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15 攻防戦 【姫凪 視点】
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名前を覚えてくれると約束したのに副社長はまったく覚えてくれなかった。
そして、お弁当の時間になると、社長室に逃げ込んでしまう。
そうなると、誰も手を出せない。
「あのかんじ、懐かしいですね」
「本当だよな。高校の時はあんなんだったな」
「社長が寮で三年間同じ部屋だったから、よかったものの、他の人だと大変だったでしょうね」
「ああ見えて社長は面倒見いいからな」
「捨て猫や捨て犬に弱いですからね」
社長が出張の日は部屋に鍵がかかっていて、社長室には逃げることはできないと踏んでいたけれど、社長は鍵を開けてあった。
そういうこともあろうと思って、秘書室のスペアキーで社長室の鍵を前もって閉めておいた。
今日こそは絶対に食べてもらう。
案の定、社長室に入れなかった副社長は渋々、自分の机に座ると他の人達が目に見えてホッとしていた。
さあ、渡すわよ!と思っていると、副社長に真辺専務が声をかけた。
「そのお弁当、本当に食べるんですか?倉永先輩には絶対に無理ですよ!倒れますって!」
「ピーマンしかないが、大丈夫か?おい、さすがにそれは食べれないだろう?」
ピーマンのピラフ、ピーマンのきんぴら、肉詰めピーマン、ピーマンとしらすのおひたし。
オールピーマンだった。
「あ、あのさ。ピーマン食べれるから、食べようか?」
気遣う真辺専務の言葉にぶんぶんっと副社長は首を横に振った。
「誰にも桜帆のお弁当はあげない」
ぐっとこらえながら、ピーマンを咀嚼し、飲み込んでいった。
震えながら、お弁当をすべて食べ終わると、手作りのプリンが入っていた。
「桜帆」
にこ、と副社長が笑う。
嬉しそうに甘いプリンを口にしていた。
「……これが愛か」
「いやぁ…やればできるんだな。人って」
「もう土下座して桜帆ちゃんに結婚してもらうしかないな」
「本当だな」
「土下座したら、桜帆は結婚してくれる?」
真剣な顔をして副社長は真辺専務と倉本常務に聞いた。
「まさか、土下座する気か?」
「人としてのプライドを忘れないでください」
「してみようかな」
プリンを食べながら、大真面目な顔をして言った。
「どうだろうな。俺ならお断りだ」
「どうしたらいい?」
「お前、休みの日はどうしている?」
「寝てる」
「帰ったら、手伝いとかは?」
「しない」
「はい、解散!お前に結婚は無理!諦めろ!」
倉本常務はきっぱりと言いきった。
「そんなー」
「桜帆ちゃん、ごめん。自由にはしてあげれなかったよ」
「俺達の力不足だな」
やれやれと全員、副社長をどうにかすることを諦めて、自分の席に散らばった。
諦める?
そんな、私の気持ちはどうなるの?
親しい者同士の入っていけない雰囲気に負けて秘書室へと戻ると、他の秘書室の先輩達が私の手にある鍵を見て苦笑した。
「あのね、須山さん。社長室の鍵は勝手に持ち出してはいけないわ」
「ここにはあるけれど、私達が勝手に使用してはいけないの。信頼関係に関わる問題になるということはわかるわね?」
麻友子を見ると、すでに注意を受けた後らしく、項垂れて、肩を落としていた。
秘書に選ばれた人達は私よりずっと年上で家庭も持っている先輩もいる。
私が副社長に関わるのを面白く思っていないのかもしれない。
「副社長に好意を持つのはかまいません。でも、立場を利用して住所まで調べて、呼ばれてもいないのにお宅にまで伺うのはよくないわ」
「人事部長に報告させてもらったから」
「そんな!ひどいです!」
「副社長は我が社にとってなくてはならない存在なの。調子を乱すようなことはさせないよう社長から、きつく言われているのよ」
「あなた一人のせいで秘書室が重役の方々に色目を使っている、とも他の社員は噂しているわ」
はあ、と先輩はため息をついた。
「須山さん、すぐに辞令はでないでしょう。せめて、残りの期間はきちんと働いてください」
残りの時間?
手が震えた。
やっとそばにいれるようになったのに―――どうして?
頑張ったら、好きになってもらえると思っていたのに。
「どこに行くの?須山さん!」
「仕事は―――!」
先輩達の声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
今は秘書室にいたくない。
そう思いながら、廊下を歩いていると華やかな集団がエレベーターを降りて、こっちに向かってくるのが見えた。
「あれ?確か君、秘書室の子?」
「は、はい」
「うわあ。さすが、時任グループの秘書は可愛いですね」
「おい」
「はやく挨拶に行きましょうよ」
桜帆さん達と飲んでいた会社の人?
確か『諏訪部ネットセキュリティサービス』の社長だったはず。
何があるっていうの?
後ろからついていくと、重役フロアがただならぬ雰囲気に包まれていた。
「やあ、挨拶にきたよ」
明るい声で華やかな空気を振り撒いているのは諏訪部さんだった。
今日も素敵なスーツを着ていて、とても似合っていた。
「わざわざお越しになられなくても、下まで出向きましたよ」
真辺専務が立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
その奥では副社長が興味がないのか、パソコンの画面を見たまま、ちらりとも視線を寄越さなかった。
「なんの用でしょう?」
「時任のセキュリティ部門を諏訪部に委託して頂けないかと思いまして」
「お断りします」
真辺専務は一蹴した。
「そうですか。残念だ」
「最近、うちの契約先を低価格で釣って契約先を奪うような真似をしていたのはその話を持ってくるつもりだったからですか」
「さすが、真辺専務は察しがいい。そのうち、すべての契約を頂きますよ」
「ケルベロスを飼い殺しにしなきゃいいですね」
「俺達なら、もっとうまく使うのにな」
「お帰りはあちらです」
にこりと真辺専務がエレベーターを指差した。
はいはい、と諏訪部社長と他の人達は笑いながら、立ち去ったのを見て、その後を追いかけた。
「あ、あの!副社長って、そんなにすごい人なんですか?」
諏訪部社長がにやりと笑った。
「番人にして破壊者。時任を守る怪物だ」
「時任がここまで大きくなったのも、絶対的な安心と信頼が顧客の中にあるからだ」
「ケルベロスが欲しいなあ。可愛い秘書さん。今度、飲みに行こうね?」
そう言ってくれた名刺には『連絡してね』と手書きで書いてあった。
エレベーターに乗って扉が閉まるまで、諏訪部の人達はひらひらと手を振って笑っていた。
やっぱり、副社長はすごい人なんだ。
桜帆さんじゃ、似合わない。
絶対に―――!
そして、お弁当の時間になると、社長室に逃げ込んでしまう。
そうなると、誰も手を出せない。
「あのかんじ、懐かしいですね」
「本当だよな。高校の時はあんなんだったな」
「社長が寮で三年間同じ部屋だったから、よかったものの、他の人だと大変だったでしょうね」
「ああ見えて社長は面倒見いいからな」
「捨て猫や捨て犬に弱いですからね」
社長が出張の日は部屋に鍵がかかっていて、社長室には逃げることはできないと踏んでいたけれど、社長は鍵を開けてあった。
そういうこともあろうと思って、秘書室のスペアキーで社長室の鍵を前もって閉めておいた。
今日こそは絶対に食べてもらう。
案の定、社長室に入れなかった副社長は渋々、自分の机に座ると他の人達が目に見えてホッとしていた。
さあ、渡すわよ!と思っていると、副社長に真辺専務が声をかけた。
「そのお弁当、本当に食べるんですか?倉永先輩には絶対に無理ですよ!倒れますって!」
「ピーマンしかないが、大丈夫か?おい、さすがにそれは食べれないだろう?」
ピーマンのピラフ、ピーマンのきんぴら、肉詰めピーマン、ピーマンとしらすのおひたし。
オールピーマンだった。
「あ、あのさ。ピーマン食べれるから、食べようか?」
気遣う真辺専務の言葉にぶんぶんっと副社長は首を横に振った。
「誰にも桜帆のお弁当はあげない」
ぐっとこらえながら、ピーマンを咀嚼し、飲み込んでいった。
震えながら、お弁当をすべて食べ終わると、手作りのプリンが入っていた。
「桜帆」
にこ、と副社長が笑う。
嬉しそうに甘いプリンを口にしていた。
「……これが愛か」
「いやぁ…やればできるんだな。人って」
「もう土下座して桜帆ちゃんに結婚してもらうしかないな」
「本当だな」
「土下座したら、桜帆は結婚してくれる?」
真剣な顔をして副社長は真辺専務と倉本常務に聞いた。
「まさか、土下座する気か?」
「人としてのプライドを忘れないでください」
「してみようかな」
プリンを食べながら、大真面目な顔をして言った。
「どうだろうな。俺ならお断りだ」
「どうしたらいい?」
「お前、休みの日はどうしている?」
「寝てる」
「帰ったら、手伝いとかは?」
「しない」
「はい、解散!お前に結婚は無理!諦めろ!」
倉本常務はきっぱりと言いきった。
「そんなー」
「桜帆ちゃん、ごめん。自由にはしてあげれなかったよ」
「俺達の力不足だな」
やれやれと全員、副社長をどうにかすることを諦めて、自分の席に散らばった。
諦める?
そんな、私の気持ちはどうなるの?
親しい者同士の入っていけない雰囲気に負けて秘書室へと戻ると、他の秘書室の先輩達が私の手にある鍵を見て苦笑した。
「あのね、須山さん。社長室の鍵は勝手に持ち出してはいけないわ」
「ここにはあるけれど、私達が勝手に使用してはいけないの。信頼関係に関わる問題になるということはわかるわね?」
麻友子を見ると、すでに注意を受けた後らしく、項垂れて、肩を落としていた。
秘書に選ばれた人達は私よりずっと年上で家庭も持っている先輩もいる。
私が副社長に関わるのを面白く思っていないのかもしれない。
「副社長に好意を持つのはかまいません。でも、立場を利用して住所まで調べて、呼ばれてもいないのにお宅にまで伺うのはよくないわ」
「人事部長に報告させてもらったから」
「そんな!ひどいです!」
「副社長は我が社にとってなくてはならない存在なの。調子を乱すようなことはさせないよう社長から、きつく言われているのよ」
「あなた一人のせいで秘書室が重役の方々に色目を使っている、とも他の社員は噂しているわ」
はあ、と先輩はため息をついた。
「須山さん、すぐに辞令はでないでしょう。せめて、残りの期間はきちんと働いてください」
残りの時間?
手が震えた。
やっとそばにいれるようになったのに―――どうして?
頑張ったら、好きになってもらえると思っていたのに。
「どこに行くの?須山さん!」
「仕事は―――!」
先輩達の声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
今は秘書室にいたくない。
そう思いながら、廊下を歩いていると華やかな集団がエレベーターを降りて、こっちに向かってくるのが見えた。
「あれ?確か君、秘書室の子?」
「は、はい」
「うわあ。さすが、時任グループの秘書は可愛いですね」
「おい」
「はやく挨拶に行きましょうよ」
桜帆さん達と飲んでいた会社の人?
確か『諏訪部ネットセキュリティサービス』の社長だったはず。
何があるっていうの?
後ろからついていくと、重役フロアがただならぬ雰囲気に包まれていた。
「やあ、挨拶にきたよ」
明るい声で華やかな空気を振り撒いているのは諏訪部さんだった。
今日も素敵なスーツを着ていて、とても似合っていた。
「わざわざお越しになられなくても、下まで出向きましたよ」
真辺専務が立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
その奥では副社長が興味がないのか、パソコンの画面を見たまま、ちらりとも視線を寄越さなかった。
「なんの用でしょう?」
「時任のセキュリティ部門を諏訪部に委託して頂けないかと思いまして」
「お断りします」
真辺専務は一蹴した。
「そうですか。残念だ」
「最近、うちの契約先を低価格で釣って契約先を奪うような真似をしていたのはその話を持ってくるつもりだったからですか」
「さすが、真辺専務は察しがいい。そのうち、すべての契約を頂きますよ」
「ケルベロスを飼い殺しにしなきゃいいですね」
「俺達なら、もっとうまく使うのにな」
「お帰りはあちらです」
にこりと真辺専務がエレベーターを指差した。
はいはい、と諏訪部社長と他の人達は笑いながら、立ち去ったのを見て、その後を追いかけた。
「あ、あの!副社長って、そんなにすごい人なんですか?」
諏訪部社長がにやりと笑った。
「番人にして破壊者。時任を守る怪物だ」
「時任がここまで大きくなったのも、絶対的な安心と信頼が顧客の中にあるからだ」
「ケルベロスが欲しいなあ。可愛い秘書さん。今度、飲みに行こうね?」
そう言ってくれた名刺には『連絡してね』と手書きで書いてあった。
エレベーターに乗って扉が閉まるまで、諏訪部の人達はひらひらと手を振って笑っていた。
やっぱり、副社長はすごい人なんだ。
桜帆さんじゃ、似合わない。
絶対に―――!
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