上 下
13 / 30

13 王子のプロポーズ

しおりを挟む
 王妃が婚約者を決める。
 アルドはどこから、その情報を手に入れたのか、私たちに教えてくれた。
 
「婚約者を決めるって本当? 早くないかしら」
「王妃は早く決めたいんだ」

 やっぱり私たちの十五歳の誕生日までにクラウディオ様の婚約者は決まる――この運命は絶対で、変えられないものらしい。
 アルドの言葉に私もお兄様も顔を強張らせた。
 緊張と不安が入り交じった表情を見たアルドは私たちが婚約者になりたくないと思っていることを察したようだった。

「選ばれても婚約の申し出を断ればいい」
「無理よ! バルレリアから断られるならともかく、正式に申し込まれたらルヴェロナのような小国が断れるわけないでしょ!」
「レティツィア、落ち着いて。アルドはどうしてそれを知ったのかしら?」
「国王陛下は生きているうちに王位を譲りたいらしい」

 アルドの口ぶりはまるで他人事だった。
 国王陛下は高齢で若い王子に早く譲りたいと考えているようだった。
 王子や王女に恵まれず、最初の妃を病で亡くし、新しく妃を迎え、生まれた子がクラウディオ様だった。
 その後、王宮で働いていた女性との間に生まれたのがアルド。
 本当に国王の子供なのかと疑われたけれど、生まれたアルドの瞳の色が国王と同じ色で若い頃の国王とそっくりだったおかげで、その疑いはすぐに晴れた。

「病がちなのもあって、気が弱くなってる。自分が元気な間に次代を安定させたいと思ってる。だから、早く妃を迎えたいんだ」
「クラウディオ様が王位をいつでも継げるような形を作っておきたいてわけね」

 それならわかる。
 バルレリアほどの大きな国ともなれば、代替わりに慎重になってもおかしくない。
 それに反して、ルヴェロナ王国は揉めたという話は聞いたことなかった。
 娯楽が少ないからか、お父様の戴冠式の時は『即位おめでとう! ルヴェロナ羊の毛糸割引中!』だとか『即位までの期間、野菜半額!』なんて、お祭り騒ぎになったとか。
 ルヴェロナにアルドが滞在するだけで、『バルレリア王子歓迎セール』なんて便乗してくる。ちょっとしたイベントも見逃さない国民性。
 ピリピリした空気は皆無で、宰相や大臣なんて――
『周りが邪な考えを抱いたことがないからでしょうなぁ。我々だけでなく、民も王家をお世話……いえいえ、支えておりますゆえご心配なく』
 ――と、言いながら、にこやかにルヴェロナ産の蜂蜜入り紅茶を飲んでいた。
 なお、宰相の家は蜂蜜農家。大臣の家は小麦農家である。
 平和な我が国の光景を思い出して、なおさらルヴェロナへ帰りたくなった。

「早く即位してほしい。それに兄さんと妃の間に子供が生まれれば、俺のことなんてどうでもよくなるし」
「子供って……。クラウディオ様はまだ十六歳でしょ?」
「バルレリアでは王の血筋を引く子供は政治の道具でしかない」

 アルドの冷たい目に甘いはずのココアが苦く感じた。ごくりと音を立てて飲み込んだ生クリームは美味しいはずなのに味がしない。

「兄さんに子供が生まれたら、俺はレティツィアのお婿さんにしてもらうんだ」
「…………え?」
「うん?」

 私とお兄様は同時にアルドを見た。
 今のはなんだったのだろう。アルドがなにかとんでもないことを言ったような気がする。

「レティツィアと結婚して、ルヴェロナでのんびり暮らしたい」
「なにその老後設計……って、そうじゃないっ! なに言ってるの! バルレリアの王子が国の外に出るなんて前代未聞よ。それも小国の婿なんてっ!」
「待て待て。レティツィア。問題はそこじゃないでしょ。アルドはレティツィアが好きなのかしら?」
「大好きだよ」

 恥ずかしくないのか、アルドは迷うことなくきっぱりと答えた。

「出会ったときから、ずっとレティツィアのことを特別な存在だと思ってる。だめだった?」
「だ、だ、だ、だめとか、いいとかじゃなくっ」

 アルドの突然の愛の告白に動揺を隠せない。だって、こんなの前回にはなかった。予想外の想定外。
 お兄様のほうを見ると険しい顔をしていた。

「お……お姉さま?」
「レティツィアに好意を持つのはいいけれど、アルドはそれを公言しないほうがいいわ」
「なぜ?」
「アルドを苦しめるためなら、バルレリア王妃はなんでもやるからよ」

 お兄様にそう言われ、アルドは黙った。
 アルドも薄々気づいていた。
 前回のアルドと違い、アルドは信頼できる人が増えたけれど、王宮での待遇は変わらない。
  それは、アルドが大事なものや友人を作る前に王妃が邪魔をし、遠ざけてしまうから。
 実際、アルドの剣の先生は辺境の砦へ追いやられてしまったそうだ。
 王妃はアルドに寂しさを何度も味あわせ、誰もそばにいないと、味方など一人もいないと思い込ませるのが目的なのだろう。
 アルドもそれに気づいているから、こんな夜中に忍んで私たちの部屋へやってきた。
 私たちが引き離されることがないのは、お兄様のおかげでもある。
 ヴィルジニアの存在により、アルドよりもクラウディオ様と仲が良いとみんな思っている。
 今のところ、ヴィルジニアが王妃に気に入られ、満足させることができているから、私たちがアルドから遠ざけられることはない、

「わかってる。気をつけるよ」

 アルドはうなずいた。
 二人は納得したけど、私は納得していない。

「待って! アルドは私にとって弟みたいなものなのよ? まだ十四歳だし、結婚なんて困るわ」
「まあ、そうね」
「弟……」

 私の言葉にショックを受けていたけど、私とお兄様は十六歳までの記憶を持っている。七歳の頃から今まで、アルドの成長を見守ってきたのだ。
 しかも、生きるか死ぬかのハラハラ生活。そんな心境で恋心を芽生えさせることなんて無理な話だ。
 お兄様はアルドがしょんぼりしているのに気づき、可哀想になったのか、ぽんっと肩を叩いて励ました。

「そんなにしょんぼりしなくてもいいのよ。レティツィアの恋心をこれから育てていけばいいわ」
「ヴィルジニア……」
「でも、アルド。弱い男にレティツィアは渡さないわ。言っている意味、わかるわよね?」
「わかる」

 こくっとアルドは素直にうなずいた。
 お兄様は男同士(お兄様の外見は女だけど)の友情とばかりにグッと親指を立てて、いい笑顔を浮かべる。

「レティツィアに好きになってもらえるよう頑張るよ」

 アルドは子犬のような目をし、私を見て言った。尻尾があったら、きっとパタパタ振ってたに違いない。

「それじゃあ、一緒に寝てもいい?」
「駄目っ! もう十四歳なんだから、絶対に駄目よ!」
「え……。今まで一緒に眠ってたのに?」
「アルド。レティツィアに好きになってもらうんでしょ?」

 アルドはお兄様の言葉にハッと我に返る。

「わかった。強くなるために我慢する。それじゃあ、また明日」

 一緒に寝るつもりだったのか、ちゃっかり枕まで持ってきていた。今まで一緒に眠っていたから、ちょっと可哀想になったけど、結婚なんて言われたら、いくらなんでも私でも身構える。
 アルドがいなくなり、部屋は静かになった。
 というより、私とお兄様は同じことを考えていたと思う。

「クラウディオの婚約者選びにアルドのプロポーズか。まさか、こんな展開になるとはね。ややこしいことになっちゃったけど、これからどうしようか……?」

 お兄様は私に聞いたけど、私だってどうしていいかわからない。

「アルドが好意を持つのは前回同様、友人としてだと思ってたんだけどな」
「私だってそう思っていたわよ」
「クラウディオや王妃にバレたら、レティツィアは……」

 その可能性にゾッとした。アルドが少し親しくなっただけで、社交界への出入りを禁じられた貴族。大地が凍てつくような寒い北方の地へ左遷された護衛の兵士。
 噂では王妃の不興を買って、修道院へ追いやられた乳母の娘がいるとか。

「わ、私も修道院行き?」
「良くて修道院。最悪、殺される。クラウディオと一緒にいて気づいたんだよね。クラウディオの行動には王妃も少なからず、絡んでいることに」
「お母様ですものね」
「それだけじゃない。バルレリア王国の大貴族の娘でもある。強力な後ろ楯だよ」 

 クラウディオ様は王妃をないがしろにできない。それは今日のお茶会でもそうだった。
 いてもいなくても変わりない私を自ら呼びに来た。  

「レティツィア。ヴィルジニアはクラウディオの婚約者を回避しないほうがいいかもしれない」
「え?」
「少なくとも僕たちの十六歳の誕生日まで、王妃やクラウディオから、嫌われないようにしないと。アルドには悪いけど、生き延びるために僕たちが優先するのは王妃たちだ」
「そうね……」

 お兄様の意見に反対はない。
 だって、今まで生き延びるために頑張ってきたのだから。
 けれど、アルドの味方でもいたい――そう思う私もいたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

【完結】女神様に言われたので、異世界では自分の幸せ見つけてみます!

水樹風
恋愛
 交通事故に巻き込まれ命を落とした美琴。本来ならまだ生きられるはずだった彼女は、その分の人生を転生して生きられることになる。  女神様が言うには、美琴にピッタリの世界らしい。 「あなたは周りの人々のために頑張ってきました。これからは自分の幸せのために生きていいんですよ。」  優しい女神様の言葉を胸に転生した先は、なんだか覚えのあるシチュエーションで……。  テッパン異世界悪役令嬢モノの世界で、男爵令嬢シャーロットになった美琴は自分の『幸せ』を探そうと頑張るけれど……。  どうやらこの世界では、彼女の立場はかなり重要なもののようで──。 * 世界観はあくまで創作です。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

あなたが1から始める2度目の恋

cyaru
恋愛
エスラト男爵家のシェイナは自分の部屋の扉をあけて硬直した。 そこには幼馴染で家の隣に住んでいるビヴァリーと許嫁のチャールズが今まさに!の瞬間があった。 「ごゆっくり」 混乱したシェイナは扉を閉じ庭に飛び出した。 チャールズの事は家が婚約という約束を結ぶ前から大好きで婚約者となってからは毎日が夢のよう。「夫婦になるんだから」と遠慮は止めようと言ったチャールズ。 喧嘩もしたが、仲良く近い将来をお互いが見据えていたはずだった。 おまけにビヴァリーには見目麗しく誰もがうらやむ婚約者がいる。 「寄りにも寄ってどうして私の部屋なの?!」気持ちが落ち着いて来たシェイナはあり得ない光景を思い出すとチャールズへの恋心など何処かに吹っ飛んでしまい段々と腹が立ってきた。 同時に母親の叫び声が聞こえる。2人があられもない姿で見つかったのだ。 問い詰められたチャールズはとんでもないことを言い出した。 「シェイナに頼まれたんだ」と‥‥。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★4月6日投稿開始、完結は4月7日22時22分<(_ _)> ★過去にやらかしたあのキャラが?!ヒーロー?噛ませ犬? ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

処理中です...