよって教えてくれたからね。それで、どうしたの?』
「会社の様子を知りたくて。なにか変わったことはない?」
『変わったこと? 志茉が秘書課へ異動になったことくらいかしら」

 そんなこと一言も聞いてない。
 要人は私が不在の間、止める人間がいないと思って、好き放題しているようだ。

『あ、志茉。結婚おめでとう。二人を高校時代から知ってるせいか、今更ってかんじだけど』
「そ、それも知っているの!?」

 実は週末に二人で婚姻届を出したばかり。
 その後、要人はディナーに連れて行ってくれて、指輪ももらった。
 結婚式はまだだけど、先に籍だけ入れてしまおうということになったのだ。

『社内報の社長インタビューに載ってたけど。二人のエピソードを写真付きでね。詳しく聞く?』
「お願い、言わないで! 会社に行けなくなるから!」
『わかったわ』

 どの写真なのか、気になるけど、要人が選ぶ写真なんて、とんでもない写真に違いない。
 恥ずかしすぎて、どんな顔をして、会社のみんなと会えばいいのか……
 クッションに顔を埋めて、しばし、動けなくなった。

『まあ、落ち着いたら、飲みにいきましょ』
「……それ、まだ、落ち着いてないってことよね?」
『当分は無理じゃないの? だって、仁礼木先輩って、沖重グループ内どころか、宮ノ入グループでも狙ってた女性社員が多かったし、取引先からもお誘いが多かったから』

 そういえば、そうだった。
 要人がモテることをすっかり忘れていた。
 恵衣は受付で、色々耳にしているようだったけど、詳しく教えてくれない。

「私はどうしたらいい!?」
『身を低くして、嵐が過ぎるのを待つのね』
「……的確なアドバイスをありがとう」

 指輪に視線を落とす。
 いつから、用意してあったのか、サイズもぴったりで、私が好きそうなシンプルなデザインのもの。
 お互いのイニシャルが入っている。
 完全に要人のペースで、まるで、安全な家の中に閉じ込められているような気分になったのだった。

 ◇◇◇◇◇

「いつから、外に出てもいいの?」

 要人を仁王立ちで迎えたからか、さすがの要人も怯んでいた。
 八重子さんが作ってくれた夕食を食べながら、今後の話をすることになった。
 私がこのまま、おとなしくしていると思ったら大間違い。
 要人が説得しようとしても、無駄だってことを教える必要がある。

「まだ駄目だ」

 アジの干物とひじき煮、たたきキュウリ、いくらの醤油付けと味噌汁を前に、私と要人はバチバチと火花を散らす。
   
「もういいでしょ?」
「俺は一ヶ月でも一年でも家の中に閉じ込めておいたっていいんだぞ」  
「なに、堂々と監禁宣言してんのよっ!」
「心配だからな」
「要人の問題発言のほうが心配よ!」

 要人が残念そうな顔をしたのを見逃さなかった。
 やっぱり、私が黙っていたら、閉じ込めておくつもりだったようだ。
 本当に極端すぎる。
 私が怖い顔をしていると、要人も諦めたらしく、ちょっと考えてから言った。

「放火犯がわかった」
「え?」
「退屈なら、志茉も一緒に、仁礼木家に行くか? 退屈しのぎの余興くらいにはなる」  
「余興? 仁礼木家? 誰が放火犯だったの!?」
「決まってるだろ。俺の母親に」

 ――やっぱり、仁礼木おばさんだった。

 驚く私に、要人は顔色一つ変えずに言った。

「わかっただろ。俺が大丈夫だと思えるまで、絶対に家から出したくなかった」
「う、うん」

 嫌われているのはわかっていた。
 でも、アパートに放火されるほど、憎まれていたのだとわかり、正直、ショックだった。
 青ざめている私を見て、要人は多分、聞かなかったほうがよかっただろうと思っている。
 自分の母親が犯人なんて、私以上にショックを受けているはずなのに、要人は淡々とした様子で、アジの干物をほぐし、ご飯を口に運ぶ。

「おばさん、どうなるの?」
「さあね。宮ノ入の弁護士に、徹底的にやれと言ってある」
「徹底的にやれって……。母親よ?」

 要人は味噌汁を飲み、キュウリを箸でつまんだ。

「志茉は倉地のおじさんとおばさんに、愛情をたくさんもらって育ってきた。俺とは違う。だから、なにを言っても、きっと志茉にはわからない」
「要人……」
「わからなくていいんだ。志茉にはわかってほしくない」

 今まで要人が仁礼木家の内情を言わなかったのは、言いたくなかったからだ。
 私と結婚することで、全部捨てるつもりでいる。

「汚くて、暗い気持ちを共有するのは、俺と一緒に育った兄さんだけで十分だ。だから、兄さんも呼んである」
「わかったわ」

 要人のお兄さんは仁礼木総合病院を継いで、外科医をしている。
 病院近くにマンションを購入し、住んでいたはずだ。
 もしかしたら、要人のことを止めてくれるかもしれない。

「兄さんは俺よりも母親を嫌っている。だから、絶対に助けない」

 私の心を読んだかのように、要人は冷たく言い放ったのだった。 
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