幼馴染は私を囲いたい!

椿蛍

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18 過去の清算【梶井】

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お隣だったとはね。
奏花そよかちゃんからもらったサイダーを手にキッチンに入り、冷蔵庫を開けた。
中身はビールと水がほとんどで食料らしいものは入ってない。

「あの女。思いっきり殴ったな」

頬が痛む。
付き合っていた女はあれでラストのはず。
似たような女ばかりと渡瀬わたせに言われたとおり誰が誰なのかわからないくらい似ていた。
部屋には写真立てが一つだけ置かれている。
母と俺だけがうつる写真。
誰が自分の父なのか知らない。
華やかな母には恋人が多かった。
きっとその中の誰かだ。
そのせいか、母の記憶だけ鮮明に残っている。
恋愛に対して奔放で男にフラレるたび、激しく泣いていたのを思い出す。
一つの恋が終われば、すぐに次の恋へと行くくせに一つ一つの恋が遊びではなく本気だった。
母が飲みすぎて世話をするのはいつも俺の役目。
母に頼られると俺がそこに存在してもいいんだと思えて安心した。
一緒にいるだけで俺は嬉しかった。
酔って眠る母が部屋にいてくれるだけでよかった。
一人にされるよりはいい。
そんなふうにあの頃は思っていた。
写真立てを倒して目を閉じる。

「今、思い出すのはきついな……」

全員と別れた俺は一人になってしまった。
身軽でいいと思う反面、自分の存在が軽いものに感じる。
ふらりとソファーに横になろうとした瞬間、インターホンが鳴った。

梶井かじいさん。渡瀬です。仕事の契約書をお持ちしました。女とヤッてないで、さっさと判子をおしてください』

どんな挨拶だよ。
しかも、全員清算したとこだ。
ドアを開けると渡瀬がメガネをキラリと光らせて目の前に契約書を突きつけてきた。
今日も渡瀬はグレーのスーツに引っつめ髪。
仁王立ちまでがテンプレ。
本当にこいつは一ミリもブレないな。

「ふぅん。依頼がきたか。早かったな」

「梶井さん。ヒーリングミュージックなんて珍しいですね。わざわざこの会社の社長に連絡をとってまでやりたい仕事だったんですか?」

「そう。この会社に出入りしたくてね」

「また女ですか」

あきれた顔をした渡瀬の手から書類をするりと引き抜き、手に入れた紙に口づけた。

「そう。俺をチェリストの道に引き戻した運命的な女性だ」

俺が言った言葉に渡瀬が驚いていた。

「珍しいですね。女性に対して肯定的な発言をされる梶井さんを初めてみたかもしれません」

渡瀬は玄関にさえ入らず、ドアの前に立ったまま待っていた。
俺が部屋の中に誰もいれなくないことをわかっていてのことだった。
『入るな』とも言ったことがなかったが、空気を察してきっちりドアのラインから入ってこない。
その察しのよさを俺は気に入っている。
とはいえ、男女の関係にはほど遠い存在だ。
お互いに。

「ほら、これでいいだろ」

契約書にサインをし、判子を押して渡した瞬間、渡瀬が目を大きく見開いた。

「かっ、顔があぁぁぁっ!チェロ以外唯一の取り柄である大事な顔がぁぁぁっ!」

女に殴られて赤くなっていることにやっと気づいたらしい。

「なにが唯一の取り柄だ。お前、本当に失礼なやつだな」

「失礼?事実です。それなら、自分の取り柄を一番から順番に言ってみてください」

「そうだな―――」

「まさか本当に言うつもりですか?どんだけ自分に自信あるんですか?」

「お前が言えって言ったんだろうが!」

「契約書はもらったので帰ります。この仕事の伴奏者としてウチの事務所のピアニスト恵加めぐかさんを選んでおきましたから」

「はぁ?なんであんなやつと」

「梶井さんになびかず、冷静に接することができるからです」

渡瀬は迷うことなくきっぱりと言いきった。
俺になびかないね。
深月にはずいぶんと入れ込んでいるけどな。

「腕は確かですし、色々な仕事をすることは彼女にとってもいい経験になりますから」

「俺の名前で一緒に売り込もうってことだろ」

「ぶっちゃけるとそうです」

渡瀬は明日のスケジュールを書いた紙を渡した。

「今度は遅刻しないでくださいよ」

「全員と別れたから遅刻のしようがない」

「は?」

「付き合っていた女と別れた。本気で付き合いたい女ができた」

「冗談でしょう?」

「なんだ。褒めないのか」

渡瀬はうーんと唸って難しい顔をした。

「それでメンタルのバランスがとれるなら構いません」

「どういう意味だ」

俺はずっと一人だった。
今までも必要以上に関わらせていない。
誰も。

「ワケアリ女性とばかり付き合うのはそれで精神的なバランスをとっているからだと思っていました。女性から必要とされることで自己肯定なさっているのかと」

「なるほどね」

それで社長も俺にうるさく女性関係について言及してこなかったわけか。

「そんな弱い人間じゃない」

「そうですね。そこまで可愛げのある人じゃありませんでした。すみません」

心から申し訳ないって顔するなよ、こいつは。
すっと渡瀬は背筋を伸ばして一礼する。

「それでは失礼します。複数つきあっていたのが一人になるのは喜ばしいことです。健闘を祈ります」

コツコツと大きいヒール音をたてて渡瀬は去っていった。
ドアを閉めて部屋の中に戻る。
渡瀬がいなくなり、しんっとした無音の空間が心地いい。
まったく、あいつはうるさすぎる。
キッチンに行くとサイダーのペットボトルが置いたままになっていた。
冷蔵庫にいれたつもりが考え事をしていたのか、いれてなかったようだ。
自分で思っているより、一人になったことが堪えているのかもしれない。

「自己肯定ね……少しは遠慮してものを言えよ」

俺は母の呪縛から、まだ抜け出せてないのかもしれない。
愛情を欲していたあのガキの頃のまま。
母を思い出すと感傷的になりすぎる。
冷やすのは頬じゃなくて頭だな。
サイダーのペットボトルを手にし、ゴツッと額にあてた。
サイダーはもうぬるくなっていた―――それでも、今の俺にはそれが唯一感じられる人のぬくもりだった。
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