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「今頃は空の上かな」
玄関先を箒で掃きながら、空を見上げた。
空が青い―――今日はシーツを洗って、布団を干そう。
それから、ソファーカバーを洗って、カーテンも洗おう。
そろそろ、夏用のカーテンに取り換えてもいいかもしれない。
奥様は歌舞伎のご贔屓の公演があるとかで、出かけると言っているし、庭師も呼んで、庭の手入れもしてもらおう。
そんなことを考えながら、掃除をしていると豊子さんが慌ただしくやってきて、言った。
「夏乃子さん、旦那様からお届け物をしてほしいそうです」
「私ですか?」
「はい。書斎にある本なんですけど、お読みになりたいとのことで用意はしておきましたから」
「わかりました」
「あら。夏乃子さん、高辻の本社に行くの?」
「はい」
奥様は夏用のワンピースにレースのカーディガンを羽織り、部屋から出てきた。
白い帽子も素敵だった。
「まさか、その服装で行くの?」
「えっ…はい」
ブラウスにスカートだけど。
駄目なのかな。
「スーツのほうがいいですか?」
「ええ。その方がいいわ」
恭士さんから、スーツを買ってもらったのがある。
まるで、こうなることを見越していたかのような采配に驚く。
着替えてくると、奥様がまだいて、私を見た。
「待ってちょうだい。お化粧は?」
「しました」
奥様はえ?と驚いて、私の顔を二度見した。
失礼な。
何回見ても変わりませんって。
「いくら若いからってファンデーションだけはだめよ!」
「そんなものですか」
「祥枝さん。夏乃子さんにお化粧をして差し上げて」
「上手ですね」
感心していると、祥枝さんが言った。
「会社でメイクの研修もあったでしょう?」
「苦手で……」
「そういう問題じゃありません」
「すみません」
「香水はどれがいいかしら」
奥様が自分の鏡台からいくつか、持ってきてくれた。
「いいですよ!そんな!」
「まあ…。身だしなみの一つでしょう?」
奥様に呆れられてしまった。
「これがよろしいかと思います」
「クリードね。そうね、いいと思うわ」
祥枝さんは柑橘系の香りのする香水をつけてくれた。
「車をお使いなさいな。旦那様のご用事ですからね」
奥様はそう言って、運転手さんを呼んでくれた。
まるで、シンデレラみたいと思いながら、車に乗った。
心配そうな顔で奥様は私を見ていた。
気持ちはわかるけど……。
「届け物をするだけですから」
私は気楽な口調で言うと、奥様は浮かない顔で頷いていた。
高辻の本社がどんなものなのか、まだ知らなかったから、こんな気楽でいれたのだと、高辻のビルを目の当たりにして、やっと奥様達が心配する気持ちがわかったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
高辻本社前に到着すると、大きく高いビルを見上げた。
オフィス街でも一番立派なビルは眺めているだけで首が痛くなるくらいだった。
「すごいなぁ」
逃げたい気分になったけれど、頼まれた物を渡さずに帰るわけにいかず、ビルの中に入った。
スーツを着た人達が颯爽と歩き、忙しそうにしていた。
こんな所に毎日、恭士さんは働いているんだと思うと、なんだか不思議な気持ちだ。
屋敷で知っている恭士さんは野菜が嫌いで、見栄っ張りで、子供っぽいところのある人だけど、ここで見る顔はきっと違う。
「なにか御用でしょうか」
受付の前でウロウロしていると、声をかけられて恥ずかしくなった。
「あ、すみません。高辻の家で家政婦をしている桑江と申しますが、社長から頼まれた物を持って参りました」
「家政婦さんの桑江さんですね。社長に確認しますので、少々お待ちください」
「はい」
胡散臭いと思われたみたいだった。
けれど、奥様が言った通りスーツでよかったと今更ながらに感謝した。
普段着で来ていたら、私だけじゃなくて高辻の皆も恥をかいていた所だった。
「桑江様。社長室まで届けてほしいとのことです」
「わかりました。あの社長室はどこですか?」
「社長室は最上階です」
言った受付の女性はくすっと笑った。そうだよね。一階とかにあるわけないか……。
「ありがとうございます」
エレベーター前に行くと、違和感なく乗れたけど、すでに気疲れと緊張でぐったりしていた。
いつもの仕事とは違う疲労感だった。
最上階まで行くと、そのフロアにいる人達の雰囲気は全然違っていて、秘書室や重役の人達は上等なスーツを着て、いい香りがした。
「……え、えっと。社長室へ」
すれ違う女の人はみんな大人っぽくて、仕事ができます!という空気をまとっている。
ガーデンパーティーの時より、自分が場違いだと思い知らされている気がして、なんだか、悲しかった。
社長室のドアをノックすると、綺麗な女の人が出てきた。
「桑江さんですね。社長がお待ちです」
「は、はい」
社長室は広くて、高そうな皮のソファーや絵画、大きな机がどんっと窓ガラスの前に陣取っていて、その中央に王様が座っていた―――王様はここまでやってきた私を蔑すんだ目で見ていた。
玄関先を箒で掃きながら、空を見上げた。
空が青い―――今日はシーツを洗って、布団を干そう。
それから、ソファーカバーを洗って、カーテンも洗おう。
そろそろ、夏用のカーテンに取り換えてもいいかもしれない。
奥様は歌舞伎のご贔屓の公演があるとかで、出かけると言っているし、庭師も呼んで、庭の手入れもしてもらおう。
そんなことを考えながら、掃除をしていると豊子さんが慌ただしくやってきて、言った。
「夏乃子さん、旦那様からお届け物をしてほしいそうです」
「私ですか?」
「はい。書斎にある本なんですけど、お読みになりたいとのことで用意はしておきましたから」
「わかりました」
「あら。夏乃子さん、高辻の本社に行くの?」
「はい」
奥様は夏用のワンピースにレースのカーディガンを羽織り、部屋から出てきた。
白い帽子も素敵だった。
「まさか、その服装で行くの?」
「えっ…はい」
ブラウスにスカートだけど。
駄目なのかな。
「スーツのほうがいいですか?」
「ええ。その方がいいわ」
恭士さんから、スーツを買ってもらったのがある。
まるで、こうなることを見越していたかのような采配に驚く。
着替えてくると、奥様がまだいて、私を見た。
「待ってちょうだい。お化粧は?」
「しました」
奥様はえ?と驚いて、私の顔を二度見した。
失礼な。
何回見ても変わりませんって。
「いくら若いからってファンデーションだけはだめよ!」
「そんなものですか」
「祥枝さん。夏乃子さんにお化粧をして差し上げて」
「上手ですね」
感心していると、祥枝さんが言った。
「会社でメイクの研修もあったでしょう?」
「苦手で……」
「そういう問題じゃありません」
「すみません」
「香水はどれがいいかしら」
奥様が自分の鏡台からいくつか、持ってきてくれた。
「いいですよ!そんな!」
「まあ…。身だしなみの一つでしょう?」
奥様に呆れられてしまった。
「これがよろしいかと思います」
「クリードね。そうね、いいと思うわ」
祥枝さんは柑橘系の香りのする香水をつけてくれた。
「車をお使いなさいな。旦那様のご用事ですからね」
奥様はそう言って、運転手さんを呼んでくれた。
まるで、シンデレラみたいと思いながら、車に乗った。
心配そうな顔で奥様は私を見ていた。
気持ちはわかるけど……。
「届け物をするだけですから」
私は気楽な口調で言うと、奥様は浮かない顔で頷いていた。
高辻の本社がどんなものなのか、まだ知らなかったから、こんな気楽でいれたのだと、高辻のビルを目の当たりにして、やっと奥様達が心配する気持ちがわかったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
高辻本社前に到着すると、大きく高いビルを見上げた。
オフィス街でも一番立派なビルは眺めているだけで首が痛くなるくらいだった。
「すごいなぁ」
逃げたい気分になったけれど、頼まれた物を渡さずに帰るわけにいかず、ビルの中に入った。
スーツを着た人達が颯爽と歩き、忙しそうにしていた。
こんな所に毎日、恭士さんは働いているんだと思うと、なんだか不思議な気持ちだ。
屋敷で知っている恭士さんは野菜が嫌いで、見栄っ張りで、子供っぽいところのある人だけど、ここで見る顔はきっと違う。
「なにか御用でしょうか」
受付の前でウロウロしていると、声をかけられて恥ずかしくなった。
「あ、すみません。高辻の家で家政婦をしている桑江と申しますが、社長から頼まれた物を持って参りました」
「家政婦さんの桑江さんですね。社長に確認しますので、少々お待ちください」
「はい」
胡散臭いと思われたみたいだった。
けれど、奥様が言った通りスーツでよかったと今更ながらに感謝した。
普段着で来ていたら、私だけじゃなくて高辻の皆も恥をかいていた所だった。
「桑江様。社長室まで届けてほしいとのことです」
「わかりました。あの社長室はどこですか?」
「社長室は最上階です」
言った受付の女性はくすっと笑った。そうだよね。一階とかにあるわけないか……。
「ありがとうございます」
エレベーター前に行くと、違和感なく乗れたけど、すでに気疲れと緊張でぐったりしていた。
いつもの仕事とは違う疲労感だった。
最上階まで行くと、そのフロアにいる人達の雰囲気は全然違っていて、秘書室や重役の人達は上等なスーツを着て、いい香りがした。
「……え、えっと。社長室へ」
すれ違う女の人はみんな大人っぽくて、仕事ができます!という空気をまとっている。
ガーデンパーティーの時より、自分が場違いだと思い知らされている気がして、なんだか、悲しかった。
社長室のドアをノックすると、綺麗な女の人が出てきた。
「桑江さんですね。社長がお待ちです」
「は、はい」
社長室は広くて、高そうな皮のソファーや絵画、大きな机がどんっと窓ガラスの前に陣取っていて、その中央に王様が座っていた―――王様はここまでやってきた私を蔑すんだ目で見ていた。
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