【2章完結】あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍

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第二章

25 代償

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 あおちゃんを怨霊から守ろうと、目を閉じ、覆いかぶさる。
 けれど、いつまでたっても怨霊が襲ってくる気配がなく、蒼ちゃんを奪われることもなかった。
 目を開けると、怨霊の意識が向いていたのは、私ではなく玲花のほうだった。

「な、なんなの……? どういうこと……? 世梨のところへ行きなさいよっ!」

 玲花は怨霊を凝視ぎょうししたまま、一歩も動けずにいる。
 あっと思った瞬間、玲花が『喰われた』――悲鳴はなかった。
 恐怖に顔を歪ませた玲花の体が、禍々しい影の中へ消え、少し遅れて、ごくんとなにかを呑み込む音が聞こえた。
 なにが起きたのか、よくわからない。
 呑み込んだ後、怨霊は玲花を吐き出し、玲花の体は糸が切れた人形のように倒れる。
 人の体が床に転がる重い音が不気味に響く。

「れ、玲花っ! 玲花!」

 私が見る限り玲花に怪我はなかった。
 それなのに、体を揺さぶろうが、声をかけようが、まったく反応が返ってこない。
 息をしているのに、玲花は目を大きく見開いたまま、天井を眺め、指一本動かさず、まるで魂のない人形のよう。
 
「自業自得ですよ」

 なにが起きたか、継山つぐやまさんはわかっているらしい。
 普通の状態ではなくなった玲花を見ても驚かず、同情する様子もない。
 
「死霊たちを侮るからこうなるんです。自分の身に返ってきただけのこと」
「そんな……。玲花はどうなったんですか?」
「ああ、悲しい顔をしないでください。世梨せりさんが悲しむだろうと思って、玲花さんの魂を全部持っていかれないよう助けて差し上げました」
「助けて……? でも、反応がないんです!」
「ええ。そうです。肉体的には死んでいません」

 黒い羽根が一枚、倒れた玲花の上に、ふわりと落ち、サラサラと音を立て消えた。

「肉体を助けるため、玲花さんの言葉を引き換えにしたんですよ。本来ならば、体ごと怨霊に取り込まれるはずでした。けれど、彼らに代償を支払うことで、納得してもらったのです。利用するため、集められた死霊たちの恨みは深い」

 恨みと聞いて、私が思い浮かんだのは祖父だった。
 土蔵どぞうの中で私に言った『裏切り者』の言葉。
 あれは、祖父の跡を継がなかったから、私を恨んでいるのだと思った。
 でも、あの言葉が偽物なら?

「おじいちゃんは……?」
千秋せんしゅう様? 千秋様はこの中にいませんよ」
「いない……」

 土蔵の中で見た死霊は、紫水しすい様が言ったように、祖父ではなかったのだ。
 玲花の嘘で、私は自分に後ろめたさがあるから錯覚しただけ――もしくは、玲花が似せたのか。
 それを確認しようにも玲花は、話すことはおろか、感情さえ表現できなくなっていた。

「世梨さん。彼らはこの世に未練を残しているから留まっているんですよ。千秋様に未練があるとするなら、世梨さんの将来のことくらいでしょう」

 怨霊は宿主であった玲花に縛られたまま、行き場を失い、悲鳴を上げる。

「今、楽にしてあげますよ」

 継山さんは玲花に対する態度より、怨霊にかけた声のほうがずっと優しかった。
 怨霊を解放してあげたいと思っていたのかもしれない。
 継山さんは羽根を一枚取り出し、怨霊たちへ飛ばす。 
 膨れ上がっていた怨霊が崩れ、死霊に戻ると、継山さんは死霊たちに言った。

「この世に留まらないほうが、苦しまずに済む。これでわかったでしょう?」

 白い霞のようなものが、継山さんに感謝の言葉を口にして消えていった。
 継山さんが玲花と関わったのは、怨霊を玲花から自由にさせるためで、手を組んだわけじゃない。
 玲花が私に怨霊を向けることがわかっていて、支配が弱まる瞬間を待っていたのだ。
 継山さんもまた、紫水様たちと同じ神様に近い存在であり、私が敵う相手ではなかった。

「さて。世梨さん。鴉の一族の花嫁となるために、一緒に来ていただけますか? これで千秋様も安心されることでしょう」

 紳士的な態度で、継山さんは私に手を差し出した。
 
「世梨さん。あなたに乱暴な真似はしたくありません。それに、千秋様の着物は、こちらの手にある」

 私の花嫁衣装であり、紫水様が蒐集しゅうしゅうする祖父の着物。
 大切な着物なのに、私は脅されても継山さんの手を取る気にはなれなかった。
 継山さんは私へ苛立った目を向けて、なにか言いかけた時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
 
「当主。お茶をお持ちしました。頼まれていた落雁らくがんとお茶です」

 お盆にのせ、運ばれてきたのは、私が頼んだ緑茶と落雁。
 落雁は米、砂糖を原料とした和菓子で、四季を表現するのに、桜文、流水文、梅文などの文様が使われる。
 
「ありがとうございます」

 私の前に置かれた落雁に視線を落とし、お礼を口にした。
 その瞬間、継山さんは私がわざわざ落雁を指定して、頼んだ意図を理解したらしく、持ってきた者を怒鳴りつけた。

「なにをしている! これは……」

 選ぶ時間は、ほんの一瞬だけ。
 祖父の打掛を選ぶか、紫水様を選ぶか――自分の本能に判断を任せるしかなかった。
 継山さんに隠されるより早く、落雁を手に入れる。
  
「文様【桜】!」

 この先も紫水様と一緒にいたい。
 それが、私の出した答えだった。
 落雁の文様を奪い、龍の文様がある右手で、宙に浮いた桜を掴み取る。
 思っていたよりもすっと手に馴染み、簡単に扱える。
 
「もしかして、紫水しすい様の力が……?」

 右の手の平を開くと、一斉に桜の花が部屋中に咲き乱れた。
 目の前を桜の花が埋め、私の姿を隠す。
 白い花びらが、雪のように舞い、花が咲く――ここが室内であることを忘れてしまいそうなほど美しかった。
 
「可愛らしい術ですね」

 継山さんの笑い声と、拍手の音が響き、黒い羽根が桜の色を塗りつぶす。
 黒に染まった桜は消え、地に沈む。

「他の者であれば、少々苦戦したかもしれません」

 羽根が完全に文様を消し去る。
 圧倒的な力の差を感じた。
 以前より、私の力が増しているといっても、あやかしの当主の力を抑えられるほどではない。

「私に近寄らないでください! まだ文様はあります!」
「なるほど。着ている着物の文様ですか? 今、無駄だと、ご理解いただけたはずですが」
「それでも構いません」
「ああ、もしかして、龍を待っているんですか? どうやら、あなたは魂を喰われた小娘よりは、賢いようですね」

 私が時間稼ぎをしていると、継山さんは気づく。
 紫水様が到着するまでの間、なんとかできればいいと考えていた。
 蒼ちゃんがここにいるということは、私の居場所を紫水様たちが探している証拠だ。
 配下である蒼ちゃんの気配を追えるなら、紫水様はこの場所にいずれ辿り着くはず。
 
「どうしました? それで、次の文様はまだですか?」
「それは……」
 
 文様はある。
 私の身に宿した文様があるけれど、鴉の羽根で消された落雁の文様は元に戻らなかった。
 さっきと同じように消されてしまったら、祖父の着物に文様を戻せなくなり、永遠に欠けたまま、駄作として世に残る。
 祖父の着物から、文様を奪ったことを今になって後悔した。
 これが他のものであれば、ためらわずに使えたはず。
 せめて、私の――百世ひゃくせいのものであれば、消えても構わなかったのに。

「世梨さん。文様を使わないと、あなたを捕まえてしまいますよ」

 少しずつ距離を縮められ、壁際へ追い詰められていく。 
 手が届くところまで後一歩というところで、私の手の中に丸まっていた蒼ちゃんが飛び出して、継山さんの前に立つ。

「蒼ちゃん!」
「白蛇。その姿でなにができますか? 邪魔ですよ」

 蒼ちゃんは自分を捕まえようとした継山さんの手をすり抜け、私の右手に触れた。
 一生懸命、右手に頭をぶつける。

「これを使うの?」
 
 私の言葉がわかるのか、蒼ちゃんは頭を上下に振った。

「世梨さんの動きを封じさせてもらいます。これ以上、抵抗されて怪我でもしたら大変ですからね」
「怪我をするのは継山さんです」
「文様が失われますよ?」
「いいえ、消えません。私が使うのは紫水様の力ですから!」

 ここで、使えないはずの龍の力。
 でも、蒼ちゃんは使えと言った。 
 なにが起こるか、わからない不安はあったけれど、私の耳に届く雷の音。
 近くに紫水様がいるような気配がした。

「文様【龍】!」

 それは、迅雷じんらいの速度。
 多頭の黒い龍が現れ、継山さんの体を弾き飛ばし、壁をぶち破り、ドアを破壊した。
 怨霊よりも黒い影は、物質を喰らい、呑み込み、継山さんが慌てて身を守る仕草をしても間に合わず、吹き飛ばされる。
 まるで、それは天災と同じで、圧倒的な威力を持ち、防ぎようのないものだった。 
 破壊すると満足したのか龍の頭は天を向き、役目を終えた黒い龍は消え、その場に立っていたのは、紫水様だった。

「呼ぶのが遅い」

 雷鳴が轟き、降るはずのない雨が、激しく降り始め、大地をえぐる。
 私の目の前にいるのが、夢でも幻でもない――本物の龍神。
 雨の湿気を含んだ空気のせいか、青みを帯びた黒の髪と瞳は、紫水様が描く水墨画の墨の色に似ていた。
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