婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍

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12 運命を左右する王妃の存在

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 ◇◇◇◇◇

 バルレリアの王宮は広く、ルヴェロナのこぢんまりとして自然豊かな風景を楽しむ王宮とまったく異なっていた。
 王都の町並みは夜になると、火が灯され、オレンジや黄色、赤と様々な色の火を目にすることができた。
 灯りの多さは貴族や商人が多く豊かな暮らしぶりである証拠。華やかで賑やかなバルレリア王都を一望した後は自分達に割り当てられた豪奢な客室へ戻った。

「夜になると真っ暗になるウチとは大違いだな」
「そうね……」

 ルヴェロナの夜は暗い。国民は早寝早起きで次の日の農作業に備える。王宮のそばにある湖から川へと流れる水の音が聴こえてくるほどに静かだ。
 農繁期は特にそうで、もっと国民を豊かにするため、私は目下勉強中。お兄様が王妃へプレゼントしたワインを量産して輸出することも考えている。
 ……生き延びることができたのなら。

「お兄様。これから私たち、どうするの? 王妃様に気に入られたのはいいけど、国へ帰れず足止めなんて想定外よ」
「うーん。どうするかなぁ」

 お茶会が終わったら、ルヴェロナへ戻るつもりだった私たち。戻って来ない私たちにお父様やお母様、宰相が心配しているに違いない。早く帰らないと、頭が薄くなった宰相の毛がまた薄くなってしまう。
 お兄様はドレスを脱ぎ、白の寝間着に着替えた。
 もちろん体型がわかりにくいふわっとしたものを選んでいる。
 お兄様は成長し、以前より女性らしさがなくなってきていた。正直、いつ周囲にバレるだろうかと、ヒヤヒヤして落ち着かない。
 両親は『もし、このまま王女として生きるなら、病気で声が出なくなって、顔に怪我をしたとでも、なんとでも言ってヴェールでもかぶっていればわからないさ!』というお気楽ぶり。
 あくまでお兄様の生き方を尊重することにしたらしい。
 悲観されるよりはいいけれど、まさかお父様たちも息子が婚約者に選ばれる可能性があるなんて、ルヴェロナ羊の毛先ほども思ってないと思う。
 
「お兄様は男なのよっ? 婚約者に選ばれるかもしれないっていうのに、そんなのんきにしていてどうするのっ! バレたら死刑よ、即死刑っ!」
「だろーなー」

 今だって、私たちの身の回りの世話はルヴェロナから一緒に来た侍女たちがやっている。だから、バレる心配はないものの、これが全員バルレリアの侍女だったら、隠し通すのは不可能。

「十六歳を待たずして死……」
「運命は容易く変えられないか」

 お兄様は珍しく暗い表情でテーブルの上にあったチョコレートボンボンを口にする。

「悩んでも仕方ない。ほら、レティツィア。高級チョコレートボンボン、食べておいたほうがいいぞ。ルヴェロナだと手に入らないからな」
「バルレリアのチョコレートボンボンが美味しいのは認めるけど、私はやっぱりルヴェロナのほうが好き。早く帰りたいわ」
「僕はもっと世界中を見たいな」
「それは、お兄様の夢?」
「前回も今回も叶わない夢だけどね。前回は王子として国を背負うことが決まってたし、今回は王女になって、もっと窮屈な暮らしをしてる」

 なんだか意外だった。
 前回の人生でお兄様の口から夢を語ることは一度もなかったから、ルヴェロナの国王となって国を治めるのが当たり前だって、私も周囲の人と同じように決めつけてしまっていた。
 
「ま、今は夢より命だよ。命あっての夢だ。死んだら夢も見られない」
「そ、そうね。まずは生きてこそよね……」

 食べ納めにならないことを祈りながら、チョコレートボンボンに手を伸ばしたその時――部屋のドアをノックする音が聞こえた。
 誰がやってきたのか、私たちにはすぐにわかる。

「アルドだな」
「アルドね」

 私たちは顔を見合わせ、微笑んでドアを開ける。そこにはおやつをたっぷり持ってきたアルドがいた。

「夜食、持って来たよ」

 笑顔を見せるアルドに私たちは嬉しくなった。
 前回はなかったアルドの行動力と明るさに、私たちは救われている。アルドが変化していることで、私たちがやっていることは少なくとも無駄ではないと思えるから。

「わぁ! 私が好きなクリームココア!」

 たっぷりの生クリームを上にのせた熱いココア。バルレリアならではの贅沢な一品だ。
 それから、おしゃれな缶に入ったクッキーとチョコレート。キャンディ。赤いさくらんぼのシロップ漬けがのったケーキと珍しい南国の果物。
 果物は温室で栽培している果物で、私が食べてみたいと言ったのをアルドは覚えてくれていたらしい。

「気が利くわね。アルド」

 ヴィルジニアの顔になったお兄様がアルドを褒め、紅茶を飲む。お兄様はクリームたっぷりココアより、紅茶のほうが好きなのだ。
 双子で育った環境が同じでも食べ物の嗜好は違う。 
 私たちの些細な違いも、アルドは把握してくれている。もしかしたら、私たちを一番見分けられるのはアルドかもしれない。

「せっかく二人がバルレリアに来てくれているから、もてなそうと思った」
「嬉しいわ」

 アルドは七歳の頃から、以前のアルドとは少しずつ違ってきて、今のアルドになった。
 クラウディオ様に剣で勝てないものの、こうして自分から人と関わり、痩せっぽっちだった体は鍛えられ、がっしりとし、顔色も悪くない。
 幽霊のように青白い顔だった前回のアルドとは大違い。

「クラウディオ兄さんの婚約者選びだけど、近いうちに王妃が婚約者を決めると思う」

 決めるのは王妃――クラウディオ様やバルレリア王ではなく。
 私たちは殺したクラウディオ様に気を取られていたけれど、王妃もまた重要な存在であることに気づいたのだった。
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