上 下
32 / 43

32 ケルベロス【姫凪 視点】

しおりを挟む
「会社を辞めた!?」
姫凪ひな、どういうこと?」
時任ときとうグループを辞めたと言ったら、親は焦り、案の定、両親は私を問い詰めてきた。
そんな慌てることはないのに。
私の隣には諏訪部すわべさんがいた。
「二人とも落ち着いてきいて?急だけど、私と諏訪部さん、結婚することになったの。ね?」
「姫凪さんとお付き合いをさせていただいております、諏訪部と申します」
諏訪部さんはにっこり微笑み、両親に名刺を渡した。
「まあ!」
「ほう、これはすごい」
名刺を見るなり、両親の態度が好意的なものに変化する。
自分の親ながらゲンキンすぎて呆れてしまう。
でも、いいわ。
これで、親の虚栄心も満たされてご近所に自慢もできるし、満足でしょ。
「諏訪部さんは時任と同じお仕事をされていて、妻の私が時任にいるわけにはいかないの」
両親は納得してくれたらしく、冷静さを取り戻してくれた。
「それもそうだな」
諏訪部さんの洗練された服装や話し方、振る舞いに両親は大満足だった。
「姫凪にいい結婚相手が見つかってよかった」
「諏訪部さん、日を改めてまた家に夕食でも食べにいらしてね」
「もちろんです」
諏訪部さんは爽やかに微笑んだ。
「これから、社に戻り、仕事なので失礼します」
「私も行くわ」
諏訪部さんの腕に手をからめた。
家の外には諏訪部さんが運転してきた赤のフェラーリがとまっていた。
車に乗り、諏訪部さんはUSBを受けとると満足そうに笑った。
「さすが姫凪だな」
「すっごく大変だったんだから」
「わかってる。もう危険な真似はさせない」
「本当?」
「もちろん」
諏訪部さんは私に微笑むと胸ポケットにUSBを滑り込ませた。
「これで時任ときとうは終わりだな」
車を走らせ、諏訪部さんの会社に着いた。
小さいけど、お洒落なデザインのビルはとっても素敵だった。
外壁は黒と白のモノトーンで交互になっていて、大きな窓ガラスからは社内が見え、テラスが階ごとにあり、外で休憩ができるようになっている。
諏訪部さん自慢のビルはこのあたりでも群を抜いて素敵な建築物だった。
有名な建築家にお願いしたとか。
これから、ここが私の職場になると思うと、すっごく楽しみだった。
私の服装や雰囲気にもバッチリ合ってると思うのよね。
諏訪部さんと腕を組み、社内に入ったその瞬間―――
「社長っ!!!」
何が起きたのか、ただならぬ様子で社員達が駆けつけてきた。
「たっ…大変です!」
「どうした?」
「顧客情報が流出しました」
「馬鹿な」
すぐにフロアに駆け込んだけれど、全員がどうしていいかわからず、パニック状態になっていた。
いつもは余裕たっぷりの佐藤君が青ざめた顔で懸命に作業しているのが見えた。
うまくいかないのか、手で顔を覆い、頭をかきむしった。
「だめです!こちらからのアクセスを受け付けません」
まるでネズミを追い詰めるようにじわじわと侵食されているのがわかった。
それも早いスピードで。
全員で対処していても追いついていない。
「……サーバが乗っ取られた……」
「いったいどこからの攻撃だ」
騒然とし、諏訪部さんは顔色を変えた。
「時任のケルベロスだ!自分のところの顧客情報が入っているファイルを今になってコピーされたことに気付いたんだろう」
「それだけじゃありません」
佐藤君が震える声で言った。
「俺達が時任にやろうとしたことをそのまま、返されているんです……!」
ギラギラとした目で諏訪部さんは画面を睨みつけた。
「ファイルが欲しいか。いいだろう。プレゼントしてやるよ。時任の顧客情報も一緒に流出させてやる」
そう言って諏訪部さんがUSBを差し込んだ瞬間、画面が順番にブラックアウトした。
「社長!そのUSB……ウィルスじゃ……!」
「まさか!時任から持ち出したデータだぞ!」
諏訪部さんが私を見る。
「ちゃんと私は言われた通りにしたわ!」
「コピーする瞬間にケルベロスが気づいて偽のファイルに差し替えたのかもしれません」
「こ、これ、自作のウィルスですよ。こんなの対応できない!」
佐藤君が涙声でいった。
まるで、ホラー映画のように順番にビルの電気が消えていく。
怖くて逃げようとした私を逃がさないとばかりにドアの電子キーがカチと音をたてて、ロックされた。
「ひっ……」
最後には私達がいるフロアの電気が消え、真っ暗になった。
「ビルが乗っ取られた……」
まるで捕獲されたネズミ。
汗が背中をつたった。
諏訪部さんや他の社員達は口をきくことができず、ただ真っ暗な闇の中にたちつくし、どうしていいかわからなかった。
その時、電話が鳴り響き、全員が怯えたように電話を見た。
諏訪部さんが震える手で電話をとり、耳に受話器をあてると変な顔をした。
「佐藤、ケルベロスがお前をだせって言うんだが」
「な、なんで僕なんですかっ!?」
「さあ……」
佐藤君が怯えながら、電話を受け取ると、耳にあてた。
『やあ』
「あ、あの、なんでしょうか」
『人の物に手を出したらどうなるかわかったよね?』
「は…、はい」
顧客情報をコピーしたことを言っているのだろう。
でも、なぜ、佐藤君に?
全員がわからずに佐藤君を見ていた。
『桜帆はもう人妻だからね――――』
パチンッと頭を叩かれる音がした。
『何、バカなことを言ってんのっ!!』
桜帆さんの怒鳴り声と同時にガチャンッと電話が切れた。
「……え?」
「えっ!?」
佐藤君が首をかしげて、諏訪部さんも変な声を出した。
多分、この中で私だけが理解していた。
副社長は時任を守るというのを口実にして、一番の理由は佐藤君が桜帆さんに声をかけた。
ただそれだけのことで、こんな真似をしたのだ。
そう思うと、背筋が寒くなった。
狂ってる。
副社長に愛されるなんて、とんでもない。
あの人は怖すぎる―――せめて電気くらいはつけてくれればいいのに会社のフロアはずっと暗いままだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

強気なサッカー選手の幼馴染みが、溺愛彼氏になりました

蝶野ともえ
恋愛
「なりました。」シリーズ、第2作! 世良 千春(せら ちはる)は、容姿はおっとり可愛い系で、男の人にはそこそこモテる、普通の社会人の女の子。 けれど、付き合うと「思ってたタイプと違った。」と、言われて振られてしまう。 それを慰めるのが、千春の幼馴染みの「四季組」と呼ばれる3人の友達だった。 橘立夏(たちばな りっか)、一色秋文(いっしき あきふみ)、冬月出(ふゆつき いずる)、そして、千春は名前に四季が入っているため、そう呼ばれた幼馴染みだった。 ある日、社会人になった千春はまたフラれてしまい、やけ酒をのみながら、幼馴染みに慰めてもらっていると、秋文に「ずっと前から、おまえは俺の特別だ。」と告白される。 そんな秋文は、人気サッカー選手になっており、幼馴染みで有名人の秋文と付き合うことに戸惑うが………。 仲良し四季組の中で、少しずつ変化が表れ、そして、秋文の強気で俺様だけど甘い甘い台詞や行動に翻弄されていく………。 彼に甘やかされる日々に翻弄されてみませんか? ☆前作の「なりました。」シリーズとは全く違うお話になります。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

処理中です...