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37 土地の所有者【姫凪視点】

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「どうも。こんにちはー」
まるで友達の家に遊びに来た男子小学生のノリで諏訪部すわべのビルに現れたのは副社長だった―――
黒のTシャツとだぶっとしたブラウンのカーゴパンツを着た副社長はまるで大学生のように見えた。
スーツ姿の人達の中で異彩だったけれど、その存在感は圧倒的で副社長の周りから全員が遠ざかって行った。
それは私も同じで、あの事件以来、怖くてしかたなかった………。
「ひえっ!ケルベロス!」
「ここにはもう何もないですよ!!!」
佐藤君が言うように諏訪部さんの会社は倒産した―――解約が後を絶たず、会社のパソコンはウィルスのせいで破壊された。
この自慢のビルも人の手に渡るため、社内の片づけをしていたところだったのだ。
そこまでやっておいて、よく顔を出せたものだと、私ですら思うのに副社長はけろっとした顔をしていた。
「えーと、『諏訪部すわべさんいますか』」
メモ書きをみながら、棒読みで言った。
「会社を攻撃した本人がよくこれたものだね」
片づけをしていた諏訪部さんが出てくると、どうもと会釈した。
本人はそれが礼儀正しいと思っているのか、ちょっと得意げな顔をしていた。
「自分がしたことだよ。USBを差し込まなければ、決定的に終わることなかったから」
「……そうだな」
疲れた様に諏訪部さんは返事をした。
まともに話せる相手ではないと思ったらしい。
それは正解だと思う。
「なにしにきたんだ。この状況を見たくてきただけか?」
「土地売って」
唐突過ぎる申し出に全員がしんっと静まり返った。
「土地?」
副社長は住所を書いた紙を諏訪部さんに渡した。
「ああ。俺が親からもらった土地か。借地料をおこづかい代わりにもらっていたところな」
「お金持ちだね」
「……嫌味か」
この状況でさすがに『お金持ち』はないと思う。
けれど、諏訪部さんの両親は不動産会社を経営しているから、ずいぶん助けてもらった。
「残念だが、一足遅かったな。次の会社の資本金を作るために土地を売ったんだ。姫凪ひなの父親の銀行を通してね」
「そうか」
「嘘じゃないぞ」
「あ、あの!私、調べておきましょうか」
素直に副社長は首を縦に振った。
ほっとした空気が広がり、用事が済んだとばかりに帰ろうとした副社長が振り返り言った。
「ありがとう、狭山さやまさん」
「……いえ、須山すやまです」
あれ?という顔をして、頭をかくとぺこっと頭を下げて出て行った。
最後の最後まで私の名前を覚えてはくれなかったのだった―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


副社長が去っていくと、気分転換にビルのテラスに出て外の空気を吸った。
夏が近いせいか、日差しが暖かいものから熱く感じるようになっていた。
「あーあ……終わっちゃった」
私は自分の恋がこれで終わったのだと悟った。
泣きたいけど、泣けなかった。
それは完敗だったからもしれない。
私の人生で初めておとせなかった相手で一番理解できなかった男。
それが彼だった―――途中からは恋ではなく、もう半ば意地だった。
「名前くらい覚えてくれてもいいのにね」
「それは無理だな」
諏訪部さんがテラスに出てきて言った。
「俺はあいつと同じ高校で同級生だったからな」
「えっ……?」
まるで初対面だったけど、と思っていると諏訪部さんは笑った。
「俺の事なんか、相手にもしてない。時任ときとうにいる連中、全員がそうだった。同じ業界を選んで、起業したのはあいつらの目に少しでも映りたかったのかもしれないな」
その気持ちは痛いほどわかる。
けれど―――
「最後まで俺を同級生だと気づかなかったな」
「諏訪部さん……」
私と諏訪部さんは似た者同士だったみたいだ。
「まあ、いいさ。俺はあいつに持ってないものをもってるからな」
「持っていないもの?」
「普通の感覚」
確かにそうだ。
ふっと私は笑って諏訪部さんの腕に手を絡めた。
「一緒に来てくれるか?」
「もちろん」
「社長っ―!次のところにこの机もっていきますかぁー?」
佐藤君がおしゃれな机を指さしていた。
「ああ。まだまだこれからだ。見てろよ」
諏訪部さんは自信たっぷりな顔で笑っていた。
きっと諏訪部さんは成功する。
大衆の感覚がわかる人だから。
だから、今だけなんだからね?
そんな余裕でいられるのは!!
私はにっこりほほ笑んで、薬指の指輪に口づけたのだった。

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