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6 私の婚約者になってください

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 まさか、リセと一緒に飲むことになるとは、夢にも思わなかった。
 あまりの嬉しさに、自分でメニューを決められず、メニューより、リセのほうばかり見てしまう。
 きっとおかしい奴だなって、思われてる。
 リセが素敵すぎて、私の緊張は最大値まで跳ね上がっていた。
 メニューを握りしめ、顔を赤らめている私の様子を見て、リセがくすりと笑う。

「料理、頼もうか」
「お、お願いします。私、好き嫌いはないので!」
「それはいいことだね」

 リセは流ちょうなフランス語を話し、店員さんに頼んでくれた。
 会話まで楽しんでいるようで、私はハムスターみたいに、オドオドしながらその様子を眺めていた。
 
 ――女の人なのに、かっこよすぎるよ!

 リセの行動に、キュンっとしてしまうなんて、私ってばどうかしてる。

「フランス語、話せるんですね」
「ああ。仕事の都合で勉強したんだ」
「そうですよね」

 モデルだったら、必要かもしれないと思って、リセの言葉に素直にうなずいた。
 しばらくすると、料理がどんどん運ばれてきた。
 テーブルには仔牛の煮込み、チーズリゾット、鴨のローストを添えたグリーンサラダ、フライドポテトやムール貝の白ワイン蒸しが並び、量が多くて食べきれるか心配なくらいだった。

「モデルなのにこんなに食べて大丈夫ですか!?」
「平気だよ」
「うらやましい。太りにくい体質なんですね」
「いつも食べているわけじゃないから」
「そうですけど」

 私はリンゴの香りがするシードルを飲みながら、恨めしい気持ちで、その細身の体を見た。
 神様は不公平だ。
 同じ人間なのにこれほどまで体のつくりに差を出すなんて。
 でも、今、私たちの差はわずか。
 一瞬の夢みたいな時間を楽しもうと思った。
 私とリセの会話は弾み、お酒の勢いもあって、つい私は、自分のことをいろいろ語ってしまった。
 学校を出てデザイナーになったところから、お見合いまで延々と話し、途中はもう愚痴である。
 楽しい話ではないのに、リセは私の話を聞いてくれた。

「なるほどね。琉永るなはデザイナーになるのが夢だったんだ」
「はい。今は同じ学校を卒業した先輩の元で働いてます。知らないと思いますけど、『Fillフィル』っていうブランドです」

 ちょっとでも知っているといいな、なんて期待してブランド名を言ってみた。

「ああ。知ってる」
「ほっ、本当ですか!?」
「パタンナーの埴田はにだ恩未めぐみとデザイナーの椛本かばもと紡生つむぎのコンビは、卒業前から有名だったし、目をつけていた人は多かったよ」

 ふざけてばかりいる先輩(主に紡生さん)だけど、やっぱりすごい人だったんだと思った。
 学生時代から紡生さんたちは賞を取っていたし、すごい才能だと聞いていたけど、リセの口から聞くと尊敬の念が百万倍くらいあがった。

「独立されてしまったのは残念だった」
「え? 残念?」
「いや、こっちのこと。自由にやるほうが楽しいだろうし、彼女たちには合っていると思う。でも、いずれ伸び悩む」
「どうしてですか?」
「経営の才能とデザインの才能は別だからだ」

 ――経営。そう言われたら、先輩たちは経営者向きではないかもしれない。

 勢いがあるうちはいいけど、その勢いが止まれば、その先をどうやって進んでいけばいいか、誰も教えてはくれないのだ。

「まあ、まだまだ先だよ。彼女たちはこれからだ。琉永も有名になるよ」
「そうだと嬉しいです」
「なるよ」

 リセは以前から、私を知っているような口ぶりだった。
 先輩たちと違って、私は有名でもなんでもない。
 『Fillフィル』に拾ってもらったのも学生時代から、バイトをしていたから。
 私を気遣っていってくれたリセの優しい言葉に、笑みがこぼれた。

「応援してるよ」
「ありがとうございます……」

 リセは有名なモデルなのに全然気取ったところがない。
 気さくで話しやすくて、とてもいい人。

 ――ますます好きになってしまいそう。

 シードルを飲み終えて、次は白ワインを口にした。
 食事が美味しくて、どんどんお酒も進んだ。

「リセに会って、なんだか救われました。私、両親に婚約者を決められて、結婚しろって言われた時は、この世の終わりって気分だったんです。だから、デザイナーとして仕事ができるのはあと少しだって思っていたところだったので……」

 こぼれた涙をぬぐいながら笑った。
 嬉しいのに悲しくて、楽しいのに苦しい。

「琉永はお見合いを承諾したんだ?」
「するしかなかったんです。勝手に父と継母が決めてしまって……」

 リセは泣いている私に、ハンカチを渡してくれた。

「父の会社が危ないっていうのもあるんですけど、一番の理由は妹なんです。妹が大学を目標に頑張っていて……。父は妹の大学費用を出す代わりに結婚しろって」

 妹の千歳ちとせは努力家で勉強もできる。
 千歳には体の弱い自分のような子を治療する医者になりたいという夢があった。
 だから、大学は医学部に進学したいとずっと昔から言っている。
 姉として、千歳の夢を応援してあげたい。
 ワインを一口飲んだ。
 白ワインの爽やかな味とムール貝がよく合う。
 今がこんなに幸せなのに、この時間が終わったら、私はまた現実に戻らなくてはいけない。

「もぉー、最悪ですっ! 好きでもない相手と結婚なんかしたくないのに……。でもっ……妹だけなんです。わたしの家族って呼べる存在は……千歳だけで……」

 リセは私に同情してくれているのだろうか。
 私の頭をなでてくれた。
 ふわふわした気持ちは、お酒が入って、さらに加速した。

「リセもどんどんっ! 飲みましょう!」
「もう飲まないほうがいい。飲みすぎだ。帰れなくなるぞ」

 なんだか、今のリセは男の人みたい。
 どうして、そんなかっこよく見えるんだろう。
 男の人なら、間違いなく恋に落ちてた。

「私の婚約者がリセならよかった」
「そんなに婚約者が嫌なのか」
「あったり前ですよおー! リセ、私の婚約者になってくださいっ! なんちゃってー!」
「いいよ」
「わぁー……うれしーい……」
「この姿でそんなことを言われたのは初めてだ。大抵、相手の女から断ってくる」

 ――今、女っていった? リセの相手って女の人? まあ、細かいことはいっか!

 ぐびぐびと水のようにワインを飲んだ。

「リセが美しすぎて、みんな気がひけちゃうのかもしれないですね」
「そうかな」
「じゃあ、リセは私の婚約者ですね。冗談でも嬉しい……夢、夢だし」

 そんなこと現実にあり得ない。
 でも、これはきっと神様がくれた私へのご褒美。
 私が見ている夢なんだから、どこまでも図々しくなれた。

「いい夢です………」

 しくしく泣きながら、テーブルに顔を伏せた。
 アルコールが回って、眠くてしかたがない。
 ゴンッとおでこがテーブルにぶつかる音が聞こえた。

「あ、こら! 寝るな!」

 リセの焦る声が聞こえてきたけど、私はまぶたを開けることができなかった。
 
 ――だって、これは夢なんだから。

 そう思っていた。 
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