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19 古民家

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 火事の後、要人かなめ仁礼木にれきの家には戻らず、私を連れて、車を郊外まで走らせた。

「要人、どこへ行くの?」
「仁礼木が知らない場所へ行く」
  
 まるで、駆落ちみたいなセリフを要人は口にする。
 アパートの火は、応援の消防車がすぐに駆けつけ、火事はまもなく消し止められたけど、家財道具は水浸しになってしまった。
 私以外の住人が住んでいた部屋も助かったけど、この先、このアパートで暮らし続けるのは無理そうだと話していた。
 今日は近くのホテルへ泊まり、明日から引っ越し先を探すとか――
 
「誰も怪我がなかっただけ、まだ救いだったわね……」

 怖い顔をして運転する要人に、そう言ったけど、なぜ誰もいない部屋から出火したのか、謎のままだった。
 住人たちが言うには、全員たまたま外へ出かけていたタイミングだったらしい。
 あまりに、タイミングが良すぎるのではと、アパートの外で話していた。
 つまり、この火事は放火の疑いがある――

「火をつけたのは、俺の母親だな」 
「要人、落ち着いて。さすがに、おばさんもそこまではしないわよ」
「落ち着いていられるか。命を狙われたんだぞ! 一緒にいなかったらどうなっていたか、わからない!」

 要人の声は震えていた。
 ハンドルを握りしめ、前方を睨みつけていた。
 もし、犯人がおばさんだとするなら、私を隣にいるのも目障りだと思ったからに違いない。
 でも、どうして、そこまで――?

「着いたぞ」

 平静を保とうとしているのか、要人は深呼吸をし、手を差し出した。

「家……?」 
「ああ。近いうちに、ここへ引っ越すつもりで準備していた」

 田舎風の家は、緑を感じられるよう柿の木や梅の木、紫陽花などの木、庭には小さな畑があった。

「古民家を移築してもらった。この家は、志茉の両親が住もうと思っていた家だ」

 私が大学を卒業し、経済的に余裕ができたら、田舎に家を買って暮らすのだと、両親は語っていた。
 私も要人も二人が、田舎へ行き、家を探していたのを知っている。

「庭の植物もそのまま植え替えてもらった。まだ俺は田舎暮らしできないからな」

 要人は私に合わせて、のんびり田舎暮らしをするつもりだったのだろうか。
 私ならともかく、要人はできない。
 郊外に移築をしたのは、きっと私のため。

「前のアパートに雰囲気が似てる……」

 両親は若くして夫婦になった。
 結婚式の写真はなく、身内は誰もいないと、私に言っていたから、いろいろ事情があったのだろうなと思う。
 知人のいない土地で、アパートを決め、私を育てたことに、後悔はないというように、似たような家を選んでいた。
 二人は幸せだったのだ。

「要人……。ありがとう。調べてくれたんでしょ?」
「ああ。でも、これは俺のためでもあったからな」
「要人のため?」
「俺は倉地くらちのおじさんとおばさんがいなかったら、家族がどんなものなのか知らずに育ったと思う。俺にとって、理想の家族は志茉の家だ」

 私たちは並んで家を眺めながら、過去を思い出す。

「うん……。私もそう。お父さんとお母さんみたいな夫婦になりたい」
「きっとなれる」

 私はうなずいた。
 ずっと一緒に育ってきた私たちが知る幸せ。
 それは、両親が私と要人に遺してくれたものだ。

「志茉。中へ入ろう」

 玄関のガラス戸を開けると、新しい畳のいい香りがした。
 中はリフォーム済みらしく、一階のリビングには薪ストーブがあり、二階部分まで吹き抜けになっている。
 太い立派な梁が見えた。

「煙の匂いがするから、先に風呂に入ってくる」
「そうね。私は近くのコンビニで日用品を揃えてくるわ」
「ああ。それなら、買ってある」
「え?」

 きょとんとしていると、要人が二階を指差す。

「服は二階だぞ」
「どうしてサイズがわかるのよっ!」
「触ればわかる。ウエストが増えたのも……」

 ぎろりと私が睨むと、要人は慌てて浴室へ姿を消した。
 要人が言ったとおり、クローゼットには洋服が揃えられ、下着まである。

「なっ……! 私の下着のサイズまでわかるとか……」

 助かるけど、私の心境は複雑だった。
 ここまで知られていると、うかつに太れない。

「なんて恐ろしい男なの……!」

 家の中を見て回ったけど、部屋数もじゅうぶんあり、暮らしやすいように、現代風にリフォームされている。
 一階のリビングから眺める庭の灯籠に灯りがついていて、青紅葉を照らす。

「志茉。気に入ったか?」

 がしがしとタオルで髪をふきながら、要人がリビングに現れた。

「うん。とても素敵な家で……。でも、要人。すごくお金使ったでしょ?」
「まあな。でも、俺は質素なほうだぞ」
「どこが!?」
宮ノ入みやのいりの社長や役員は、もっと贅沢だぞ。住んでいるのも高級マンションだし、別荘も持っている」

 そういえば、要人は宮ノ入グループの部長にまで、昇進し、今は社長。
 そもそも、仁礼木家でもお金に不自由したことのない要人。
 一般の感覚とは違う。

「そうね……」

 今思えば、要人を要人としてしか扱わず、社会的肩書きと収入まで、考えてこなかった。
 漠然とした感覚で、お金持ちと思っていただけ。
 そもそも、要人を結婚相手として意識したのも、ここ最近のこと。
 これから、同じ家に住み、新しい生活になるのかと思うと、なんだか要人がいつもと違って見えた。

 ――な、なんで、ドキドキしてるの? 要人相手に!

 この動揺を隠さなくては、要人に悟られてしまう。

「わ、私もお風呂に入ってくるわ。じゃ、じゃあね」
「そうだな。俺はちょっと仕事するから、先に休んでいいぞ」

 要人は忙しいらしく、私の動揺に気づかなかったようだ。
 ホッとして、私はうなずいた。

「うん。要人、ありがとう」

 要人は笑っていた。
 きっと私の心なんか、お見通しなのだろう。

「でも、私をからかってこないのは、珍しいわね」

 そう思いながら、浴室へ向かう。
 浴室のドアを開けると、そこは木の香りに包まれていた。
 外観からは想像できない総檜造り、たっぷりのお湯からあがる白い湯気が、顔にかかる。 

「ここは温泉ですか……?」

 檜の香りの中、柔らかいお湯に浸かる。
 お肌に良さそうなお湯と、癒しの空間に、頭がほうっとなった。
 外から、カエルの鳴き声と虫の音――要人は忙しくて、時間が惜しいはずなのに、私のためにこの場所にしてくれたのだ。

「……要人はなんでも私のことわかるのね」
 
 望むものも、欲しいものも、好みさえも。
 要人のことをもっと知りたいと思う。
 これからは、逃げずに向き合って――そんなことを思った私の目の前に、要人の好みと思われるスキンケアが一式そろっていた。
 ボディクリームや化粧水だけでなく、シャンプーなども甘いバラの香りに統一されている。

 ――前言撤回。

 私の好みはさっぱり柑橘系。クールな私をイメージしたくて、あえて甘すぎる香りを避けていた。

「こういうのが、好みだったわけね」

 それに下着は豪華なレース付き。 
 パジャマはワンピースタイプの長い裾のもので動きにくい。
 これは後々、改善しようと心に決めた。

「まったく! しっかり自分の好みをアピールしてくるんだからっ!」

 今なら許されるなんて、思っていたら大間違い。
 お風呂を終え、キッチンに向かう。
 仕事をしている要人に、お茶を淹れてから眠ろうと思って、そっとリビングを覗いた。
 ちらりと見えた要人の顔は、怖い顔をしていて、スマホを手に、誰かと話をしている。
 そのせいで、なんとなく声をかけそびれてしまった。
 お茶なんて、和やかな空気とはほど遠い。
 
「電話、終わらないみたいだし、先に寝よう」

 そういえば、寝室を見ていなかった。
 寝室は二階だ。
 これも要人が選んだならきっと――

「そうだと思っていたけど……」

 思わず、がっくりと膝をついた。
 キングサイズのベッドがひとつ、どんっと部屋にでかでかと置かれている。
 とはいえ、眠る所は他にないし、色んなことがありすぎて、疲れきっていた。
 ベッドを前にして、眠気が一気に襲ってきて、ぱったり眠ってしまった。
 もう私に、細かいことを考える力は残ってなかった――         
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