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16 マンション
しおりを挟むぼんやりと暗い窓の外をぼんやり眺めていた。
今頃、三人で話をしているに違いない。
何を話しているのか、気になっていたけれど、お昼休みに中井さんから言われた言葉がずっと耳にこびりついて離れない。
中井さんが言ったように惟月さんは私に触れない。
「私が子供っぽいから?」
はぁ、とため息をついた。
明日の朝まで惟月さんには会えない。
電話する?
でも、中井さんといたら?
「どうしよう」
「なにがどうしよう、だ」
「恭士お兄様!」
「ノックしたぞ。ほら、静代さんが心配してサンドイッチを作ってくれたから食べなさい。夕飯をほとんど食べなかったらしいな」
今、帰ってきたばかりらしく、恭士お兄様はスーツ姿だった。
「はい……」
テーブルに置き、恭士お兄様が怖い顔で椅子に座った。
「昔の女が帰国したんだろう?」
「どうして、それを!?」
「調べたに決まっているだろう?妹の婚約者を身上調査をするのは当たり前だ」
「最初から知っていたの?」
「ああ。だが、咲妃が惟月に好意を持っていたことを知っていたからな。会社に行って、目の当たりにすれば、婚約を解消するだろうと俺は考えていた」
だから、初めは働きに行くのを強く反対しなかったのだ―――恭士お兄様は。
「だが、今は違う。どうせ、ヨリを戻したんだろう」
「ちっ…違いますっ!」
「あいつは咲妃の優しさにつけこんで、高辻を利用しただけだ。婚約は解消させる。いいな!」
「そんな!」
玄関で大きな物音がした。
「お待ちくださいませ。お嬢様と恭士様がお話し中ですから……!」
静代さんの慌てる声と同時に階段をあがる足音がし、ばたんっとドアが開いた。
「惟月!」
「咲妃さんと話がしたくてきたんですが。玄関で恭士さんの話が終わるまでは会えるかどうか返答を頂けなかったもので」
「……惟月さん!」
思わず、駆け寄り抱きついた。
「失礼します。行こう」
私の手を取り、惟月さんは階段を降りた。
「待て!」
恭士お兄様の声が背中から、追ってきていたけれど、惟月さんは振り返らず、そのまま家の外に連れ出すと車に乗せるとすぐに車を出した。
着の身着のまま、何も持ってこなかったことに気づいたけれど、惟月さんは気にしていなかった。
黙って車を走らせると、周辺に緑が多い静かな地域に建つ、綺麗なマンションに連れてきた。
「清永のお家で暮らしているんじゃないんですか?」
「いや、ずっとマンションだ」
オートロックのマンションで、最上階直通のエレベーターに乗った。
惟月さんが住んでいるのは屋上にあるペントハウスで眺めがよく、中は吹き抜けになっており、二階がある。
「眺めがいいですね」
「ああ。高校生の時に祖父から買ってもらった」
「高校生!?」
「両親とは別々に暮らしているから。恭士さんに聞かなかったのか。俺の身辺を探らせていただろう?」
「ええ」
「恭士さんは普通の男と咲妃さんを結婚させたいと俺に言っていた」
「普通の?」
「俺と清永の母とは血のつながりがないんだ。容姿でわかるだろう?」
確かに日本人離れをした容姿だと思っていた。
「母親は外国人で父と結婚したが、浮気をして男と一緒に海外に逃げたんだ。それ以来、実の母と会うことはなかったが……。一年ほど前に病気で死んだと聞いた」
「そうですか……」
「祖父は父を再婚させたくてね。それで、父親の再婚が決まると同時に俺を家から出して、この部屋を与えたんだ」
殺風景で必要な家具だけが置かれてあり、本も数冊程度で余計なものがなかった。
惟月さんの執着心の薄さがうかがえた。
けれど、その殺風景な部屋に一枚だけ写真があった。
透明なフレームに入れられた写真は私も持っている。
同じものを。
「これ」
惟月さんはそれを慌てて奪い取った。
「片付けるのを忘れていただけだ」
動物園に行った時に一緒に撮った写真だった。
「……可愛かったからな」
「そうですね。赤ちゃんの虎が可愛かったですよね」
「いや、咲妃が」
「えっ…」
写真を手にした私の手をつかむと抱き締めた。
まるで、壊れ物に触れるかのように指が頬をなぞり、唇を重ねた。
抱きしめたまま、惟月さんは静かな口調で言っった。
「きちんと話をしてきた」
大丈夫、と惟月さんは髪を撫でた。
「結婚してほしい」
「はい」
私の答えは決まっていた。
この部屋にはアルバムが一冊もなかったから。
家族写真や友人と撮ったはずの写真さえ。
人をそばに置くことを完全に諦めた惟月さんの世界は孤独だった。
惟月さんの唇が再び重なり、口づけを受け入れた。
離れないように絡ませた指にはいつの間にか、惟月さんが買ってくれた婚約指輪がはめられていた―――
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