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22 王妃からの呼び出し

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 灰色の空の日が減り、雪の下から緑が顔を出す頃、アルドはバルレリアへ帰った。
 その一方で、クラウディオ様がルヴェロナに長く滞在することはなかった。
 突然に訪れた次の日、王妃が使者と護衛をルヴェロナへ寄越し、すぐに南の領地へ連れ戻した。
 その時、少しだけ気になったのは王妃に命じられてやってきた使者や護衛たちがアルドを見て、ひそひそ話をしていたことだ。
 そこは前回と同じ。
 やっぱりアルドは王妃一派と敵対関係にある。
 私とお兄様はクラウディオ様ばかり気にしていたけど、王妃もまた私たちの運命に大きく関わっている。
 でも今さら、それに気づいたところでなにができるだろう。なにもできないのに焦る気持ちばかり大きくなってしまう。
 十六歳の誕生日、運命の日が迫ってくるのがこんなにも怖いなんて――

「愛しのソニアちゃんから手紙が届いた? うわ! やったね~!」

 深刻な表情で思い悩んでいる私と違って、お兄様はウキウキしながら、ソニアから届いた手紙を受け取って、ペーパーナイフで開封した。
 にやけた顔で眺めていて、緊張感ゼロ。悩んでいるこっちが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。
 最近のお兄様はヴィルジニアの格好をしていることが少なくなった。
 もちろん、国民の前ではヴィルジニアの姿だ。
 でも、王宮内で家族と過ごす時間は男の服装のままでいる。

「ねえ、お兄様」
「なんだい?」
「お兄様はどのタイミングで男に戻るつもりなのかしら」
「気づいたか」

 やっぱりお兄様は男に戻るつもりらしい。
 旅の一座がルヴェロナに滞在中、お兄様がソニアとこっそりデートしている姿を見ていたから、そんな気は薄々していた。

「どうやって男に戻るの?」
「色々考えてるよ。それにこのまま成長したら、ヴィルジニアでいられない。だいたい僕は男なんだし、クラウディオと結婚できない。バレたら即死刑だよ」
「それはそうだけど……」
「レティツィアはなにも心配しなくていいよ。十六歳の誕生日まではヴィルジニアでいる」

 十六歳までというのが気になったけれど、お兄様の言っていることは正しい。
 ヴィルジニアがどんなに美人で完璧な淑女であっても男は男なのだ。

「声も低くなってきてるしさ」
「それは私も気づいていたわ」

 もうお兄様がヴィルジニアの姿で居続けるのは限界なのだ。

「今、男に戻るタイミングと方法を探しているんだ」
「そうよね。わかったわ。お兄様が男に戻れるよう私も協力するわ」
「その前に十六歳の誕生日を越えなくちゃいけないけどね」
「ええ……。お兄様、そのことで気づいたことがあるの。私たちが殺された原因はクラウディオ様でもなく、アルドでもなく、もしかして王妃……」

 バルレリア王妃が怪しいのでないかしらと、言い終わる前に部屋のドアがバンッと大きな音をたてて開いた。
 今日の来客予定はゼロで、私とお兄様は広い居間でくつろいでいたところだった。
 それにお父様もお母様も種まき前の時期、水路の点検と修理の許可を出すのに忙しいと言っていたから、家族団らんの時間は食事の時間だけのはず。
 そのお父様とお母様が血相抱えてやってきた。

「たっ、大変だ!」
「お父様? どうかなさったの?」

 クラウディオ様が突然やってきた時のお父様はかっこよかった。
 落ち着き、話している姿はルヴェロナ王の存在感を周囲に放ち、格の違いを見せた。見せたはずなのに、お父様はすっかりうろたえた様子で、あの日の威厳は微塵も感じられない。

「バルレリア王妃から二人に招待状が来た! 招待状というより、これは呼び出し状だ!」
「えっ?」
「呼び出しって、穏やかじゃないなぁ」

 お兄様はソニアの手紙を受け取った時、あんなにニヤニヤしていたくせにバルレリア王妃からの手紙は嫌そうな顔で受け取った。
 バルレリア王家の紋章入りの便箋は公式な招待状で、これのなにが悪いのかわからない。

「使者が返事待っている。すぐにでも返事を寄越して、バルレリアへ来いということだ」
「ますます穏やかじゃないな……。この手紙も完全に罪人扱いだ」

 手紙を見たお兄様の第一声はそれだった。
 罪人――ゾッとして寒気が走った。王妃から罪人認定されたら、行き着くのは死……

「つまり、僕たちがアルドと仲がいいから気にくわない。どうして親しいのか説明しろって内容だね。僕……ヴィルジニアとレティツィアから話を聞きたいっていうか、言い訳してみろってかんじかな」

 お父様もお母様も困惑した表情を浮かべた。

「二人がアルド王子と仲がいいのは昔からだ。クラウディオ王子の王位はほとんど決定していると思うが。王妃はアルド王子をそこまで敵視する必要があるのかどうか……」

 お父様は王妃の激しい気性を知っているけど、そろそろ王妃はアルドを許しただろうと思っていたのだろう。
 それは間違いで、いまだに王妃はアルドを嫌っているし、邪魔な存在であることは変わってない。

「王妃は、ヴィルジニアがクラウディオに近づいて、親しくしていたのはアルドのためじゃないかって疑ってる」
「お父様。バルレリア王妃はアルドが王位を狙っていると思っているの」
「そんな馬鹿な。アルド王子はそんな野心家ではない」

 平和ボケしているお父様でさえ、アルドが王位を望んでいないことがわかるのに、バルレリア王妃はそう思わない。

「結局、クラウディオじゃなく王妃なのか」

 お兄様もようやく王妃が鍵を握っていることに気付いたのか、王妃の手紙に目元を険しくさせた。

「お父様、心配しないで。私とお兄様がバルレリアへ行って、王妃様にわかっていただけるよう説明するわ」
「しかし、心配だ」
 
 王妃からの手紙の内容を知り、お父様は私たちだけで行かせたくないと思ったようだ。
 でも、ルヴェロナは大国バルレリアからの招待を断れない。

「なにかあれば、すぐに連絡しなさい」
「ええ。わかったわ」
「うまく誤解をといてくるよ」

 私とお兄様はお父様を心配させたくなくて、そう言ったけど自信はない。
 今回も前回も、私たちの生死を左右していたのは王妃だったのだ。
 気づくのが遅すぎた。
 王妃はすでに私たちをアルドの味方だと思っている。
 そして、私たちがクラウディオ様を罠にはめ、アルドをバルレリア王にすることを企んでいると、前回同様、考えているのだろう。
 結局、一番私たちを疑っていたのは王妃だ。
 前回のクラウディオ様は王妃に言われて、それを信じてしまった。
 そして、今回もまた。
 ふたたび運命は前回と同じ道を辿ろうとしている――どんなにあがいても逃げられない。
 この運命から。

 ◇◇◇◇◇
 
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