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27 スキャンダル

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 妹の千歳ちとせが退院し、高校へ通えるくらいにまで回復できた。
 顔色もよく、体重も増えた千歳は健康的に見え、それがとても嬉しい。

「髪も短く切ったせいか、千歳は調子が良さそうね」
「うん。髪を短くしたかったの。本当はボブとショートヘアか迷ったけれど、似合うかどうか自信なくて。私、あんまり日焼けしてないから、まだ青白くて病人ぽいでしょ?」
「千歳はこれから、なんでもできるようになったんだから、焦らず、ゆっくり試していけばいいわ」
「そうだよね……」

 恥ずかしそうに千歳は、短くなった髪を指に触れさせた。

「スポーツもしたいし、修学旅行も行ってみたい」
「もちろん、行けるわよ!」
「うん。でも、ごめんね。お姉ちゃん。出席日数足りなくて、留年しちゃって……」
「いいのよ。元気になるのが最優先だったんだし、千歳の受験準備期間だと思えば、なんでもないわ」

 元気になった千歳は、医学部を希望している。
 理世は千歳の学費をすべて出すと言ってくれたけど、千歳の学費は私が出したいと申し出た。

「理世さん、学費の援助を断られて怒ってなかった?」
「ううん。千歳の気持ちをわかってくれたと思う」
「よかった。私、お姉ちゃんのお荷物になりたくないって、ずっと思ってたの。お姉ちゃんには、理世さんと幸せになってほしいから」
「千歳が私のお荷物だなんて思ったことないわよ。それに、千歳が幸せじゃないと、私も幸せになれないわ」

 千歳がいたから、私は一人ぼっちにならずに済んだのだ。
 きっと私は孤独に負けていた。

「でも、あんまり無理しないでね。高校の寮に入るなんて、私、心配で……」
「お姉ちゃんは過保護なんだから。遠方の子たちは寮だし、スポーツで入学した子たちは大会があるから、お休みなんか関係ないのよ?」
「そうだけど」
 
 元気になって、心配いらないってわかっていても、気になってしまう。
 二学期から高校の寮に入りたいと、千歳が言い出した。
 理世は遠慮しなくていいと言ったけど、千歳は頑として譲らなかった。

 ――せっかく一緒に暮らせるようになったのに。

「お姉ちゃんの気持ちは嬉しいけど、お姉ちゃんが理世さんとの新婚生活を楽しむように、私も青春を楽しみたいの」
「でも……」
「大丈夫。寮に入っていたほうが、来年、同じ学年になる子たちと仲良くなれるでしょ」

 千歳の言う通りだった。
 反論できず、しょんぼりした。

 ――そうなのよね。昔から、千歳のほうがしっかりしていて、私はどっちかといえば、ぼんやり気味だった。

 千歳が元気だったら、姉と妹の立場が逆転していたはずだ。
 今も怪しいけど、姉らしいことができていると思いたい。

「心配してる気持ちもわかってよ?」
「はいはい」

 千歳から、笑ってかわされてしまった。
 まだ通院しているし、私が安心するのは、きっと千歳がお嫁に行く時だろう。
 
 ――でも、買い物を一緒に行けるくらい元気になったのは、本当に奇跡。理世が選んでくれた病院も専門の先生がいて心強いし、千歳のためでもあるけど、私のためでもあったよね。

 安心して、一緒に普通のことができる。
 これが、なによりも私には嬉しい。
 だから、今日は寮に入る千歳のために、身の回りの物を買いに、駅前のショッピングビルを巡り、必要な物を揃えていた。

「ね、お姉ちゃん。姉妹揃っての買い物なんて、何年ぶりかな?」
「夏祭り以来かも」
「おじいちゃんたちが生きてた頃だよね。でも、あの後、発作が起きて、入院しちゃった」

 懐かしそうに語る千歳にとって、それはもう過去のこと。
 今日のランチは千歳が食べてみたいと言っていたそば粉のガレットを食べにきた。
 駅前にあるフレンチカフェは、フランス人の店主が焼くガレットを売り物にしていて、ガレットの真ん中には白と黄色の目玉焼きがのせられ、レタスやハムが添えられている。
 デザートはジンジャーとリンゴのシャーベット。
 店内には店主が趣味で描いたという海の絵が飾られていた。
 この店は千歳が雑誌で見つけて、前々から行ってみたいと言っていたお店だ。

「ずっと来たかった店に来られてよかった」
「そうね」

 一緒に行こうねと言っていたのを千歳も覚えていたらしい。
 念願のお店に来れて、私も大満足だった。

「でも、私、お姉ちゃんがいなかったら、きっと退院できなかったと思う。お姉ちゃんは理世さんと結婚して無理してないよね? 大丈夫だよね?」
「理世が無理していないか心配なくらい大丈夫よ」

Fillフィル』のみんなが、理世を振り回しているのは私だって言うから、最近、私もそんな気がしてきてならない。

「それなら……いいけど」

 私の言葉に千歳はホッとしたようだったけど、浮かない顔をしていた。

「なにかあった?」

 ズッキーニのソテーをフォークに突き刺しながら、千歳の顔を覗き込んだ。

「う、うん。清中きよなか繊維が倒産したって聞いて、驚いたよね。お父さん達は夜逃げしたっていうけど、お姉ちゃんのところに連絡とかあった?」
「きてないわ。行方不明って、理世から聞かされているだけ」

 継母の実家に逃げたとか、親戚の家にお金を借りに行ったとか、いろんな噂は聞いたけど、私や千歳に連絡はとってこなかった。
 啓雅けいがさんと結婚しろと言われていたのにそれを拒否して理世と結婚したんだから、なにか言ってくるだろうと思っていた。
 INUIグループから多額の賠償金を請求され、どうにもならなくなって逃げたという話だけが、元従業員から、ちらっと聞いた。
 清中繊維で働いていた人たちは、理世がその後、新しい就職先を紹介したようで、無事生活は成り立っているそうだ。

「理世からは、麻王あさおグループの弁護士に頼んであるから、私から直接連絡をとらないように言われているのよ」
「うん。それでいいと思う。私はお姉ちゃんさえ、幸せでいてくれたらそれでいいの」
「心配しなくても幸せよ」
「よかった」

 嬉しそうに千歳は笑った。
 それが私には一番嬉しかった。
 啓雅さんと結婚していたら、きっとこの笑顔は見られなかっただろう。

「あ、そうだ。お姉ちゃんがくれた『Fill』のパーカーだけど、学校でも評判がよくて、いろいろ聞かれるの。新作を春夏コレクションのショーに出すって本当?」
「本当よ。でも一着だけ」
「それでも、すごいと思う。絶対、見に行くから!」

 デザイン画が決まり、春夏コレクションの準備が始まっていた。
 そのショーには、『Loreleiローレライ』と『Fillフィル』が同じショーに出るけど、メインは『Loreleiローレライ』。
 そのオマケってかんじで、出演させてもらえる。
 オマケでも、これは『Fillフィル』にとって大きなチャンスである。
 理世の手腕によるところが大きく、新店舗は全国の百貨店に展開し、客層を広げていた。
 カフェの店内に置かれた雑誌にも載っている。

『シンプルな服だからこそ、特別な一枚を』
『幅広い年齢層に似合う服』
『何年たっても褪せぬ服を』

 なんてキャッチフレーズが並んでいた。
 そして、その隣の雑誌は週刊誌――ちらりと見えたのは、『Fillフィル』の文字だった。

「え?」

 気になって、週刊誌に手を伸ばした。
 その見出しには【『Fillフィル』の貧乏デザイナー、麻王グループの御曹司と結婚!】と書かれている。

「あっ! お、お姉ちゃん……」
「もしかして千歳。この雑誌のこと知ってたの」
「う、うん……。コンビニで見かけて……」

 それで、理世とうまくいっているかどうか、気にしていたようだ。
 雑誌から、『玉の輿狙いか』『愛のない結婚生活』『誘惑された御曹司!』という文字が見えた。
 ページをめくると、妹の病院代を支払えず、麻王グループの御曹司に近づき、誘惑したということが書いてあった。
 その上、父と継母の夜逃げまで。
 千歳は私を気遣い、雑誌のことを知って気にしていたらしい。

「誘惑なんてしてないのに」

 いつ撮られたのか、理世と一緒にいる写真まで使われていた。
 新店舗とショーを控えているのにブランドのイメージを悪くしてしまったのではないだろうか。
 胸に不安な気持ちが広がっていく。
 
 ――理世と『Fillフィル』に迷惑がかかったら、どうしよう。

 啓雅けいがさんは私のことをどうでもよくなったと思っていたけれど、彼の嫌がらせは、終わったわけではなく、まだ続いていたのだった。
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