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17 別世界
しおりを挟む「よく来たね」
ここまでよくこれたなと言わんばかりの態度に私は戸惑うしかなかった。
頼まれたから、来たのにと思いながら、本を差し出した。
「頼まれた本です」
ふっと鼻先で笑い飛ばされた。
「ここに来るまでの間、どうだった」
「えっ…?すごいビルだなって思いました」
「それで、周りの人間は自分とどう違った?」
そこまで聞かれ、ハッとした。
旦那様は私に自分の立場を気付かせようとしているのだと。
「全然…違っていました」
声が震えた。
「この社長室は?」
「広くて立派だと思います…」
「眺めもいいだろう?」
にこにこと笑いながら、旦那様は窓の外を指さした。
「はい」
「恭士はここに座ることが決まっている」
コツコツと指が立派な机を叩く音がした。
顔をあげることができなかった。
「君は恭士に相応しいか?」
言われなくてもわかっている。
ぎゅっと拳を握りしめた。
「愛人なるか、別れるか、選択肢はそのどちらかしかない」
「愛人にはなりません。きっと恭士さんは私を愛人にするくらいなら、きっぱり捨てます。奥様を見ていたら、そんなこと絶対にできないからです。知ってますか!?奥様は旦那様が戻られる日は洋服を選んで、お化粧をして、家の中を見回って、嬉しそうに待っているんです」
旦那様が睨み付けてきた。
「何も知らない他人が人の家庭に口出しするな」
「恭士さんや奥様のお好きなものをご存じですか?ご自分の家庭だと言い張るなら、答えられますよね」
旦那様は答えることができなかった。
私だって、これだけ働いていれば、嫌でもわかる。
「随分と元気がいい。そういう生意気さを恭士は気に入ったかもしれないが、私は違う。従順で逆らわない人間が好きだ」
そう言った旦那様の目はぞっとするほど、冷たい目をしていた。
「さて、恭士のことを諦めないと言うなら仕方ないな」
ちら、と旦那様は棚の陰に目をやる。
「宮竹さん、君のところも品格が落ちたものだな。大事な息子に手を出したあげく、別れないと言うんだが」
棚の陰から、青い顔をした宮竹さんが現れた。
「桑江さん。お客様の事情に口出しをしたあげく、その服や化粧はどうしたの?家政婦としてふさわしいとは思えないわ」
「これはっ、ここにくるなら、スーツを着るべきだと思って」
「香水までつけて。そうまでして息子さんを誘惑したの?情けないわ」
涙声の宮竹さんの背後で高辻社長は笑っていた。
「宮竹さんとの付き合いも長いことだ。彼女をクビにし、今後、恭士に近づかないというなら、それでこの件は終わりにしよう。その条件が不満なら、私の息がかかっている所の契約は全て切るが?」
「そんな!」
私の悲痛な声に宮竹さんは深く頭を下げた。
「私の所のスタッフが申し訳ありませんでした」
宮竹さんはショックを受け、涙を浮かべていた。
信頼していた私に裏切られたという気持ちが強いのだろうけど。
「桑江さんもお詫びして!息子さんに近づかないと言ってちょうだい」
嫌だとは言えなかった。
宮竹さんは私の隣に立つと頭を押さえつけ、深々とお辞儀させた。
「申し訳ありませんでした!」
「も、うしわけ、ありませんでした」
声が震えた。
「恭士とはどうする?」
「近づきません」
ごめんなさい、恭士さんーーーギュッと目をきつく閉じた。
泣きたかったけれど、泣かずになんとか、自分を保った。
それが、私の精一杯の矜持だったから。
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