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8 ここにいて

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「ハンバーグ、おいしかった」
ピーマンの入っていないハンバーグを食べた夏向かなたは喜びながら、リビングのラグの上をごろごろと転がっていた。
「そんなにピーマン入りはだめだった!?」
絶対に気づいてないと思ったのに。
「薬みたいに苦い……」
「薬!?そこまでじゃないでしょ!」
「あれはもう粉薬と同じ味」
「ピーマン農家に謝りなさい!」
私は全然わからなかったけど。
むしろ、ピーマンは大好きよ!
仕方ない。
次からはミキサーにかけるしかないわね。
絶対にピーマンを食べさせてやる!
夏向は体内にピーマンセンサーを持っているに違いない。
カレーに入れてもわかるみたいだし。
カレーなら誤魔化せると思っていたけど、ピーマン入りカレーを食べた時の悲しい顔が忘れられない。
まあ、夏向は文句も言わず、黙って食べているけど、そうじゃないの!
美味しく頂いて欲しい。
後片付けが終わり、外を見ると空は紫から紺へと変わり始めていて、窓から見えるビルはまだ灯りがついている所が多かった。
早く帰れたおかげで時間にも余裕があり、夕食が終わった後ものんびりできそうだった。
ハンバーグの食パンを浸すのに使った牛乳の残りがあるし、ココアでもいれてあげようかな。
「夏向。ココア飲む?」
「飲む」
ホーローのミルクパンに牛乳を注ぎ、温めた。
珍しく、夏向はテレビをつけて画面の方を観ている。
いつも眠っていることのほうが多いのに。
「おもしろい?」
「うん」
白い雪山みたいなホイップをどんっとのせたココアを夏向に渡すと、それをローテーブルに置いて私の手をつかんだ。
「ここにいて」
自分の前に座らせると抱き枕みたいにして、肩にあごをのせる。
「ホラーじゃないから、怖くないでしょ?大丈夫じゃない?」
ちなみに内容はアクション映画だった。
「大丈夫じゃない」
あ、そうですか。
仕方ないな、と思いながら、おとなしく座ってココアを飲んだ。
背後に夏向の気配を感じた。
体も大きくなって、カップを持つ手も昔とは比べものにならない。
当たり前だけど。
手のひらを合わせてみても、夏向の手はがっしりして、指も太くなった。
 昔は私より小さくて、ガリガリの体でよくいじめられていたのにね。
桜帆さほ。なにしてるの」
「え?夏向が成長したなって思って見ていたのよ。あんなに細くて力もなくて、ケンカも弱かったのに」
ランドセルを背負っていた頃とは全然違う。
いじめっ子に転ばされても泣かないけれど、地面からなかなか起き上がれないような子だったのに。
私がかわりに仕返ししたら、怒られて夕飯抜きだった―――今となってはいい思い出よね。
「夏向?」
突然、夏向が髪の中に顔をうずめた。
「ちょっと!」
大型犬にじゃれられたみたいにくすぐったくて笑ってしまった。
「夏向。犬みたいなことしないで。もう離れて」
そう言ったのに夏向は手を腰に回し、抱き寄せられて、抵抗しても逃げることができず、自由を奪われてしまった。
「もう、からかわないでよ!」
「犬だから、気にしないで」
夏向の息が耳にかかって―――ざわざわと背中のあたりがおかしくなる。なにこれ。
思わす、赤面してしまった。
手の平がゆっくりと太ももをなであげた。
「ひゃっ!」
何度もゆっくりと手が往復し、体を撫でる感触に肌が粟立ち、体から力が抜けて気がつくと夏向に寄りかかってしまっていた。
大きな手が心地よく、なぜか自分がその手に守られている気がして、嫌じゃない―――って。
わ、私は何、堪能たんのうしてるの!?
流されている場合じゃない。
こ、これって、もう、ふざけてるんじゃないわよね!?
振り返り、夏向の顔を見たけれど、いつも通りだった。
「どうしたの?桜帆?」
「な、なにしてるの?」
「桜帆と同じこと」
「手しか、合わせてないでしょっ!?」
「そうだった?」
「そうよっ!もうやめないと、嫌いになるわよ!」
ぴたりと手を止めた。
「怒らなくても」
「お、怒るわよっ」
ふざけて!
いつから、こんなことができるようになったわけ?
「ごめん、もうしないから」
体を離そうとした私の腕を掴み、抱き寄せた。
「そばにいて」
絶対にお断りよ!と言おうとしたのに捨て犬みたいな顔でじっと見つめられると、手を振りほどけなかった。
「う、うん」
さっきと同じ場所に座ったのに、なんだか落ち着かなかった。
映画の内容がまったく頭に入ってこない。
夏向は私が思っている以上に男の人だった。
けど、意識してることを知られたくなくて、平気なふりをした。
さっきより、触れている場所が特別に感じてしまうのはなぜなんだろう。
それを考えるのが怖くて、私は自分の気持ちにふたをした。
でないと、私は夏向と一緒にいられなくなる気がしたから―――
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