幼馴染は私を囲いたい!

椿蛍

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23 恋と愛

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頭痛がする。
昨晩、いろいろ考えてしまって、なかなか寝付けなかったせいかもしれない。
逢生あおは私のことを嫌いになったのかもしれないなんて一度も考えたことがなかった。
ケンカしたことはあっても、理由はいつもくだらない理由だった。
こんなに自分が動揺するとは思ってもみなかった。
それでも、仕事となると淡々と仕事をこなしてしまう自分が悲しい。
額に手をあてた。
仕事なら簡単に答えが出せるのに恋愛となるとこんなグダグダになる。
心を落ち着かせるためにハサミで黙々といらなくなった書類を切っていた。

「うわっ!先輩の机にメモの山が!なにしているんですかー?」

「ちょっと心を無にしていたのよ。精神統一、煩悩撲滅!」

「そのおかしな四字熟語はなによ!?」

真剣に書類を作成していた寿実すずみがパソコン画面から目を離さずにツッコミを入れた。

「煩悩なんてあったほうがいいに決まってます!そーいうわけでっ!先輩達、取引先との飲み会に行きませんかー?」

煩悩を肯定していくスタイルの後輩はノリノリで飲み会に誘ってきた。

「今日はちょっとパスかな……」

さすがに昨日の今日で飲みに行くような気分になれない。
残業したほうが週明けの仕事に支障がないのはわかっている。
でも今日は帰りたい。
逢生のことが気にかかるっていうのもあるけど、負け試合の後みたいに気持ちが沈んでいる。
こんな日に飲み会に行って盛り上がれるわけがない。
机の上を片付けていると同じように寿実も片付け始めていた。

「あれ?寿実は飲み会に行かないの?」

寿実はにやりと笑った。

「弘部君と付き合うことになったのよ」

寿実に言われても驚かなかった。
恋愛においては百戦錬磨の寿実だし。

「そうなんだ」

はー……私がグダグダと悩んでいるうちに寿実はもう彼氏ができたってわけですか……
ぼっーとしながら窓の外を眺めた。
公園の緑が癒されるわね。
思わず、自分の不甲斐なさに現実逃避をしてしまう。

「ちょっと縁側のおばあさんみたいになってるわよ。しっかりしなさいよ。弘部君は奏花そよかのことが好きだったんだからね?」

「えっ!?嘘!」

「けど、私、弘部君のことが好きだったから邪魔しちゃった。ごめんね」

「う、ううん。いいの。ちょっといいなーとは思ったけど、恋愛感情はなかったし」

好きだと言われて弘部君だって悪い気はしなかったのだろう。
寿実はため息をついた。

「恋愛感情ね。ねぇ、奏花。恋愛感情って何だと思う?」

「ドキドキしてキュンッてなるかんじ?さすがに私もわかるわよー!」

馬鹿にしてもらっちゃ困るわよ。
私もそこまで恋愛に疎いわけじゃない―――と思う。

「それもあるけど、また別の感情もあると思うわよ」

「そうなの!?」

「この人といると安心する。一緒にいるだけでいい。そういう穏やかな感情もあるんじゃない?それって恋より愛よね」

「愛……」

『この人といると安心する』と言われて思い浮かぶのはただ一人だった。
私は逢生のこと―――愛してるってこと?
えっ、ええええー!!
それが恋でなく愛ときた?
恋を通りすぎていた?
そ、そうかも?

「いつになったら気づくのかと思っていたけど。逢生君が不憫すぎて……」

「だ、だって家族愛的なものだとばっかり」

「それも一つのかたちじゃない。自分の気持ちを確かめるのは案外簡単よ?」

「どうすればいいですか?先生っ!」

誰が先生よと言いながら寿実は額に手をあてた。

「そんなの、キスすればわかるでしょ。この人とキスしたいかどうかなんだから」

キスしちゃってるんですよおおおおっ!
しかも、がっつり。
そんなこと言えない。
嫌じゃなかったし、それに……
私からキスしちゃったわけで。
そ、そうよね。
恋愛感情もないのにキスなんかできるわけない。

「そ、そう。貴重なアドバイスをありがと……」

「どういたしまして」

顔を赤くしている私にくすりと寿実は笑った。

「恋愛音痴な二人だとこんなことになるのね」

「恋愛音痴!?」

「逢生君もね。やりすぎなのよ。奏花に悪い虫がつかないように徹底的にガードするから、奏花が純粋培養で育ってしまったわけじゃない?」

「純粋培養……」

今まで私がちょっといいなって思った男の子から『彼氏いたんだね』とか言われていたのは偶然じゃなかったってこと!?
思い返せば、心当たりは山ほどある。
私と逢生が付き合っているっていう噂を流したのは逢生なの!?

「一度くらい誰かと付き合えば、逢生君しかいないって奏花が気づくのにその誰かも許さないんだから。とんでもない幼馴染みね」

そう言われて気づいた。
私がいつも心の中で梶井さんと逢生を比べていたことを。
答えは出ている。
私が一緒にいたいと思っていて、失いたくない相手は一人。
―――逢生だけ。

「あらー?奏花ってば、どうしたのー?ずいぶん急いで帰るのねー」

「ぐっ……いいでしょ。別に。今日は金曜日だし」

書類を横に追いやり、お先にっと寿実に言って廊下に出た。
今日は早く帰って逢生の好きなものをつくってあげよう。
そして、仲直りをする。
そう思っていたのに―――

「梶井さん……」

フロアを出た先の廊下に梶井さんが立っていた。
そういえば、打ち合わせだとホワイトボードに書いてあったのを思い出した。
私に関係のない仕事だったから、すっかり忘れていた。

「奏花ちゃんに会えるかなって思っていたけど、ちょうどよかった」

「すみません。今日は私、早く帰りたくて」

「俺と話すのも嫌?」

「そうじゃないんです。自分の気持ちがわかったから」

その言葉に梶井さんが眉をひそめた。

「へぇ。でももう遅いんじゃないかな」

夕方の赤い色が梶井さんの顔を照らす。

「え?」

「今日、深月みづきに奏花ちゃんのスカーフを渡したら固まっていたけど?で、その後、恵加めぐかちゃんに誘われて二人で食事に行ったよ」

桑地さんと二人で?
でも、私に文句を言う資格はない。
だって、私も梶井さんと食事に行ったんだから。
梶井さんからスカーフを渡されて逢生は私のことをどう思った?
昨日の今日で逢生は私のことすごく嫌いになったんじゃないだろうか。

「深月も楽しんでいるだろうし、俺達も食事に行く?」

じわじわと広がる毒のようにその声は私の心を蝕んでいく。
毒だと言ったのは本当かもしれない。
彼の甘い言葉は弱った人間を絡めとる力がある。
梶井さんは私の髪を指ですく。

「深月は恵加ちゃんみたいな子が合うんじゃないかな」

胸が痛い。
どうしてそんなことを言うのだろう。
梶井さんは私を追い詰めていく。
じわじわと崖っぷちまで。

「奏花ちゃん。いこうか」

梶井さんは手を差し出した。
その手をとれば、きっと私は初恋の続きを楽しむことができる。
私が大人の恋で憧れていたような恋愛だろう。
それなのに今は違う気持ちでその手を眺めていた。
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