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11 土曜日
しおりを挟む約束の土曜日、天気が良く、動物園は親子連れで賑わっていた。
「晴れて良かったですね」
「ああ。動物園は幼稚園以来かもしれないな」
「私もそうです。静代さんに連れて行ってもらったのをうっすら覚えているくらいで」
「静代さんに?」
「ええ。静代さんは私やお兄様にとっては祖母のような存在なんです。小さい時から面倒をみてもらっていたせいか、恭士お兄様も静代さんには頭があがりませんの」
惟月さんは笑った。
「確かに。恭士さんは静代さんの前では毒をぬかれたようになっていたな」
「そうでしょう」
「恭士さんにも意外な弱点があるんだな」
「え?」
「同じ高校の先輩だったからね。恭士さんは優秀で有名で誰も敵わなかったな」
優秀なのは知っていた。
学生の頃から、父は会社への出入りを許していたし、大学を卒業する前から父と対等に話していた。
「咲妃さん」
気がつくと、数歩先に惟月さんがいた。
「す、すみません」
「いいよ。ほら」
手を差し出してくれた。
緊張気味に手に触れると、惟月さんは手を握り、手を引いてくれた。
「しっかりしているようで、ぼんやりだからな」
手を繋いだまま、ペンギンを二人で見た。
天気がいいからか、ペンギンは小さなプールにとびこんで泳いでいた。
「ぼんやりしていますか?」
「ああ。まあ、のんびりしている、というのもあるか。気づくと同じペースになっているけどな」
そう言った惟月さんは同じ速さで歩いてくれていた。
やっぱり、優しい。
嬉しくてつい、顔を見上げてしまった。
「どうかした?」
「いいえ。なにも」
惟月さんは不思議そうに首をかしげていた。
猿やゾウ、キリンを見て、ふれあい広場で馬やウサギを撫でた。
「惟月さん。虎の赤ちゃんと記念撮影できるみたいですね」
「撮る?」
「はい!」
中に入ると、まだ行列にはなっていなくて、すぐに撮れるみたいだった。
「うわあ。かわいいですね」
虎の赤ちゃんは大人しくて、暖かくて肉球がぷよぷよしていた。
二人並んで座り、虎の赤ちゃんを抱きしめて撮影してもらい、一枚ずつ写真をもらった。
「いい記念になったな」
「はい!」
惟月さんも虎の赤ちゃんがかわいかったらしく、写真を嬉しそうに眺めていた。
「惟月さん。お土産を見てもいいですか?」
「ああ」
お土産売場に動物のカップやぬいぐるみやお菓子が売っていた。
赤ちゃん虎のぬいぐるみを見ていると、その虎を一つ手にして、レジに行き、お金を払うと私の手に持たせた。
「今日の記念にどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
嬉しすぎて、声がうわずってしまった。
「大事にします」
「大袈裟な」
そう言って惟月さんは笑ったけれど、私にすれば、初めて惟月さんからの贈り物で、ぎゅっ、と大事に抱き抱えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま帰りました」
帰ると、静代さんが出迎えてくれた。
「咲妃お嬢様。お帰りなさいませ。惟月様の時間がおありなら、お茶でもいかがですか。旦那様と恭士坊ちゃまはゴルフで奥様は日舞のお仲間とでかけておりますから、お気がねなく過ごせますよ」
「いや、いない時にあがると何と言われるか」
「ほほほ。静代がおりますから。チョコレートケーキを焼いてありますよ。甘いものはお好きだと旦那様から聞いてますからね」
静代さんはそれを知っていて、チョコレートケーキを焼いて、待ちかまえていたのだろう。
「恭士さんだけじゃなく、自分も静代さんには敵いそうにないな」
静代さんはどうぞ、とスリッパを差し出して、リビングに案内した。
紅茶とチョコレートケーキをテーブルに置き、キッチンに消えていった。
「本当に上手だな」
「甘いもの、お好きだったんですね」
「ばれないようにしていたんだけどな」
「え?どうしてですか?」
「カッコ悪い気がしたからかな。高辻社長はめざといな」
恥ずかしそうに惟月さんは言ったけれど、私は嬉しかった。
「そんなことないです。私も今度、お昼になにか作りますね」
お弁当の中身を考える楽しみが増えたから。
惟月さんは長居をせず、帰って行った。
恭士お兄様と遭遇したくないようだった。
「ありがとう。静代さん」
「楽しかったですか?」
「ええ。とても」
私は部屋に入ると、写真を飾り、虎のぬいぐるみを置いた。
嬉しくてずっとそれを眺め続けていた。
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