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9 双子14歳~王子の婚約者候補たち~
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バルレリア王国――大陸を支配する巨大な王国であり、その国の王子ともなると、婚約者候補も国内外から大勢現れる。
クラウディオ様は十六歳、私たち双子は十四歳に成長した。
とはいえ、クラウディオ様に殺されて二度目の人生。私たちは七歳の頃から運命を変えようと努力してきた。
それは今も継続中。
「レティツィア様。図書室に行かずに私たちとお茶でもいかが? 王妃とクラウディオ様がもうじきいらっしゃるのよ」
そう私に声をかけてきたのはバルレリア王国の貴族令嬢で、さらにその周りには各国の王女や貴族令嬢たちが居並ぶ。
バルレリアの大貴族ともなれば、小国の王女より裕福で、首にはキャンディみたいなルビーのネックレスや流行のドレス、足元の靴もピカピカしている。
きっと靴にも宝石がついているに違いない。
バルレリア王宮で開かれる王妃主催のお茶会に招待されたのは年頃の貴族令嬢と王女たち。その意図するところがわからないほど世間知らずではないし、これは私の二度目の人生。
『バルレリア王国第一王子クラウディオ様の婚約者選び』が始まっていた。
婚約者選びは未来の王妃を選ぶということ。みんなの目が多少……かなりギラギラしてしまってるのもしょうがない。
私と彼女たちとでは事情が違い過ぎた。
こっちは生き延びるため、絶対婚約者になってはいけない。
クラウディオ様の目に留まらぬよう目立たず地味に生きること作戦はまだまだ続行中で、お茶会の参加は自殺行為。むしろ、こっちは一刻も早く立ち去りたかった。
「いえ……。私は結構です」
令嬢たちは小声でぼそぼそと呟いた私を気に入らないとばかりに睨みつけた。
睨まれたところで、私の気持ちは変わらない。
おとなしい私を演じるのに目を逸らし、うつむきがちにしたのがいけなかったのか、令嬢たちはここぞとばかりに攻勢に出てきた。
「お待ちなさい。まさか、招待されたのに出席しないおつもり?」
「レティツィア様はこのお茶会をどうお考えなのか、私たちに聞かせていただきたいわ」
「お茶会だけじゃないわ。晩餐会も舞踏会も、どこにいるかわからないくらいなんだから」
「そこらを飛んでいる虫のほうがよほど存在感があってよ」
つまり、私は虫以下ってことを言いたかったのだろうと、察したけど構っている場合ではない。
「私は……そのー……図書室で本を読むのが好きなので……」
「本? 本を読んでどうするの?」
「これだから、レティツィア様は! バルレリア王国の王妃様からお茶会の招待を受けるなんて、とても名誉なことなのよ!」
「そっ……それはっ……わかってます」
さっきより、キツイ態度で叱られた。
ライバルが減るのだから、私のことなんて放って置いてほしい。
だいたい彼女たちはバルレリア貴族の中でも、特に裕福な部類。彼女たちにすれば、自分こそクラウディオ様に選ばれて当然だと思っているに違いない。
振る舞いからも自信たっぷりなのが見て取れる。
そして、今日も大勢の取り巻きたちを従えて絶好調。私に絡むのを生きがいにしてるんじゃないのってくらい、ノリノリだった。
「このお茶会は王妃様主催のお茶会よ」
「いくら内気だからって、そんなことが許されるとでも思ってるの?」
「クラウディオ様とアルド様、お二人と幼少の頃から親しくさせてもらっているものね。私たちと違って、レティツィア様は特別なんでしょう」
「ルヴェロナ王国なんて、田舎の小国。人より家畜のほうが多い国の王女がクラウディオ様とアルド様のお気に入りだなんて、信じられなくてよ」
「少しは華やかになさったら?」
「いつも黒いドレスに黒い髪、黒い瞳! パーティーが台無しよ」
取り巻きたちからの悪口のオンパレード。
私が気に入らないのはクラウディオ様やアルドと幼馴染っていうのが、原因らしい。ちょっとでも仲良くしているだけで敵認定。
「レティツィア様がいると暗い雰囲気になるから、いなくてちょうどいいわ」
笑い声が起きた。
暗い女。そんなふうに評価されているのを私だって、嫌ってほど知っている。それでも黙ってた。
――だって、死にたくない!
絶対に目立たないようにして、魅力ゼロの女として振る舞うことこそ、私の使命。ゼロどころか、マイナス評価……やりすぎなくらいでちょうどいい!
「国を焼かれて死ぬくらいなら、暗い女だって思われたほうがマシよ。死んだことがないから、あんなふうに言えるのよ」
何度も呪文のように唱えた言葉をブツブツと口ずさむ。
彼女たちはじゅうぶん私の悪口を言って満足しただろうから、私はこの場から立ち去ろうと彼女たちに背を向けた。
「なにがなんでも婚約発表まで、この暗さを維持してやるんだからっ!」
現在、私の年齢は十四歳。
私とクラウディオ様が婚約を発表した十五歳の誕生日まであと一年。
これを回避しないことにはバッサリグッサリ殺されてしまう!
あの恐怖を何度も思い出したくないけど、簡単に忘れられるものではない。
「ねえ、王妃様やクラウディオ様が来る前に、テーブルを花で飾りましょうよ!」
「賛成!」
さっきまで私の悪口を言っていたくせに、すっかり忘れてしまったのか、楽しげな声が聞こえてくる。
バルレリア王宮の庭園は見事で、うつむいていた顔を上げると、華やかなで豪奢な庭園が目に入った。春の庭は賑やかで花の甘い香りが風に含まれ、離れていても花の香りが届く。
「十五歳の誕生日まで、あと少し……」
明るい春の庭も私の心を隅々まで晴れやかにさせてはくれない。
秋になれば、私とお兄様の誕生日がやって来る。そして、運命を決定する最後の一年が――ぞくっと背筋が寒くなり、首を横に振った。
死なないために今やれることをやっている。私がクラウディオ様の婚約者に選ばれなければいいだけのことなのだから!
「そっちの花は?」
「まあ、王妃様は赤がお好きと聞いたわよ」
「クラウディオ様は何色がお好きかしら」
なにも知らない彼女たちは無邪気に庭師から花を受け取って、お茶会のテーブルを花で飾っていた。
庭師は大勢いて、今も庭師たちが王女や令嬢たちに花を渡している。
大勢の庭師を雇っているのは温室があるから。
国の権力を誇示する狙いがあるのか、王宮内に大きなガラスの温室を持っていた。そこにはバルレリア王国領となった南国の珍しい植物が多く栽培されている。
農業の研究用に広い温室があれば、ルヴェロナの農業の発展に繋がるのに――温室を眺めながらぼんやり思った瞬間。
「ちょっと! そこの席は私よ!」
「なに言ってるの。クラウディオ様の隣は私のものよ」
彼女たちはしっかりとしたマナー教育を受けた淑女であるはずなのに、口汚く罵り合っていた。
さっきまで徒党を組んでいたのに同盟破棄。なんて油断ならない世界だろう。
そこは世界の小さな戦争状態。『クラウディオ様の婚約者』『未来の王妃』という地位を全員が虎視眈々と狙っている。
表面上だけとはいえ、友好的な態度でいた王女や貴族令嬢だけど、今、その関係は脆く崩れ去ろうとしていた。
「クラウディオ様が早く婚約者を選んでくれたら、こんなピリピリした空気も終わるのに」
そして、私もちょっとは安心できるはずだ。
こんな状態になっているのも、王女や令嬢たちが私に刺々しいのも、クラウディオ様の婚約者を選ぶ間だけのこと。
でも、彼女たちを馬鹿にできない。
なぜなら、彼女たちにとって、今後の人生を左右する重大な時期でもある。
バルレリア王国と縁続きになりたい国や貴族は多い。
今回の王妃主催のお茶会もバルレリア国王と王妃がクラウディオ様の婚約者候補を吟味している――そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
前回の時はまさか自分が選ばれるとは思っていなかったから、ほとんど無関心だった。
小国の王女でバルレリアにとってなんの利益もない私が選ばれたのか、いろいろな知識を得た今でさえ、まったくわからなかった。
わかれば、もっと確実に婚約を回避できたというのに……
でも、今回の私は前回とは違う。前回よりも地味に生きている。それこそ、お兄様が扮する『ヴィルジニア』の影のように。
この効果がいかほどあるかは謎だけど。
「レティツィア。どこへ行く」
「今からお茶会が始まるのにレティツィアったら、また図書室? 一緒にお茶を飲みましょうよ」
図書室へ逃げようとしていた私を阻んだのはクラウディオ様とヴィルジニアお姉さま(お兄様)。
二人の登場は場の空気を変えた。
クラウディオ様は十六歳、私たち双子は十四歳に成長した。
とはいえ、クラウディオ様に殺されて二度目の人生。私たちは七歳の頃から運命を変えようと努力してきた。
それは今も継続中。
「レティツィア様。図書室に行かずに私たちとお茶でもいかが? 王妃とクラウディオ様がもうじきいらっしゃるのよ」
そう私に声をかけてきたのはバルレリア王国の貴族令嬢で、さらにその周りには各国の王女や貴族令嬢たちが居並ぶ。
バルレリアの大貴族ともなれば、小国の王女より裕福で、首にはキャンディみたいなルビーのネックレスや流行のドレス、足元の靴もピカピカしている。
きっと靴にも宝石がついているに違いない。
バルレリア王宮で開かれる王妃主催のお茶会に招待されたのは年頃の貴族令嬢と王女たち。その意図するところがわからないほど世間知らずではないし、これは私の二度目の人生。
『バルレリア王国第一王子クラウディオ様の婚約者選び』が始まっていた。
婚約者選びは未来の王妃を選ぶということ。みんなの目が多少……かなりギラギラしてしまってるのもしょうがない。
私と彼女たちとでは事情が違い過ぎた。
こっちは生き延びるため、絶対婚約者になってはいけない。
クラウディオ様の目に留まらぬよう目立たず地味に生きること作戦はまだまだ続行中で、お茶会の参加は自殺行為。むしろ、こっちは一刻も早く立ち去りたかった。
「いえ……。私は結構です」
令嬢たちは小声でぼそぼそと呟いた私を気に入らないとばかりに睨みつけた。
睨まれたところで、私の気持ちは変わらない。
おとなしい私を演じるのに目を逸らし、うつむきがちにしたのがいけなかったのか、令嬢たちはここぞとばかりに攻勢に出てきた。
「お待ちなさい。まさか、招待されたのに出席しないおつもり?」
「レティツィア様はこのお茶会をどうお考えなのか、私たちに聞かせていただきたいわ」
「お茶会だけじゃないわ。晩餐会も舞踏会も、どこにいるかわからないくらいなんだから」
「そこらを飛んでいる虫のほうがよほど存在感があってよ」
つまり、私は虫以下ってことを言いたかったのだろうと、察したけど構っている場合ではない。
「私は……そのー……図書室で本を読むのが好きなので……」
「本? 本を読んでどうするの?」
「これだから、レティツィア様は! バルレリア王国の王妃様からお茶会の招待を受けるなんて、とても名誉なことなのよ!」
「そっ……それはっ……わかってます」
さっきより、キツイ態度で叱られた。
ライバルが減るのだから、私のことなんて放って置いてほしい。
だいたい彼女たちはバルレリア貴族の中でも、特に裕福な部類。彼女たちにすれば、自分こそクラウディオ様に選ばれて当然だと思っているに違いない。
振る舞いからも自信たっぷりなのが見て取れる。
そして、今日も大勢の取り巻きたちを従えて絶好調。私に絡むのを生きがいにしてるんじゃないのってくらい、ノリノリだった。
「このお茶会は王妃様主催のお茶会よ」
「いくら内気だからって、そんなことが許されるとでも思ってるの?」
「クラウディオ様とアルド様、お二人と幼少の頃から親しくさせてもらっているものね。私たちと違って、レティツィア様は特別なんでしょう」
「ルヴェロナ王国なんて、田舎の小国。人より家畜のほうが多い国の王女がクラウディオ様とアルド様のお気に入りだなんて、信じられなくてよ」
「少しは華やかになさったら?」
「いつも黒いドレスに黒い髪、黒い瞳! パーティーが台無しよ」
取り巻きたちからの悪口のオンパレード。
私が気に入らないのはクラウディオ様やアルドと幼馴染っていうのが、原因らしい。ちょっとでも仲良くしているだけで敵認定。
「レティツィア様がいると暗い雰囲気になるから、いなくてちょうどいいわ」
笑い声が起きた。
暗い女。そんなふうに評価されているのを私だって、嫌ってほど知っている。それでも黙ってた。
――だって、死にたくない!
絶対に目立たないようにして、魅力ゼロの女として振る舞うことこそ、私の使命。ゼロどころか、マイナス評価……やりすぎなくらいでちょうどいい!
「国を焼かれて死ぬくらいなら、暗い女だって思われたほうがマシよ。死んだことがないから、あんなふうに言えるのよ」
何度も呪文のように唱えた言葉をブツブツと口ずさむ。
彼女たちはじゅうぶん私の悪口を言って満足しただろうから、私はこの場から立ち去ろうと彼女たちに背を向けた。
「なにがなんでも婚約発表まで、この暗さを維持してやるんだからっ!」
現在、私の年齢は十四歳。
私とクラウディオ様が婚約を発表した十五歳の誕生日まであと一年。
これを回避しないことにはバッサリグッサリ殺されてしまう!
あの恐怖を何度も思い出したくないけど、簡単に忘れられるものではない。
「ねえ、王妃様やクラウディオ様が来る前に、テーブルを花で飾りましょうよ!」
「賛成!」
さっきまで私の悪口を言っていたくせに、すっかり忘れてしまったのか、楽しげな声が聞こえてくる。
バルレリア王宮の庭園は見事で、うつむいていた顔を上げると、華やかなで豪奢な庭園が目に入った。春の庭は賑やかで花の甘い香りが風に含まれ、離れていても花の香りが届く。
「十五歳の誕生日まで、あと少し……」
明るい春の庭も私の心を隅々まで晴れやかにさせてはくれない。
秋になれば、私とお兄様の誕生日がやって来る。そして、運命を決定する最後の一年が――ぞくっと背筋が寒くなり、首を横に振った。
死なないために今やれることをやっている。私がクラウディオ様の婚約者に選ばれなければいいだけのことなのだから!
「そっちの花は?」
「まあ、王妃様は赤がお好きと聞いたわよ」
「クラウディオ様は何色がお好きかしら」
なにも知らない彼女たちは無邪気に庭師から花を受け取って、お茶会のテーブルを花で飾っていた。
庭師は大勢いて、今も庭師たちが王女や令嬢たちに花を渡している。
大勢の庭師を雇っているのは温室があるから。
国の権力を誇示する狙いがあるのか、王宮内に大きなガラスの温室を持っていた。そこにはバルレリア王国領となった南国の珍しい植物が多く栽培されている。
農業の研究用に広い温室があれば、ルヴェロナの農業の発展に繋がるのに――温室を眺めながらぼんやり思った瞬間。
「ちょっと! そこの席は私よ!」
「なに言ってるの。クラウディオ様の隣は私のものよ」
彼女たちはしっかりとしたマナー教育を受けた淑女であるはずなのに、口汚く罵り合っていた。
さっきまで徒党を組んでいたのに同盟破棄。なんて油断ならない世界だろう。
そこは世界の小さな戦争状態。『クラウディオ様の婚約者』『未来の王妃』という地位を全員が虎視眈々と狙っている。
表面上だけとはいえ、友好的な態度でいた王女や貴族令嬢だけど、今、その関係は脆く崩れ去ろうとしていた。
「クラウディオ様が早く婚約者を選んでくれたら、こんなピリピリした空気も終わるのに」
そして、私もちょっとは安心できるはずだ。
こんな状態になっているのも、王女や令嬢たちが私に刺々しいのも、クラウディオ様の婚約者を選ぶ間だけのこと。
でも、彼女たちを馬鹿にできない。
なぜなら、彼女たちにとって、今後の人生を左右する重大な時期でもある。
バルレリア王国と縁続きになりたい国や貴族は多い。
今回の王妃主催のお茶会もバルレリア国王と王妃がクラウディオ様の婚約者候補を吟味している――そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
前回の時はまさか自分が選ばれるとは思っていなかったから、ほとんど無関心だった。
小国の王女でバルレリアにとってなんの利益もない私が選ばれたのか、いろいろな知識を得た今でさえ、まったくわからなかった。
わかれば、もっと確実に婚約を回避できたというのに……
でも、今回の私は前回とは違う。前回よりも地味に生きている。それこそ、お兄様が扮する『ヴィルジニア』の影のように。
この効果がいかほどあるかは謎だけど。
「レティツィア。どこへ行く」
「今からお茶会が始まるのにレティツィアったら、また図書室? 一緒にお茶を飲みましょうよ」
図書室へ逃げようとしていた私を阻んだのはクラウディオ様とヴィルジニアお姉さま(お兄様)。
二人の登場は場の空気を変えた。
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