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30 それぞれの旅立ち

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 ヴィルジニア王女、愛を証明するために命を絶った――ルヴェロナ王国はそれを王女の悲しい恋物語として紡いでいくだろう。
 真実を知る者以外は。
 なんて、かっこいいかんじで、身内以外は話がまとまったわけだけど、実際のところ後始末が大変だった。
 アルドはすぐにルヴェロナへやってきて、私に婚約を申し込んだ。
 当然、ルヴェロナは大騒ぎになり、バルレリア側はヴィルジニアを死なせてしまった後ろめたさからか、アルドの婚約をあっさり認めた。
 そして、表向き死んだことになっているお兄様はソニアたちと行動をともにし、ルヴェロナに到着してすぐに身を隠した。
 両親や宰相に詳しく話すのは私に丸投げで、一度クラウディオ様に殺されて生き返ったというくだりを省略し、説明するのがとても大変だった。
 男に戻るなら、なんのために女の姿になっていたんだとか、バルレリアのほうは本当に疑っていないんだろうなだとか、ずっと質問責めの日々が続いた。
 気持ちはわかる。
 バルレリアからルヴェロナへ武器の調査団がやってきた後だったから、なおさら神経質になっているのだ。

「どうなることかと思ったが、うまくいってよかった」
「あら。私の花占いでは作戦は成功するって出ていたでしょう」
「それで、庭園から花が大量に減っていたのか」
「いい結果が出るまで占うのが、私の占いよ!」
「イカサマか?」
「まあ! 失礼ね! 占いのなんたるかを教えてさしあげるわ」

 お父様とお母様は話が逸れて、占いが当たる当たらないで揉めていた。
 相変わらずの二人を眺めて呆れることができるのも、生きているからこそだ。

「二人とも。かわいい息子の旅立ちに喧嘩しないでくれるかな」

 両親の前にいるのはお兄様。ヴィルフレードお兄様だ。
 ヴィルフレードに戻ったお兄様は髪を短く切り、旅装に身を包み、日に焼けた顔をしてすっかり男らしくなっていた。
 王宮を出て暮らしていたせいもあるのか、凛々しい顔になった。

「おっと、悪い。息子の大事な旅立ちの日だというのに、夫婦喧嘩をしている場合じゃなかったな」
「ヴィルフレードがいなくなるなんて寂しくなるわ」
「近くに寄ったら、顔を出すよ。王子じゃなくて、国民の一人としてね」

 お兄様は新たにルヴェロナ国民として、偽の戸籍を与えられた。
 王子でも王女でもなくなったお兄様は旅芸人の一座と旅をすることに決めた。
 旅芸人一座のほうは大歓迎で、お兄様のそばにはソニアが控えてる、
 ただし甘い空気はゼロ。キリッとした顔をしている。
 ソニアがお兄様の恋人かといえば、ちょっと事情が違うようで、ソニアは使命感に燃えた真剣な表情でお父様とお母様に告げた。

「ご心配なく。ヴィルフレード様のことは、私がお守りいたします」
「えー。ソニアちゃん。逆だよ、逆」

 身を隠していたお兄様は旅芸人一座の元で、剣の稽古を始めた。
 剣のほうはブランクがありすぎて、まだまだ訓練が必要だとか。
 毎日、体力作りの走り込みから始めているらしい。

「息子だが、娘として育てたからな……。足手まといかもしれないが、ヴィルフレードのことをよろしく頼む」
「国王陛下。とんでもございません! 必ず、ヴィルフレード様を一人前にしてみせます!」

 お父様から頼まれた旅芸人一座の座長は張り切っていたけど、お兄様のほうは張り切らなくていいのに、なんて呟いていた。
 日々のスパルタ訓練が効いているようだ。
 そんなお兄様に、私が渡したのは湿布薬や乾燥させた薬草を粉末にさせたものだった。
 これで、少しは筋肉痛が緩和されると思う。

「レティツィア。アルドと婚約したんだって? おめでとう」
「ええ。ありがとう」
「二人の結婚式には戻るよ。国民の一人、いや、旅芸人の一座の一人として。僕からのお祝いの芸を考えとく。女装以外の芸でね」
「お兄様、笑える冗談を言ってよ……」

 私の結婚式はアルドが成人する十八歳になったら、執り行われる約束を交わしている。
 それまで、アルドはバルレリア王に即位したクラウディオ様の補佐をすることとなった。
 ルヴェロナへ行くまで政治を学ぶためだ。
 これに王妃派が反発するのではと思われたけれど、クラウディオ様は成人の義や戴冠式が終わると同時に王妃を王宮から追い出し、政治の舞台から遠ざけた。
 即位したクラウディオ様がまずやったのはそれで、王妃派だった貴族たちに大きな衝撃を与えた。
 派閥をクラウディオ様によって分解され、権力を削がれた王妃は今は離宮で静かに暮らしているらしい。

「クラウディオもだけどさ。アルドの奴、本当に変わったよな」
「ええ。お兄様もね」
「そりゃ、変わるよ。だって女から男に戻ったんだし」

 私とお兄様は笑った。
 このところ、離れて生活していた私たちは久しぶりに顔を合わせた。
 そのせいか、そっくりだった私たちは面立ちが変わり、今ではしっかり見分けられる。
 一緒に過ごした日々が遠い過去のように感じる。
 十六歳の誕生日を過ぎ、収穫祭も終わった。
 私たちは生き延びたのだ。
 そして、今となっては、これが二度目の人生だということを知っているのは私たちだけではなくなっていた。
 その一人であるソニアは旅立ちの準備で忙しそうにしている。
 旅立ちの準備が終わるまで私たちは手を繋ぎ、リンゴの木の下で話す。
 こうやって手を繋ぐのも最後だろう。

「アルドは前回の記憶を持っていたんだな」
「最初は夢だって思っていたみたい」

 悪い夢を見ていたんだとアルドは思っていたらしい。でも、私たちに出会って疑うようになった。
 その疑いを持ったのは、かなり早いうちで、始めて会った七歳の時だった。
 二度目の人生で始めてアルドと再会した私たちの誕生日の夜のこと。
 お兄様の寝相が悪く、寝間着がはだけていたせいで、男だとわかったらしい。なお、直してあげたのに何度も足で蹴られたとか。 
 アルドは酷い目にあったと言いながら笑っていた。

「僕たちと違って、あいつは一人だったからな」
「そうね。一人だったら、私も信じられなかったかも」
「けどさ、僕が王女のふりをしているあたりで、打ち明けてくれたらよかったんだ」
「アルドは私たちに死ぬ運命にあるなんて言えなかったのよ。そんなことを言って嫌われたくなかったって」

 前回の記憶が戻ったアルドは、この先ずっと孤独な人生なのだと七歳にして悟った。
 記憶が戻ったのは私たちと出会ってからで、眠った時にたくさん夢を見ていたらしい。
 目が覚めた時、探していたのは母親じゃなくて私たちだったそうだ。
 母親の死を二度体験したアルドは変えられない運命もあると感じた――でも、自分が願った二人は生き返った。
 だから、アルドは私たちの死だけは回避しようと決意した。
 暖かい部屋に迎え入れられ、私たちとともに眠った七歳の夜に。

「僕たちはきっと何回、生き返ってもアルドと友達になるだろうな」
「そうね。絶対的な運命の友ね」
「レテツィアはアルドの婚約者だろ? つまり、何回生き返っても夫婦になるってわけだ」
「えっ!?」
「運命が絶対なら……ね?」
 
 お兄様は笑うと、繋いでいた手を私から離した。

「レティツィア。アルドと幸せになれよ」
「お兄様もソニアと幸せにね」

 空いた手をお兄様に向かって振った。
 お兄様も同じように手を振り返す。
 馬の準備は終わり、お兄様は清々しい顔をし、すっかり溶け込んで仲間になった旅芸人一座に迎えられて満ち足りた顔をしている。
 馬車は動き出し、泣いている両親や宰相、乳母たちにまた会いに来るよと何度もお兄様は言った。
 お兄様は泣いてない。
 これはお兄様が、ずっと待ち望んでいた自由な生活だから。
 馬車の一団が見えなくなるまで見送った私は道の向こう側を眺めて立っていた。
 風に吹かれて色づいた葉が舞っている。
 秋の終わりの風は迎えることのなかった冬がやってくることを教えていた。
 そして――

「レティツィア!」

 お兄様が去った道とは違う道からアルドがやってくる。そして、私に手を振る。
 金色の葉に染まる中、アルドの笑顔が眩しく見えた。
 また急いでやってきたのか、護衛たちを置き去りにしてしまっている。

「もう、仕方ないわね。アルドは……」
 
 そう言いながら、私は笑っていた。
 これからやってくる冬、そしてこの先――私はアルドと生きていく。
 幸せな時間が訪れることを私たちは知っている。


【了】
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