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34 私達はまだ一歩目

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 結婚式を終えた私たちは休暇をとって、新婚旅行に旅立った。

 ――場所はパリ。

 前回のパリ行きは、苦しみと悲しみの中にいて、誰にも助けてもらえないと絶望し、孤独だった。

 ――婚約者を決められて、暗い気持ちで飛行機に乗ったのに、まさか結婚するなんて。

「ねえ、理世。新婚旅行先は秘密って言っていたけど、パリなら秘密にしなくてもよかったんじゃない?」
「どこだと思ったんだ?」
「南極とか……」
「なるほど。オーロラを見に行くときはそうしよう。今回は違うけどな。秘密にしておかないと、サプライズにならない」

 理世はまだなにか、秘密にしていることがあるらしい。

 ――パリに着いても教えてくれないなんて、どんなサプライズ?

 ホテルの部屋が薔薇で埋め尽くされたり、ヘリで飛ぶとか、理世ならやりそうだ。
 悪いサプライズじゃないから、私は楽しもうと思った。 

 ――だって、パリだし!

 パリの町、二人が出会った思い出のカフェへやってきた。
 ランチタイムのカフェは、以前と変わらず盛況で、私と理世は同じ席のテラス席をわざわざ選んで座った。
 どちらも言い合わせたわけではなく、自然にそうしたいと思ったから、そうなった。
 それがなんだか、おかしくて、私と理世は顔を見合わせて笑う。

 ――ささやかな思い出も大事にしていきたい。

 同じことを考えていた。

「今日はまだ行くところがあるから、アルコールは禁止で」
「それは忘れていいのに……」
「忘れられないだろうな」
「ですよね」

 すみませんでしたと心の中でつぶやいた。
 永遠の黒歴史として、酔っぱらった私は、理世の記憶に残り続けるらしい。
 私だけでなく、理世もアルコールを頼まずに、カプチーノとクロックムッシュ、チーズとジャガイモのオムレツを注文した。

 ――次に行く場所が、サプライズに関係あるのかな。

 今のところサプライズは特になく、普通の新婚旅行だった。
 料理を持ってきたウエイターさんも踊らなかったし、料理も普通で、変わったところはない。

「じゃあ、行こうか」

 理世は食事を終え、私に手を差し出した。
 私の手をとった理世は、一瞬、リセに見えた。
 
 ――理世でリセ。どちらも私は好きになるのは、一目惚れだった。
 
 その手を握り返すと、理世は微笑んだ。
 カフェを出て、向かったのはパリの有名な通りだった。
 そこは、ファストファッションのブランドから老舗ブランドまで並ぶ有名な通りで、ファッションだけでなく、ギャラリーや雑貨店も素敵なお店が多いのだ。
 ショーウィンドウにはアクセサリーや靴が並び、ガラス越しに真剣な顔で見ている人をよく目にした。
 目を奪われる物が多くある。

「見て、理世。可愛いキッチン用品! あっ! チョコレートも!」
「後からまた来れるから、焦らなくても大丈夫」
「それはそうだけど」

 ショッピングは一期一会。
 その瞬間を逃したら、売りきれてしまうかもしれなにのに……
 そう思っていると、理世が急に立ち止まった。

「理世?」
「琉永。ここだ」

 理世が指差した方角を見ると、真っ白でシンプルな店があった。
 白だけの色で変化を出した内装は、私と理世が出会った日のブーケみたいた。
 店内はライトで色の変化を作り出し、壁の質感で差を出して。同じ白でも変化させていた。
 並んだ店の中でも、理世が私を案内した店は、白で統一され、明るく目を引いた。
 けれど、中に商品はまだない――これは。

「『Fillフィル』の海外初店舗だ。琉永が担当する」
「私が……」
「そして、琉永のブランドも置く」
「私のブランド!?」
「そう。『Fillフィル』の中に、新しいブランドを作る」

 細い月から満月へ――私の夢が満ちていく。

「ここに私のデザインした服が並ぶの? 夢じゃないよね?」
「ああ」

 看板には『Fillフィル』の文字があった。

「理世、ありがとう」
「俺にお礼はいらない。実力がなかったら、ここまでこれなかった。そうだろう?」
「うん……。でも、理世がいなかったら、ここまで目指そうなんて、きっと誰も思わなかった」
「ここまで?」

 理世が不満そうな顔をした。

「え?」
「パリに店を出して終わりなわけないだろう? 目指すは世界中に店舗を置くことだ」
「えっー!」

 さすがに驚いたけど、理世は少しも驚いていいなかった。
 それがやけにリアルで、私から『できません』なんて言えなかった。

「だから、これはまだ夢の第一歩だ」

 私は小さい店舗をぐるりと見回した。
 まだペンキの匂いが残っていた。
 真新しい内装にどんな服を置こうかとワクワクする。
 またなにか新しいデザイン画が描けそうな気がした。

「理世は私に欲しいものをくれるけど、理世自身はなにか欲しいものはないの?」

 木製のカウンターに寄りかかっていた理世が体を起こして、私にゆっくりと近づく。
 そして、頬に手を伸ばす。

「もう一番欲しいものは手に入ってる」
「私……?」
「そうだよ。夢にあふれたその目で、俺を見て熱を分け与えて」

 理世は私に触れてキスをする。
 目を閉じても壁の白色が、目蓋の裏に焼き付いて残り続けていた。

 ――なにものにも染まっていない白。

 また新しい夢が始まる。
 今、ここから、私たちの夢がスタートする――

【了】 
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