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10 完璧です、お兄様!

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「クラウディオ様とヴィルジニア様よ」
「お綺麗ねえ。レティツィア様と双子だなんて信じられない」
「二人が似ているのは顔だけよ」
「悔しいけど、クラウディオ様とヴィルジニア様って、お似合いよね」

 本当は自分が隣に立ちたいと思っている令嬢ばかりだ。けれど、それを黙らせるお兄様の美少女ぶりときたら、完璧を通り越して神々しい。
 クラウディオ様はお兄様を男だと微塵も疑わず、女であること信じ切っていた。
 趣味も嗜好も把握しているお兄様がクラウディオ様と仲良くなるのに時間はかからなかった。
 あっという間にクラウディオ様の好意を得て、今では一番仲の良い女友達はヴィルジニアだと、周囲からもクラウディオ様本人からも言われている状況だ。

「まあ、お似合いだなんて。私とクラウディオ様はお友達ですわ。お友達ですからっ! ねえ、クラウディオ様?」
「そうだな」

 お兄様は『お友達』を強調するも、周囲はそう思っていない。

「ヴィルジニア様って、本当に謙虚な方ね」
「あれだけ、クラウディオ様とご一緒にいても、恋人にならず、控えめで遠慮がちでいらっしゃって」

 どんなに美少女で中身は男。お兄様だって、クラウディオ様と仲良くするけれど婚約者になりたいわけではない。親友止まりになろうと必死にお友達アピールを続けている。
 今のところ、クラウディオ様から迫られたことはないらしいけど、最近はお兄様も危機感を覚えて、いざという時に逃げられるよう筋力をつけているとか。
 おかげでお兄様はスタイル抜群、元々持っていたセンスの良さと社交力の高さもあって、男なのに私どころか、ここにいる王女や令嬢たちより美しい。

「私はこれで失礼します……。図書室で本を読みたいので……」
「レティツィアは本が好きだから、バルレリアの図書室で本を読むのをとても楽しみにしていたのよね」

 お兄様がさりげなく助け船を出してくれる。私はそれに便乗し、ボソボソと暗い声でクラウディオ様に言った。

「はい……。それに気の利いたことも言えない私がお茶会にいても退屈なだけですわ」

 持っていた分厚い本を盾にしてクラウディオ様の顔色を窺う。お兄様がいれば、不機嫌にならないはずだ。

「そうか。図書室にお茶を運ばせよう」
「お気遣いありがとうございます」

 頭を深く下げ、逃げるようにしてその場を後にした。
 これは私たちの戦略だ――お兄様はクラウディオ様の心をがっちり掴む。私は目に留まらぬよう十五歳の婚約発表まで影のようになって生きる。
 七歳の時に決めたことをずっと実行してきた。おかげで私はクラウディオ様と最低限にしか関わらずに済んでいる。
 前回の人生と違って、ほとんど会話らしい会話すらしていない。
 今日、私が招待されたのもお兄様のオマケ。今ごろ、私のことなんて誰も気にしていないはずだ。

「お兄様は本当にすごいわ。別人格として振る舞って……。私もしっかりしなきゃ」

 そう自分に言い聞かせているものの、やっぱりクラウディオ様のことは怖い。
 だから、影のように生きるのは苦痛じゃなかった。
 以前の私なら、窮屈過ぎて難しく感じただろうけど、今の私にとっては苦痛でもなんでもない。
 あの射貫くような紫色の瞳の中に入らないで済むのなら、令嬢たちから冷たくされるのなんて、全然平気だ。
 本をぎゅっと抱き締めて図書室へ向かう。
 バルレリア王宮の図書室は広く、珍しい本がたくさんある。
 私の唯一の楽しみはこの図書館で本を読むこと。
 ずしりと重い図書室の扉を開き、中へ入ると先客がいた。先客はアルドだ。
 窓に寄りかかり、真剣な顔で本を読んでいる。私が入っていくと本から顔を上げて、ブルーベリー色の瞳がこちらを向けた。
 青紫に銀色がかった不思議な色をした髪が揺れ、窓から射し込む光が髪に王冠のような輪を作り、とても神秘的だった。

「レティツィア」

 私の姿を見て、にこりと微笑んだアルドは以前のような弱々しさはなく、低かった身長も私と同じくらいになった。
 
「アルド、お茶会に出席しなくていいの? 顔を出さないとクラウディオ様に叱られるわ」
「いいよ。どうせクラウディオ兄さんしか目に入ってない」
「そんなことないわよ。アルドも人気があるんだから」

 アルドが読んでいた本を受けとる。私が読みたいと言っていた農法の本で、用意して待っていてくれたようだ。
 バルレリアにしかない本がたくさんあることを知った私は、ルヴェロナに帰った時、使えそうな知識――特に農業の本を読んでいた。
 役立ちそうな本をアルドは選び、私がバルレリアに来るたび、教えてくれるのだ。

「訂正して」
「え? なにを?」
「俺が人気あるんじゃない。バルレリア王家との繋がりが欲しいだけだって」
「もう! そんなこと言わないの! ちゃんとアルドとして見てくれているわ。前回より……じゃなくて、昔よりずっとしっかりしてるもの」

 前回のアルドはまるで亡霊。生きながら死んでいるようだった。虚ろな目をし、笑顔はなく、ただクラウディオ様や周囲に言われたことを黙ってこなし、会話らしい会話は私やお兄様としかしなかった。

「レティツィアが俺としか話さないから。俺がしっかりしなきゃって思ってる」
「ひ、人見知りなのよ」
「いいよ。それで。俺だけに話してくれたら」

 アルドは微笑んだ。私が暗く振る舞うことで、前回よりアルドがしっかりするなんて、なんだか複雑な気持ちになるけど、亡霊のようなアルドよりはずっといい。

「レティツィア、次はこの本がいいと思う」

 アルドが私に本を渡してくれる。
 バルレリアでのアルドの立場は弱いままだ。でも、剣の稽古も勉強も熱心で、クラウディオ様や王妃派の人たち以外からは好感を持たれていた。アルドを見ていてくれる人はちゃんといる。
 それが今は嬉しい。頼りなかった弟が立派になったという誇らしい気持ちで、安心して見ていられる。

「アルド。私が読む前に本を全部読んだの?」
「読まないと教えてあげられない」
「そうだけど……」

 質問があると、アルドに聞けばだいたいわかる。
 それはいい――でも、アルドから頼られないのも寂しく、姉のような立場でいた私としてはちょっと寂しい。

「それじゃあ、次はその本にするわ」
「うん」

 アルドと過ごすひとときはいつも穏やかだった。今日は特に窓の外からは暖かな春の日差しが室内を照らし、窓際にいるのが心地いい午後。
 なにも悪いことなんて、起こらないし、このまま平和に過ぎるだろうと油断していた。
 だから、図書室の扉をノックする音が聞こえても私たちは気にしていなかった。
 クラウディオ様が侍女にお茶を頼んでいたのを覚えていたから、きっとお茶を運んできたのだろうと思っていたのだ。

「レティツィアが興味ある本はだいたいわかる」
「えっ……! 嘘! どうして?」
「それは俺がレティツィアのことを……」

 コツと靴底の冷たい音が鳴る。それはメイドの足音でないことに気付き、私とアルドはハッとして、同時に入り口のほうへ顔を向けた。

「ずいぶん楽しそうだな」
「クラウディオ様……」

 そこには冷たい目で、私たちを見つめるクラウディオ様がいた。
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