幼馴染は私を囲いたい!

椿蛍

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9 挑戦状

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コンサート会場の建物が見えなくなっても逢生あおはどんどん歩いて行って立ち止まらない。
顔が前を向いていて、どんな表情をしているかわからなくて私から声をかけた。

「逢生。勝手に出てきてよかったの?」

「平気。きっと知久と唯冬がうまくやってくれるから」

それはどういう信頼関係よ。
春の夜はまだ肌寒い。
すでに桜の木は葉桜となり、散った桜の花びらはどこへ行ったのか一枚も見えなくなっていた。
逢生は駅に向かうサラリーマンや塾の学生達の流れとは逆方向へ歩いていく。

「どこいくの?電車で帰らないの?」

奏花そよかに話したいことがある」

足を止め、振り返った。
その顔は真剣そのものでドキッとしてしまった。

「な、なに?改まって」

「俺、家を出てマンションで暮らすことにした」

「そうなの?どうして?」

一人暮らしをしなくても逢生の両親は忙しい人達だから、今もほとんど一人で暮らしているようなものなのに。

「今のままだと奏花にとって俺はただの隣の幼馴染みで終わってしまうから」

「そんな理由で一人暮らしを始めなくても……」

「そんな理由じゃない。俺をちゃんと男として見て欲しい」

「お、男って」

じりりと思わず後ずさった。
そんなこと考えられないわよっ!と言いたかったけど、言えない雰囲気だった。

「だから、一緒に暮らそう」

「は?暮らすわけないでしょ!付き合っているわけでもないのに」

「俺のこと男として意識してないなら、暮らせると思う」

そうきたか……
なかなか知恵をつけてきたわね。

「なに言ってるの。そんなのうちの親にバレてみなさいよ。娘の貞操の危機よ?我が家への出入りを禁止されるわよ」

いくらなんでも無理でしょ。
嫁入り前の大事な娘を『はい、どーぞ』なんてするわけない。

「奏花がいいなら、一緒に暮らしてもいいって言われた」

親っー!
いいわけあるかっ!
叫びたい気持ちをグッとこらえた。

「そろそろ奏花には親のスネをかじらずに生きて欲しいと思っていたって言ってた」

「一人娘を邪魔者扱いするなー!」 

「おじさんとおばさんで古民家カフェをする話は聞いた?」

「お母さんがカフェをプロデュースするとは言っていたけど……」

「それだよ」

「なにが『それだよ』よ。腹立つから、そのドヤ顔をやめなさいよっ!」

我が親ながら恐ろしい。
老後計画のために私を家から放り出すとは何事よ。
しかも、娘の貞操は完全無視。
『昔から知ってる逢生ちゃんならいいわ』なんて思ってるに違いない。
私の父は今年定年退職した。
確かに田舎に移住したくて家を探しているとは聞いていたわよ?
でも今住んでいるところから電車で一時間くらいの場所だからって言ってたから、私はちゃっかり一緒に住もうとしていたわけですよ!
でも両親にはその気はサラサラなかったと。
え……なんだか……それはそれでショックなんだけど……

「そういうわけで、奏花が住んでいる家は他の家族が住むことになったんだ」

「酷すぎ!娘を置いてきぼりにするとか!」

「俺と暮らすなら家賃タダだよ。光熱費も」

「な、なにいってるのよ。私も働いて三年。ちゃんと稼いでるんだから一人で暮らせるわよ」

社会人をなめてもらっちゃ困るわよ。
逢生より先に社会人デビューしてるのよ。
こっちはね!

「じゃあ、ゴキブリでたらどうする?」

「それはっ……」

ゴキブリはまずい。
見てみぬふりもできないし、かと言って長時間、あの黒い悪魔と戦い抜く自信もない。
怖い。
正直言ってやつが怖い。
逢生かゴキブリか。
恐怖感を考えたらゴキブリ―――?

「そうね。逢生とルームシェアだと思えば別にたいしたことじゃないわね」

だいたい逢生を救出しに留学先に行った時は同じアパートで寝泊まりしたんだし。
意識する私がおかしかったのよ。
きっと演奏を聴いて、ちょっとばかりかっこよく見えたから頭が混乱したのね。うん。

「ゴキブリか俺か、今、選んでなかった?」

「え?えーと、気のせいよ」

嘘だ。
究極の選択を私はした。
これが生きるための選択ってやつですか。
なるほど。

「でも、私が男として逢生のことを意識できなかったら諦めてよ。正直言って弟みたいなものだからね?」

「はっきり言われると傷つく」

「言わないとわからないからでしょうがっ!」

まったくなにが傷つくよ。
引っ越し先まで決めているだけじゃなくて、ちゃっかり私まで同居させることを考えているなんて。
とんでもないやつだわ。
いつから、そんな策士になったのよ。

「じゃあ、マンションの鍵を渡しておく。来週までに荷物をまとめておいて」

「来週!?早くない?」

「気が変わらないうちにだよ」

「う、うん」

なんだかいつもより強引な気がしたけど、うなずいた。

「絶対に俺のことを好きになってもらうよ」

そう言って、逢生は私にカードキーを渡してくれた。
これは逢生からの宣戦布告。
私には渡されたカードキーが逢生からの挑戦状もしくは果たし状のように思えてならなかった。

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