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30 罠でした!?

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『理世は私を助けてくれた。利用されたなんて思ってない!』

 そのシーンを何度眺めれば気が済むんだろうか。
 家に帰ってきてから、ずっと流れている。

『ドラマみたいで、素敵ですね!』
『まさに現代のシンデレラ!』

 盛り上がるコメンテーターたちに、私は心の中でコメントする。

 ――相手は王子じゃなくて魔王だけど。

 リセが王子なんて可愛らしい存在には、どうしても思えなかった。

「理世。そろそろ消してもらってもいい?」
「せっかく楽しんでいるのに。ほら、琉永も俺の隣にきて、一緒に観ようか」

 一部始終を複雑な思いで私は眺めていた。

「理世……。こうなることをわかっていたわよね?」
「もちろん。だから、録画できている。俺の録画時間は完璧だったな」
「完璧なのは録画時間じゃなくて、演技でしょ!?」

『麻王グループの王子様みたいな専務。優しくて、かっこよくて、非の打ち所がない』

 世間にそんなイメージが定着したと思う。

「演技じゃなくて、俺は心から言ってるよ」

 映画のクライマックスを思わせるキスシーンが流れて、思わず、テレビの電源を切った。

「今、一番いいところだった」
「ぜんぜん、よくないっ!」

 キスシーンが一番恥ずかしすぎる。
 ご満悦な理世は、絶対に録画を消させてくれなかった。
 むしろ、永久保存する勢いだ。

「これで琉永に、悪い虫が近寄ることもなくなった」
「悪い虫って……。虫が近づいた途端、息の根を止めていくスタイルの人間に言われてもね」
「そう。俺は息の根を止めてしまうかもしれないから、琉永は絶対、浮気しないように」

 もう、なんと言って返していいかわからない。
 しかも、なんのお祝いなのか、食後にケーキまで買ってあり、フルーツと生クリームたっぷりのホールケーキが、リビングのテーブルの上で存在感を放っていた。
 紅茶をいれ、ケーキナイフでケーキを切った。

「もしかして、理世は啓雅けいがさんが仕返しに週刊誌を使うって、事前にわかっていたの?」
「そう。だから、記事を止めなかった。 今日のためにね。記者に頼まなくても、自然に明日、違う記事が載る」

 ――自然? 罠を仕掛けて、自然とはどいうことですか?
 
 思わず、苦笑した。

「記事を握り潰すより、あの記事を書いた奴に恥をかかせ、乾井とのパイプを切ってやったほうがいいと思った。これで、乾井は二度と頼めないだろうな」
「そ、そう」

 画面で私が『そんなことない!』というのが聞こえ、ブチッと電源を切った。

「なにするんだ」

 理世は少し不満そうにしていたけど、私はテレビのリモコンを渡さなかった。
 あーあ、もうすこし見たかったのになと理世は言いながら、紅茶を一口飲んだ。

「そうだ。子供が生まれたら見せよう」
「消して!」

 すでに子供に見せる計画を立てるなんて、まったく油断も隙もない。

「乾井には感謝しないといけないな」
「どうして?」

「ブランドのいい広告になった。タダで『Fillフィル』のブランド名を広めることができただろう?」
「もしかして、それも計算の上で!?」

 にこっと理世は微笑んだ。
 それは無言の肯定だった。

「絶対、理世を敵に回したくないわ……」
「なら、一生、琉永は俺だけを愛さないとね」
「も、もちろん。浮気をする相手もいないし、予定もないわ」
「当然だ」

 理世は私が思っている以上に、独占欲が強いかもしれない。
 ケーキをゴクンとのみ込んだ。

「それより、琉永。俺と初めて出会った時のことを思い出した?」
「えっ! えーと……」

 ――実は覚えていない。
 でも、理世は期待に満ちた眼差しで、私をじっと見ている。
 ここで『思い出せませんでした』なんて、言えなかった。

「も、もちろん。学校主催のショーよね」

 理世はすごく嬉しそうな顔をして笑った。

 ――よかった。当たった。 

 ハズレていたら、どうなっていたことか。
 ふうっと額の汗をぬぐった。
 私の姿を理世が見る機会は限られていたし、外部からの人が招かれる学校の行事はショーしかない。

「そうだ。ショーが終わったら、結婚式をしよう」
「結婚式!?」
麻王あさおの一族に、琉永のお披露目をしたいと思っている」
「でも……私のことを受け入れてくれるか、どうか……」

 自信がなくて、不安な顔をしていると理世が笑った。

「大丈夫。ショーを成功させて、兄に認めさせれば、根回しくらいはしてくれる」

 兄とは、『Loreleiローレライ』の悠世ゆうせいさんのことだ。

「成功したらなの?」
「悠世は気まぐれで変わり者だ。興味がある人間に対しては好意的だが、興味がない人間には氷のように冷たい」

 ただでさえ、ショーへの参加で緊張しているのに、重いプレッシャーがずしっと私にのしかかってきた。

「ショーが楽しみだ」

 理世はそう言ったけど、私はひきつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。
 一着だけしかないけど、私にとっては、初めての外部のショー。
 失敗は絶対許されない。

「琉永。心配しなくても成功する」

 心強い理世の言葉に、少しだけプレッシャーがやわらいだ。

 ――理世の言葉には力がある。

 いつも私を励まし続けてくれる言葉をくれる理世。

「私、頑張るわ。理世。ショーが終わったら、ご両親に挨拶をしてもいい?」
「ああ。一緒に本邸へ行こう」

 ――あなたの妻として、認められたい。
 
 プレッシャー以上の思いが、そこにはあった、
 けれど、まだ啓雅けいがさんからの仕返しは終わってなかった。

 ――それを私はショーの当日に知ることになるのだった。
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