上 下
9 / 43

9 飲み会

しおりを挟む
「佐藤君、こなくなったわね」
住吉すみよしさんが残念そうに言った。
夏向かなたのおかげでミツバ電機のセキュリティは万全だった。
夏向の腕を間近で見た社長は時任ときとうグループのセキュリティサービスと契約した。
頑張っていたのに佐藤君は営業先を一つ失ってしまった。
大人気おとなげない夏向のせいで。
「従兄は元気なの?」
「はあ、まあ」
「なに?その返事」
なんか、最近おかしいんだよね。
寂しいのか、ひっついてくるし。
距離が近いっていうか。
それとも私が夏向のことを意識しすぎなの!?
いやいや、まさか!
「ちょっと島田さん。赤くなったり、青くなったりしているけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
炊飯器の炊き上がりのデータを紙に書いた。
「前から思っていたけど、島田さんがパソコンに打ち込まないで、全部紙で保管して連絡はメールじゃなく、FAXなのって従兄のせい?」
「気づきました?」
はあ、と溜め息をついた。
「安心できないんです」
「あんなすごい従兄がいたら、仕方ないかもね。時任ときとうの副社長なら、就活の時に口を聞いてもらって、時任グループに入社すればよかったんじゃないの?」
「いえ。私は炊飯器を作りたかったので。それで大学も工学部に入ったんです」
思わず、開発中の炊飯器に頬ずりした。
それを見た住吉さんにドン引きされたけど、仕方ない。
自分が開発中の炊飯器だよ?
もう我が子同然!
母親のような気持ちだよ。
「大手だとなかなか難しいじゃないですか。すぐに関わらせてもらえないし。でも、そんな中でもミツバ電機の社長だけが、承諾してくれて」
「そんなに炊飯器が好きなの?」
「好きというか。昔、なかなか新しい炊飯器を買ってもらえなくて、ようやく買ってもらえた新しい炊飯器でご飯を炊いた時、すっごくおいしかったんです。同じお米なのに!」
「貧乏なうちの子なの?」
「あー、まあ、そんなかんじです」
「そっか。でも、そういう感動はいいわよね。わかるわ」
「ですよね!」
「感動してもらえる物を作れたら、最高よね」
そんなことを住吉さんと話していると、住吉さんのスマホの着信音が鳴った。
「佐藤くんから!」
「住吉さん、仕事中ですよ」
「こんなチャンス、めったにないわよっ」
えええっ!
さっきまでのいい話が台無しなんですけど。
「もしもしっ、えっ!?飲み会?今日?聞いてみますね」
住吉さんはにやにやと笑いながら、私に小さい声で耳打ちした。
「佐藤君がお花見をねて、お食事をどうですかって。空いてる?」
「今日は空いています」
夏向が仕事の集まりで夕飯をいらないと言っていたのを思いだした。
たまには私も夏向と離れないとね。
「島田さんも行きまーす。場所と時間、メモしますねー」
あのトースター事件以来、元気がなかった住吉さんが嬉しそうに笑っているのを見て、ホッとした。
会社を辞めてしまうんじゃないかと思っていたから、心配だったのだ―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


佐藤君が選んだのは桜の花が見える素敵なイタリアンレストランで飲み物の種類も多く、店内にピザがまがあり、ピザ職人がかっこよくピザを出したり、生地を伸ばしたりなどのダイナミックな実演を見ることができる面白いお店った。
窓の外は青くライトアップされた桜が散り始めて、コンクリートの地面を花びらが埋めていた。
もう桜の季節は終わりに近づいていた。
散り際が一番、綺麗だと私は思う―――食事をしながら、それを眺めることが出来るなんて贅沢だよね。
さすが、営業の人はいいお店を知ってる。
「島田さんは時任ときとうの副社長といとこ同士なんだって?」
「はい」
いとこじゃないけど、説明がめんどうだったので、そういうことにしておいた。
佐藤君の先輩は四人もいて、佐藤君を含めると五人。
こっちは二人。
人数は合わせるべきだったわよね。
今さら、遅いけど。
夏向達と同じようなネットサービスの仕事をしているらしいけど、雰囲気がまったく違っていた。
全員、華やかな感じでスーツもイタリア製のものを着て、靴も高級そうな皮靴だし、時計も高そう。
もしかして、ロレックス?
見ただけじゃ、ブランド名まで、わからないけど、物がいいのはみてとれた。
住吉さんは楽しそうに話してるけど、私としてはこんな華やかな人達と一緒に食事をするとは思っていなかったから、地味で安いスーツを着ていた。
そんな私と食事なんて申し訳ない気持ちになる。
「時任のさ、副社長って普段はどんなかんじなのかな」
一番偉そうな人が話しかけてきた。
「ずっと寝てますね」
「勉強したりとか」
「勤勉な姿をみたことがないです」
「なにか特別なことって」
「甘党なこと……?」
あの大量にとる糖分は真似できない。(したくないけど)
生活している姿は面倒臭がりでだらしないから、特別どころか、普通より悪いかも。
ぱりぱりの生地に新鮮なトマトとバジル、チーズがのったピザが出てきて、パパッとタバスコをかけた。
私は辛いものも本当は好きなんだよね。
普段は夏向に合わせてカレーも甘口にしているから、今こそ辛いものを食べたい。
「島田さんの名前ってなんていうの?」
桜帆さほです、桜の花の桜に船の帆の帆ですね」
「へえー。じゃあ、今頃が誕生日?」
「いいえ。誕生日は春じゃないです」
「そうなんだ。冬生まれなのに桜の字を使うなんて変わってるね」
「彼氏はいるの?この中で好みの人いない?」
「はあ」
ピザを食べながら、曖昧に返事をした。
そもそも、名前も覚えてない。
気がつくと佐藤君しかわからなかった。
「じゃあさ――」
「あれっー!?桜帆さほちゃん?どうしてここに?」
隣の予約席になっていたテーブルにやってきたのは時任の重役グループと秘書室の女の子達だった。
この間、お茶をだしてくれた須山すやまさんもいた。
秘書室の女の子達は可愛くて、メイクも上手でキラキラしている。
これが大企業の秘書達の姿……。
毎日、作業服の私には、無縁だけどね。
「皆さん、奇遇ですね。会社の飲み会なんです」
専務の真辺まなべさん、常務の倉本くらもとさんに続き、後ろから他の三人が店に入ってくる。
引きずるようにして、メカニック担当で参与の宮北みやきたさんが夏向を連れ、逃げないように本部長の備中びちゅうさんが退路を塞いでいた。
なんの戦いよ。
あのぼんやりして、眠そうな顔をしているのは紛れもなく夏向だ―――気まずくて目を逸らし、真辺さん達を見た。
「俺達は今日、秘書室と親睦会なんだよっ」
住吉さんがガッと私の肩を掴んだ。
「ちょっと!島田さん、このメンバーやばすぎない!?」
「な、なにが?」
「だって、あの時任グループの重役でしょ?雲の上のような人達じゃない!」
「そうね…」
身近すぎて、そのすごさを理解していなかったかもしれない。
世間一般では確かに雲の上の人なのかも。
夏向のせいでイメージダウンしていることはいなめない。
「どうせなら、一緒に飲みませんか?」
住吉さんの言葉に須山さんの隣にいた女の人が顔色を変えて、さっと口を挟んだ。
「ごめんなさい。今日は時任グループの会社の集まりなのでご遠慮させて頂けますか?」
「あ、そ、そう」
「またの機会にね」
にこっと真辺さんが微笑むと空気が和らいだ。
さすが、重役メンバーの緩和剤。
和ませるの上手だなぁ。
それに比べて、夏向はなぜか、こっちを睨んでいたのだった―――なんでよっ!?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

強気なサッカー選手の幼馴染みが、溺愛彼氏になりました

蝶野ともえ
恋愛
「なりました。」シリーズ、第2作! 世良 千春(せら ちはる)は、容姿はおっとり可愛い系で、男の人にはそこそこモテる、普通の社会人の女の子。 けれど、付き合うと「思ってたタイプと違った。」と、言われて振られてしまう。 それを慰めるのが、千春の幼馴染みの「四季組」と呼ばれる3人の友達だった。 橘立夏(たちばな りっか)、一色秋文(いっしき あきふみ)、冬月出(ふゆつき いずる)、そして、千春は名前に四季が入っているため、そう呼ばれた幼馴染みだった。 ある日、社会人になった千春はまたフラれてしまい、やけ酒をのみながら、幼馴染みに慰めてもらっていると、秋文に「ずっと前から、おまえは俺の特別だ。」と告白される。 そんな秋文は、人気サッカー選手になっており、幼馴染みで有名人の秋文と付き合うことに戸惑うが………。 仲良し四季組の中で、少しずつ変化が表れ、そして、秋文の強気で俺様だけど甘い甘い台詞や行動に翻弄されていく………。 彼に甘やかされる日々に翻弄されてみませんか? ☆前作の「なりました。」シリーズとは全く違うお話になります。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

シングルマザーになったら執着されています。

金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。 同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。 初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。 幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。 彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。 新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。 しかし彼は、諦めてはいなかった。

処理中です...