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17 秘密 【姫凪 視点】

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麻友子まゆこ諏訪部すわべネットセキュリティサービスの人と付き合い始めたの?」
麻友子はスマホの待ち受けを見せつけるように机の上に置いてあった。
佐藤君と麻友子が肩を組み、楽しそうに笑っている。
「そうなの。佐藤君とね。この間、食事に行きたいって言われたから行ってきたんだけど、付き合うことになったの」
「佐藤君は年下だけど、そんなかんじ全然なくて気がきくし、お洒落なお店たくさん知っているのよ」
「そうなの?よかったわね」
友達の麻友子に素敵な彼氏ができて私も嬉しかった。
私はそうなるかもって思っていたけどね。
姫凪ひな不毛ふもうな片思いはやめたら?副社長はかっこいいけど、変わってるし、付き合っても楽しいとは思えないわよ」
「そんなことないっ」
「ご、ごめん。泣かないで。そんなつもりで言ったんじゃないの。ただ他にも素敵な人いるわよって。言いたかったのよ。そうそう!諏訪部社長が姫凪のこと可愛いって言ってたわよ。今度、一緒に食事に行こ?」
「そうなの?」
「姫凪には諏訪部社長みたいな華やかな人の方が似合うと思うわよ」
「……そんな、私なんて」
「姫凪なら諏訪部社長と並んでも全然、おかしくないわ!」
「そうかな……」
「二人とも!仕事中よ!お喋りはやめて!」
秘書室の先輩達は私と麻友子のおしゃべりが気に障ったらしく、厳しい口調で怒鳴りつけてきた。
口ではすみませんと言いながら、先輩達の前で彼氏の自慢をしたかっただけの麻友子は満足そうに微笑んでいた。
先輩はそんな麻友子を無視して、内線電話の音に素早く反応し、電話をとった。
「お茶ですか?はい、二つですね。わかりました。副社長にお客様だから、お茶を持っていくわ」
「私がっ」
「結構です。私が持っていきます。須山さんは今、目の前にある仕事をきちんと終わらせてください」
「……はい」
先輩達は私に意地悪だった。
副社長のそばに近寄れないようにしているのはわかっていた。
けれど、私はそんな妨害にもめげずに化粧室に行くふりをして来客用に用意されたソファーとテーブルがある場所にそっと近づいた。
副社長のお客様というのは年配の夫婦だった。
二人とも上品そうな方でスーツを着ていて、パーカーにワークパンツ姿の副社長とは対照的だった。
「ひさしぶりだね。夏向かなた君」
「元気にしていた?連絡しても返事もなにもないから心配していたのよ」
副社長は何も答えず、険しい顔で二人を見ていた。
倉永くらながの家を正式に私が継ぐことになってね。それで、夏向かなた君にもお祝いのパーティーに来てもらおうかと思ったんだが」
「夏向君もいい年齢だし、素敵なお嬢さんを紹介してもいいわねって話をしていて」
「必要ない」
いつになく、副社長の声が低い。
「必要ない?そんなわけにいくか。お前は兄の血を継いでいるんだ。倉永の家の人間だ」
「そうよ。ご両親が駆け落ちしたからといって、引け目に感じることはないの。それにご両親が亡くなった後は倉永の家があなたを助けてきたでしょう」
「傷つけただけだ」
「恩知らずなことを言うな!施設にいたお前を引き取ってやったのは私達だぞ!」
「そうよ。誰もあなたを引き取りたくないと言うから」
「結局、倉永の家になじめずに施設にお前は戻ったが、倉永の家の人間であることには変わりはない」
「どこの誰が親なのかもわからない子と結婚させるわけにはいかないわ。施設の子と同居しているそうね」
「おかしなことになる前に倉永の家に入りなさい」
「そうよ。素敵なお嬢さんを探してあげるわ」
「昔のように逃げ出せないように閉じ込められなければ、わからない年齢でもないだろう」
そう言われた副社長の顔色は土気色で倒れるかと思う程に具合が悪そうだった。
施設―――二人は従兄妹じゃない!?
桜帆さほさんは親が誰かわからないってこと?
それじゃあ、副社長と桜帆さんは血がつながっていない?
一度に入ってきた情報量が多ぎて、頭の中が混乱していた。
「倉永とは縁を切る」
何の感情もない副社長の声からは迷いも未練も一切感じられなかった。
「倉永の家に子供はお前しかいないんだぞ!」
「そ、そうよ。私達には子供がいないのよ。あなたのお祖母様はあなたを私達夫婦が引き取るのを条件に倉永の家に入ることを許してくれたのに」
「なにもいらない。桜帆がいてくれるならそれでいい」
ぽかん、と二人は口をあけて立ち上がった副社長を見上げていた。
名家の自分達がまさか親もわからない女に負けるとは思っていなかったという顔だった。
いなくなった後もショックで動けずにいたのを見て、私はそっと物陰から出て声をかけた。
「あのっ……副社長なんですけど、桜帆さんとはおつきあいしてないと思います」
「それは本当かね?」
二人はあからさまにホッとした様子で私を見た。
「ええ。私が副社長のこと、好きだって言ったら桜帆さんは協力してくれたんです。だから―――」
「君は夏向君が好きなのか」
「はい!副社長はすごく優しい方で。毎日お弁当を作ってあげていたんです。でも、桜帆さんが邪魔をして、お弁当を副社長に持たせて……私のお弁当は全然食べてもらえなくて…」
目に涙を浮かべて私は言った。
「まあ…!」
「育ちが知れるな。夏向君には普通の子と結婚してもらいたいと思っている。ゆくゆくは夏向君が倉永の家を継ぐしかないからな」
「あなた、お名前は?」
「須山姫凪と申します。秘書をしております」
「まあ。秘書さん!しっかりなさってること」
「夏向君には須山さんのような可愛らしい子が合うかもしれないな」
「本当ね。改めて、食事にでも行きましょう」
「はい!」
連絡先を渡して、会社の前までお二人を見送った。
「桜帆さん、可哀想。どんなにがんばっても結婚できないなんて」
その点、私の父親は銀行員だし、母は大学教授だから、申し分ない環境で育ってきたと思う。
きっとあの外聞を気にする二人にはちょうどいい相手だと目に映るはず。
まだ神様は私を見捨ててはいなかった。
交換した連絡先を大切にバッグにしまったのだった。

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