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33 結婚式

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 冬の気配が近づく頃――私は理世と結婚式を挙げた。
 結婚式には、大勢の人が招待され、麻王グループの仕事関係者、ご両親、親戚など、すごい顔ぶれだった。
 私の親族席には、千歳ちとせと『Fillフィル』のみんなが座っている。
 顔と名前が一致するのは、自分の招待客と悠世さんくらい。
 ローレライと一緒にいないなんて珍しい。

 ――それより、私が気にしなきゃいけないのは。

「理世。タキシードはどう?」

 私がデザインしたタキシードを着た理世である。

「ちょうどいいサイズで、生地も上等だ。カフスは輸入物かな」

 理世に全部把握されている。
 さすが理世。
 白のタキシードを王子さまみたいに着こなしている。

「理世、とっても似合ってる!」

 きっとなにを着ても着こなしてしまうだろうけど、自分がデザインしたものを理世が着てくれるだけで嬉しい。

「琉永には負けるよ」
「ウェディングドレスに負けてない?」
「負けてない」

 ウェディングドレスは大好評で、どこのウェディングドレスなのか、たくさんの人に聞かれてしまった。
 これでオーダーが、と言いたいところだけど、今の『Fillフィル』はオートクチュールにまで手を回せる余力はなかった。
 ショーが終わってから、売り上げが急激に伸び、麻王グループのアパレル部門では、『Loreleiローレライ』に次ぐ、第二位のブランドにまでのし上がっていた。
 突然、理世が私の額にキスをした。

「り、理世!?」
琉永るな。仕事の顔になってるぞ」
「ドレスがすごすぎて、つい……」 

 ホテルのチャペルが、日の光を多く取り入れる作りだったこともあり、銀の刺繍が映え、光を反射して輝いている。
 これも計算済みなら、紡生さんは本当にすごい。

「ドレスのことを考える余裕は、そろそろなくなるけどな?」
「わかってます。理世の妻として、しっかりしなきゃ!」

 披露宴のお色直しは二回だけ。
 なぜなら、この結婚式は私のお披露目でもあり、親戚への挨拶がメイン。
 ウェディングドレスに似せたミディアム丈のオートクチュールドレスを着た。
 ここからが本番――招待客への挨拶をし、理世の妻として振る舞う。
 緊張気味に麻王家の親族が座るテーブルへ近づく。
 最初に声をかけてくれたのは、優しそうなお義母様だった。

琉永るなさんは悠世ゆうせいさんも認めるデザイナーさんなんだとか」
「えっ!? 認める……?」

 おっとりした理世のお義母さんに言われて慌てた。
 隣の席にいた悠世さんは、私の戸惑った顔を見て笑っていた。

 ――もしかして、私が馴染めるように、悠世さんがそんなふうに言ってくれたとか?

「デザインのことには詳しくないけれど、悠世が人を褒めるなんてめったにないから、すごいのでしょうね」

 悠世さんは知らん顔をして、ワインを飲んでいた。
 私をすごいデザイナーと言いふらしてくれたのか、それとも、これは将来を期待して言ってくれたのか……
 おかげで、親族席で嫌な思いをすることなく、これからも頑張るように言われた。
 悠世さんに勝ちなさいなんていう激励の言葉をかけてくる親戚の方もいて、麻王一族内での悠世さんは、なかなか困った存在のようだ。

「息子ばかりだったから嬉しいわ。ぜひ本邸にも遊びにいらしてね」
「はい。お伺いさせていただきます」

 理世はお義父さんと仕事の話をしていて、あの人に挨拶はしたかとか、お礼を言ったかと、確認しているようだった。
 けれど、お義父さんは私を見て、軽く会釈をしてくれて、私も会釈で返した。
 親族のテーブルを離れ、ホッとしたのもつかの間――他の人たちの話し声が耳に入ってきた。

「INUIグループの業績が下がっているらしいな」
「ナイアガラ状態だ。社長の息子がパワハラやセクハラをしていたっていう報道のせいだろう。マスコミに内部リークされたのが痛かったな」
「アパレル業界は女性相手の業界だろ? 飛び火しないよう取引を控えるところも出てきているらしい」

 ――ナイアガラ!? つまり、急激に落ちているってこと?

 そんな会話が聞こえてきて、ちらりと理世を見た。
 理世はさわやかな笑顔をキープし、好感度は最大値。
 さすがはモデルの仕事をしていただけある。
 でも、私の目は誤魔化せない。
 調べてリークしたのって、理世だと思う。
 一瞬だったけど、話していた人達のほうに視線を走らせていたから。
 私はそんな理世の手に自分の手を重ねた。

「琉永?」
「私がしっかり見張っておかなくちゃ」
「なんのことかな?」
「いろいろとです」

 理世は不思議そうに首をかしげていたけど、自覚がないのも困り者だと思う。
 そんなことを私が考えて、使命感に燃えているとも知らない理世は、愛想笑いを振り撒いていた。
 私が席に戻った頃には疲れきっていたけど、キャビアがのった皿があって、テンションが上がった。

「これがキャビア……」

 黒い粒々のくせに王様のような存在感を放っていた。
 私の人生初キャビア。
 感動し、それを食べようとすると理世が声をかけてきた。

「琉永。大変で嫌になった?」
「ううん。まさか。ただね、わかってたことだけど、理世は本当に麻王あさおグループの専務なんだなって思ってたくらいよ」
「来年には社長になる」

 悪い顔をして理世は言った。
 そんな顔をする時の理世にはご用心。
 大抵、なにか仕掛けたか、仕掛けた後なんだから。
 それが私のためだってことも知っているから、怒れない。
 とはいえ、私にできるのは理世を見張ることくらいだった。
 今日の結婚式のドレスだって、理世の罠。
 私の結婚式のドレスだけど、オートクチュールドレスだったのは、ウェディングドレス一着だけではなかった。
 私のドレスはすべて『Fillフィル』のオートクチュールドレス。
 将来、『Fillフィル』はオートクチュールにも進出するだろう。
 理世はこの結婚式で、私がデザイナーであると認めさせ、『Fillフィル』の広告も同時にやってのけたのだ。
 有能すぎるのもどうなのかしらと思いながら、誰もこないうちにケーキを口にした。

「不機嫌だな」
「そんなことないです。仕事熱心な旦那様で嬉しいなって思っていました」
「嘘つきだな」

 私の少しだけすねた様子に理世は笑った。
 わかってる。
 理世のお父さんは来年の春、社長を退くことになって、会長になることが決まった。
 これで、麻王グループの実権は、完全に理世が握る。
 結婚式前にそれが発表されたのだって意味があるってことも。

「理世には敵わないわ」
「そんなことないけどね」

 理世は笑いながら、私の口についたケーキの生クリームを指ですくうと口にいれた。

「な、なにしてっ……」
「まだケーキ食べてなかった」
「みんな見てるでしょ?」
「そうだな。けど、見せつけておけばいい」

 今日は結婚式なんだから、と理世が言って私にキスをした。
 キスは甘い生クリームの味がした――
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