幼馴染は私を囲いたい!

椿蛍

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32 殴り合い

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コンサート当日、早めにコンサートホールに到着すると楽屋に向かった。
花束とプリン。
悩んだけど、梶井かじいさんにも同じものを買った。
逢生あお達に差し入れして梶井さんにないのもおかしいし。
マネージャーの宰田さいださんから了承をもらって関係者用のIDカードを首にかけてもらった。

「今日の深月みづきさん、すごくピリピリしてますよ。奏花そよかさんに来ていただいてよかったです」

「そんなに?」

「リハから梶井さんとバチバチですよ」

チェリストは協調性が大事なのにと言って宰田さんはため息をついた。
そう思うと梶井さんも逢生も自分を抑えるところがある。
チェロ向きだったんだろうけど、お互いが全力で弾くとどうなるんだろうという興味もあった。
だから今回のコンサートで二人のデュオをいれたのかもしれない。
梶井さんと三人の楽屋は別らしく、先に梶井さんの楽屋をそっとのぞいた。
いない。
よし!今のうちにっ!
そそそっと中に入り、プリンと花束を置いた。

「あれ?俺に差し入れ?奏花ちゃん、ありがとう」

「ひえっ!」

いたぁぁ!
タキシードのシャツのボタンをとめながら、カーテンの奥から現れた。
着替えていたらしい。
前髪をあげ、タイをした梶井さんはいつものセクシーな印象はなく、ストイックな空気をまとわせている。
これはこれでかっこいい。

「じっと見てどうかした?もしかして、俺のこと好きになっちゃった?」

「なりませんっ!挨拶にきただけです。今日のコンサート頑張ってください」

「奏花ちゃんにはお礼をしないとな。看病してもらったお礼もまだだし」

「気にしなくていいです。病気の時はしかたないですから」

「謙虚だねー。じゃあさ、俺が深月に勝ったら、俺とデートしてよ」

「私、音楽音痴だから勝ち負けってわからないですよ」

「奏花ちゃんは今の俺のチェロを聴いてないだろ?聴けばわかる」

すごい自信だった。
でも、逢生のチェロはすっごく素敵なんだからねっ!
そうそう勝てると思わないでほしい―――なんて思うのは身内の贔屓目だろうか。

「あんまり逢生をナメないでほしいですね」

「あいつはまだ子犬だよ。じゃあ、きまり。俺が勝ったらデートに付き合ってもらうよ」

梶井さんは女性からのプレゼントと思われる花束と差し入れに囲まれてにこやかに笑っていった。
よくこんな状況で口説けるわよね。

「私とのデートは絶対にないと思いますけど。コンサート頑張ってください」

「楽しみだな。差し入れと花束をありがとう」

「いいえ……」

もうデートすることになってるし。
ため息をつきながらドアを閉めた。
これだから、自分に自信がある男は。
隣の楽屋は逢生達の楽屋でドアを開けたなり、ドドーンと大量の花と差し入れが置いてあった。
う、うわぁ……すごい量。
梶井さんの楽屋より広いとはいえ、花で埋め尽くされていて、狭く感じた。
そして、すごく賑やかだった。
小学生の子供部屋かな?というくらいには。

「おい!逢生っ!お前、ちゃんと前髪をセットしろよ!」

「してる」

陣川さんが逢生の前髪が固めてもおちてしまうのが気になるらしい。
セットしなおしてやるっと言いながら、逢生を追いかけ回しているせいでドタバタとやかましい。
渋木さんはマイペースに楽屋に備え付けられていたピアノをコンサートの曲順にさわりだけ弾いているけど、それもまた喧噪の中ではうるさく聴こえる。
伴奏をする渋木さんは演奏する曲数が多いらしく、じろりと二人をにらんで一喝した。

「うるさい」

たった一言で二人は静かになった。
影の番長は渋木さんね……
今にも説教が始まりそうな雰囲気だった。

「あ、奏花ちゃん」

ナイスタイミングとばかりに陣川さんが私に声をかけた。
逢生がむうっとした顔をしていた。

「なによ」

「先に梶井のとこ行った」

ドアの音でも聞こえたのだろうか。
本当に耳がいいんだから……

「花束と差し入れを持って行ったのよ」

はい、どうぞと逢生に渡すと嬉しそうな顔をして花束に顔を埋めていた。
そして待つこと一分。
バッと顔をあげて言った。

「俺は騙されない!」

なにがよ。
私がいつだましたっていうのよ。
陣川さんと渋木さんが苦笑してる。

「梶井に会いに行った!」

「行ってよかったって思ってるわよ」

逢生は悲しい顔をした。

「だって、ここはこんなに賑やかなのに梶井さんのところは静かだったから。寂しいでしょ?」

すかさず渋木さんが反論した。

「好きで賑やかなわけじゃない」

ま、まあね。
確かにね。
でも、陣川さんは違っていた。
そうかもねと頷いている。
逢生もそれは少し思ったのか、黙った。

「そろそろ客席に座らないとね。それじゃあ、がんばってね」

「わかった。はい」

うん?はい?
逢生は私の目の前で目を閉じて待っている。
ま、まさかっ!
この流れは。

「見てないからどうぞ」

「逢生のやつ、調子に乗ってるなー」

渋木さんと陣川さんがそんなことを言ったけど、二人の前でできるわけがない。
三人の期待がビシバシと感じる。
けど、私は―――

「ふざけてないで真面目にやりなさいっっ!始まるまで瞑想でもしてなさいよっ!!」

怒鳴って楽屋のドアをバンッと閉めた。
はー!なんなの、とんでもないわね。
逢生ときたら、海外じゃあるまいし、人前でキスなんてできるわけないでしょー!
しかもあの二人、一緒になって煽るスタイルだし。
止めなさいよ!
怒りながら客席に行くともう席は満席。
この間より年齢層が高く、クラシックコンサートになれているのか、双眼鏡もばっちり準備し、プログラムも折り曲がったり汚れることがないようにクリアファイルを持参している。
膝の上にはレース付きのハンカチタオル。
まちがいない。
このマダム達はクラシックコンサートのプロ集団!
私の席は二階席の一番前でいい席だっていうのもあるだろうけど、周りは前回よりも年齢層が高めな梶井さんファンと見た。
座るとしっかり舞台全体が見渡せる席。
プログラムを開いて曲目を見ているとマダム達が囁いていた。

「この子達、将来有望よね」

「だから、梶井さんも共演を承諾したんでしょ」

将来有望―――まあね!そうよね!
まるで自分のことのように誇らしい。
でも、やっぱり梶井さんの方が格上のようだった。
ふ、ふーん。
仕方ないわよ。
逢生達の方が若いんだしっ!
開演は四人のカノンから。
会場にしっとりと響く弦楽器とピアノの音。
なるほど。
眠くなりそうな曲を一番にもってきたわけね。
そう思っていると周りのマダム達はうっとりと聴いていた。
……どうせ、音楽のことはわからないわよ。
豚に真珠、猫に小判。
いい席なのに申し訳なさすぎる。
顔だけはクラシック音楽わかってますよ?という顔で聴くことにした。
数曲終わり、曲名だけじゃどんな曲なのかわからない私と違って周りはバッチリわかっているらしく、この曲は梶井さんの大人の力たっぷりよねとか、陣川さんのカルメンで遊ばれたいとか、濃い話をしていた。
うん。わからない!
梶井さんがうまいことだけはわかったけど、それだけ。
つくづく自分の音楽センスのなさに失望するわ。

「あら」

マダムの声にちらりと横目で見た。

「深月さんが情熱的な曲を弾くなんて珍しいわね」

「陣川さんのイメージなのに」

「わざと梶井さんが選んだんじゃないの」

二人のデュオだった。
たしか、二人でやる曲で聴いてって言っていたやつよね。
曲はリベルタンゴ。
演奏が始まるとマダム達はしんっと静まり返った。
曲の細部まで聴き取ろうするかのように。
リベルタンゴはダンスというより二人の殴り合いだった。
ガチ殴りですか!?
マダム達は驚いた表情をしている。
音を競いあう二人。
梶井さんが笑いながら弾く。
その殴り合いを楽しむように。
それなのに曲は成立している。
逢生が梶井さんをにらみつけた後のことだった。
なにか梶井さんが逢生に言った?
一瞬だったけど、逢生の音が崩れたことに気づいた。
今までそんなこと一度もなかったのに逢生の音が乱れていた―――
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