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6 お隣の事情

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 分厚い肉をこれでもかと食べて、鉄板焼店を出た私は、お腹いっぱいで少し眠くなっていた。
 でも、その眠気は車に乗って、すぐに吹き飛んだ。

『俺は本気でいく』
志茉しまが好きそうな車』

 車に乗って落ち着いたら、真剣な顔で話す要人かなめを思い出してしまったからである。
 もちろん、表面上は無関心を装っていた。
 でも、頭の中でいろいろなことを考えてしまっている。
 そんな私に、要人はきっと気づかない。
 要人は黙って、車を走らせている。
 気を利かせたのか、アパートまでの帰り道は、ライトアップされた橋を渡り、夜景が綺麗な道を選ぶ。

「志茉。俺、家を出ようと思う」
「今?」
「いや、もう少し先。まだ準備中」
「そう」  

 要人が家を出たら、私たちの関係は隣の幼馴染と呼べなくなってしまう。
 今みたいに、なにかあれば、すぐそこに要人がいてくれるような安心感がなくなる。
 でも、私はそれに対して不満に思わず、寂しかったけど、ホッとしている部分もあった。
 要人はいつでも仁礼木家から、出られたはずだったのだ。
 隣にいたのは、私のため。

 ――やっぱり私は要人にとって、足枷でしかない。

 要人の両親が、私を嫌がるのも当然のこと。
 なんとなく息苦しく感じて、車の窓を開けると、冷たい風が入り、風で髪がなびいた。 

「なあ。今週末、どこか行くか?」
「今週は予定があるから」 
「そうか」

 要人はそれ以上、なにも聞かず、どちらも話さないまま、車はアパートに到着した。
 私のアパート前で、車を止める。

「要人、送ってくれてありがとう。でも、そのヤクザみたいな服装は二度とやらないでね」

 次は間違いなく、職務質問を受けるだろう。
 お店の人も怯んでいたし、常連じゃなかったら、店内に入れてもらえなかったかもしれない。
 要人は気に入っていたのか、ちょっと残念そうに、サングラスを眺めていた。

「じゃあ、要人。明日から社長の仕事、頑張ってね」
「志茉」 

 立ち去ろうとした私を要人は呼び止める。
 要人は私の腕を掴み、二度目の宣戦布告をした。

「志茉。俺は本気だからな」

 低い声と大きな手――要人は少しも笑わせてくれなかった。
 今まで一定の距離から、要人は踏み込まず、隣の幼馴染であり続けた。
 こんなにも真剣に、私を追う要人は初めてだ。
 でも、私は――

「要人さん! 志茉さんとどこへ行ってらしたの!?」

 甲高い女性の声に、ハッとして、要人の手から逃げようとした。
 でも、要人は私から手を離さなかった。

「要人……」

 お隣の大きなお屋敷から出てきたのは、仁礼木にれきのおばさんだった。
 要人の母親で、昔から、私が要人と関わることを特に嫌がっていた。
 おばさんは夜だというのに、どこかへでかけるのか、派手な服装をしている。
 赤と黄の大きな花柄模様が入った黒地のワンピースとショール、腕には金のブレスレット。
 高いヒールの靴が硬い音を鳴らす。

「どこって、食事だけど?」

 要人が答えると、おばさんはヒステリックに声を張り上げた。

「要人さん、わかっているの!? あなた、宮ノ入みやのいり会長からわざわざお嬢さんを紹介していただいたのよ! 向こうのお嬢さんだって、要人さんを気に入ってくださってるのに!」 
「お見合いの話は、きちんと断ってある」

 要人は車のドアを閉め、おばさんと私の間に立つ。

「私が謝罪の電話をしておきました! 向こうのお嬢さんが泣きながら、電話をしてきたのよ」
「勝手なことをするな」
「私はあなたの母親よ。仁礼木にとっても悪い話ではないでしょう?」

 おばさんはちらっと横目で、私を見る。
 
「お嬢さんはね、どこが悪かったのか、教えてほしいとおっしゃっていたわ。私がどれだけ心苦しかったかわかるかしら? 申し訳なくて涙がでそうだったわ」

 要人がおばさんを睨みつけ、このままケンカになりそうな空気を感じ、慌てて止めた。

「要人、やめて」
「都合の良い時だけ、母親面するんだな。家に若い男を連れ込んで、家族を裏切っているような奴が、息子の結婚に口出しか?」

 若い男――驚き、おばさんを見ると、気まずそうに私から目を逸らした。
 私の両親が生きていた頃から、要人は家に帰らず、一緒に夕飯を食べることが多かった。
 もしかして、要人にはなにか帰りたくない理由があるのかもしれないと思っていた。
 でも、それを要人に聞いてはいけないような気がして、私はずっと聞けずにいたのだ。

「要人、もう遅いから……」

 要人の腕をそっと掴み、おばさんから引き離した。
 おばさんは私を睨んでから、それ以上なにも言わず、お屋敷の中へ入っていく。
 言い訳をしなかったところを見ると、要人が言ったことは本当だったらしい。

「志茉、悪かったな。明日の朝、迎えに行くから用意して待ってろよ」

 まだ顔をこわばらせたままの要人に、嫌だと言えず、黙って首を縦に振った。
 私は要人が恵まれた環境で、うらやましいと思っていた。
 でも、本当に要人は、あのお屋敷で幸せだったのだろうか。
 私のアパートよりも大きなお屋敷の灯りは、おばさんの裏切りを知る前まで、明るく華やかに見えたのに、今は心なしか、その灯りが陰って見えたのだった。
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