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26 死んだヴィルジニア

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 十六歳の誕生日まであと少しだというのに、前回もこうして少しずつ私たちへの疑惑が積み重なっていったに違いない。
 前回の王妃は私たちを裏切り者、敵だと主張し続け、それをクラウディオ様が信じてしまい、完全に王妃側の人間となっていた。
 その結果が、ルヴェロナ侵攻と私たちの死だ。
 疑心暗鬼になったクラウディオ様によって、私たちは殺されたのだ――

「母上。ヴィルジニアがそんなことをするわけがない。それにルヴェロナ王は穏やかな方で、突然訪問したにも関わらず、快く迎えてくださった。さすがに母上の考えすぎだと思うが……」

 クラウディオ様が苦笑して否定した。
 けれど、即位していないクラウディオ様は王妃にとって半人前。王妃だけでなく、周りの王妃派の人間も同じで微かに笑う声さえ、聞こえたような気がした。
 王妃は悲しげな表情を浮かべ、おおげさに首を振って否定する。

「クラウディオ! ルヴェロナ王は見た目ほど呑気な王ではなくてよ。小さな農業国のくせにうまく生き残っているのはしたたかな男だからでしょう」

 したたかな男と言われて、クラウディオ様は首を傾げた――それで、正しい。
 お父様はコツコツ地道に頑張るスタイルに優しく穏やかな性格が取り柄。したたか、野心家なんてお父様の評価を聞いたら宰相以下国民までもが、驚くことだろう。
 
「俺にはそう見えなかった」
「王妃様。お父様は呑気な人で……いえ、裏表がある人間じゃありません! 毎日、ルヴェロナの民がお腹いっぱい食べられるよう国を治めることに尽力しているだけです」

 お父様だけじゃない。
 歴代ルヴェロナ王がそうだった。
 私は今回の人生で、知識を得て私も過去の王たちと同様にルヴェロナの土地を豊かにしたいと思った。
 王妃はクラウディオ様のことさえ信じていない。
 だから、私の言った言葉も心に響かなかったうようだ。

「私がなにを言ったところで、王妃様は私を信じてくださらないでしょう。そして、クラウディオ様も……」

 ヴィルジニアは目を伏せ、涙を見せた。
 さすが、お兄様。男心をグッと掴む仕草を心得ている。
 クラウディオ様はヴィルジニアが見せた涙に動揺し、王妃はヴィルジニアがなにを言おうとしているのか、様子を窺う。

「俺がヴィルジニアを信じない? そんなことはない」
「そうでしょうか」

 声を震わせ、ヴィルジニアはクラウディオ様から目を逸らす。
 
「それではどうして、クラウディオ様はレティツィアがここに残ると申し出た時、レティツィアを止めずに私をルヴェロナへ帰したのですか?」

 クラウディオ様がその理由を考えている隙に、ヴィルジニアは感情的になってまくしたてた。

「私を愛していない証拠ではありませんか? 心から愛しているのなら、クラウディオ様は私を帰そうとはしなかったはず!」

 クラウディオ様の心がヴィルジニアにないことをお兄様は気づいていたようだ。

「私を体裁だけのための妻にしようとしていたのでしょう!」
「クラウディオがあなたを愛していないなんてこと……ヴィルジニア……少し落ち着いて」

 王妃のヴィルジニアに対する態度が変化した。
 王の愛情を得られなかった王妃にとって、ヴィルジニアの気持ちは痛いほどわかるはずだ。自分とヴィルジニアを重ねたのか、同情的な目を向けた。

「クラウディオの婚約者はヴィルジニアなのだから」
「いいえ! 王妃様。私はもう耐えられません! クラウディオ様の愛情が私にないことは王妃様もお気づきだったのではありませんか? その上、王妃様からも信用していただけないのでしたら、生きている意味がありません」
「ヴィルジニア。落ち着いて話をしよう。俺は……」

 クラウディオ様は異変を感じて、ヴィルジニアに手を伸ばすも強く拒まれ、手を振り払われた。

「いいえ。わかってました。私ではなく、クラウディオ様はレティツィアを愛していたのだと!」

 王妃にはヴィルジニアの言葉が自分の心の叫びのように聞こえただろう。王妃自身がバルレリア王に一番言いたかった言葉だ。
 ヴィルジニアは止まらない。

「私の命をもって、クラウディオ様への愛と身の潔白を証明しましょう」
「ヴィルジニアお姉様、なにをするつもり?」

 胸元から茶色の小瓶を取り出したお兄様は、クラウディオ様と王妃を交互に見る。
 小瓶には得体の知れない液体が入っており、中身が揺れていた。

「ヴィルジニア、待て!」
「お待ちなさい! ヴィルジニア!」

 クラウディオ様と王妃が止めても、ヴィルジニアはそれを無視し、小瓶の蓋を開けると、中の液体を一気に飲み干した。
 飲み干した後の瓶が軽い音をたてて、床に転がり、クラウディオ様のつま先にぶつかる。
 ヴィルジニアの体が傾いたのを見、瓶を蹴って体を受け止めた。

「ヴィルジニアっ!」

 私の足元に転がってきた小瓶の中身はからっぽで、一滴も残っていなかった。

「まさか……この中身は毒薬? ヴィルジニア! しっかりしろ!」

 クラウディオ様が名前を呼んでも反応が返ってこない。
 焦るクラウディオ様と顔を青くする王妃。侍女たちは叫び声すら上げられず、呆然と立ち尽くし、王妃一派はヴィルジニアに恐れをなし、ずっと口がきけなかった。それほどまでにヴィルジニアの姿は鬼気迫るものがあった。

「ヴィルジニアが息をしていない……」
「なんですって!」

 王妃がすばやく椅子から立ち上がり、駆け寄って息を確かめるも、やはり息はしておらず、死んだヴィルジニアを言葉もなく見つめていた。

「お姉様……! ヴィルジニアお姉様!」

 ようやく状況を呑み込めた私はお兄様の体に抱きつき、亡骸にすがる。

「ヴィルジニアお姉様……どうしてこんなことを……命を絶つなんてっ……」

 冷たくなったヴィルジニアの体にすがり、泣きながら王妃に訴える。
 私にできることはそれくらいだった。

「クラウディオ様からの愛情も王妃様の信頼も失ったお姉様は絶望し、死を選ぶしかなかったのね……」
「そんな……ヴィルジニアは死をもってルヴェロナの潔白を証明したというの?」
「そういえば、ヴィルジニアはナイフ投げの一件の時も、命を落とすかもしれないというのに堂々と前に立った。潔いところのある性格だった……」

 ヴィルジニアのそんなところが、クラウディオ様や王妃は気に入っていた。ヴィルジニアと過ごした過去を二人は思い出したようで、憔悴し、目を潤ませた。
 心から嫌っていた相手ではないから、衝撃も大きかったことだろう。
 それも、目の前で命を絶たれるとは思ってみなかったはずだ。
 ヴィルジニアが死んだ――そのしらせはバルレリア中を駆け巡ったのだった。
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