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番外編【杏美】
お兄様のカレーライス(前編)
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「ねえ、貴戸。ガスコンロってどうやって使えばいいのかしら?」
そんな質問から私の結婚生活は始まった。
前途多難?
いうなれば、そうね。
貴戸は怒らずに『そうですね。使う時は自分がいる時にして頂けますか?』と言って、優しく教えてくれた。
私はお嬢様だった。
そう、過去形。
私は『駆け落ち』をした。
結婚式当日に―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結婚したら、貴戸ともお別れね」
貴戸は抑揚のない声で『そうですね』と言った。
私が中学生の頃、貴戸の父親が運転手を引退して、それから跡を継いで私の運転手をしてくれるようになった。
愛想笑いも面白いことも何一つ言わない男だったけど、無駄口を叩かず、いつも静かにそばにいてくれた。
習い事の多い生活を送っていたから、自然と貴戸といる時間も多く、中学からは親友の日奈子とも学校が離れたから、中学の頃は貴戸の方が長く一緒にいたんじゃないかしら?
まあ、日奈子が心配で時々、顔を見に行ってあげたけどね。
親友として。
決まった時間にスーパーのあたりをうろうろしていれば、日奈子は大抵出没するから捕獲するのは簡単なことだった。
「ねえ、貴戸。私が結婚したら、寂しい?泣いてくれる?」
わずかに貴戸の表情が揺らいだ。
たったそれだけの反応jでも私は満足だった。
どうせまた『そうですね』としか言わないのだから。
いつものようにね。
私が貴戸に好きだと告げた時は『そうですか』だった。
さすがにその時は怒鳴りつけてしまったけど。
やっぱり、今日も同じ。
貴戸からの返事はない。
窓の外を眺め、通り過ぎて行く景色を眺めた。
私と貴戸に許された時間はこの時間だけ―――貴戸に私をさらえと言う方が無茶な話だとわかっている。
しかも、私の事なんてまだ子供だと思っているに違いないのだから。
「そうかもしれません」
その答えは新しい―――ふとバックミラーを見ると貴戸と目が合った。
「本当はあなたをさらってしまいたい」
「貴戸……」
「安島のような男でなければ、結婚するのを黙って見ていたでしょう。自分は杏美さんが幸せであれば、それでよかった。けれど、安島家に嫁ぎ、幸せになるとはどうしても思えない」
貴戸の声が震えていた。
真面目な貴戸は自分のその胸の内を語るのは勇気がいること―――そして、その先のことを考えてくれている。
そう確信した。
貴戸とは長い付き合いだからわかる。
こんなに話すのも初めてじゃないかしら?
『杏美ちゃんが幸せになれないなら友達として止めたいと思って』
そう言った日奈子の顔が浮かんだ。
あの時はカッとなって、日奈子とケンカになってしまった。
私の気持ちが貴戸に届くことはないって思っていたから―――八つ当たりしてしまったのだ。
あの優しい日奈子に。
「貴戸。あの鈍臭い親友と同じことを言うなら、その覚悟はできているんでしょうね?」
「もちろんです」
「そう、それなら貴戸。私と結婚しなさい」
「喜んで」
―――私は貴戸と結婚した。
それを知っているのは私達と祖父母だけ。
近所の教会で祖父母と私達だけの本当の結婚式をして、駆け落ちをした。
唯一の気がかりは日奈子とお兄様のことだけだったけど。
『日奈子、ごめんね』
駆け落ちをしたあの日、私が日奈子に言える精一杯の言葉だった。
尾鷹のことを全て押し付けて、姿を消した私をさすがに日奈子は怒っただろうし、恨む権利だってあるわ―――
『ウェディングリースにはね、永遠に幸せでいられますようにって意味が込められてるの。杏美ちゃんに幸せになってほしいから』
そう言って、日奈子がくれた小さなウェディングリースはドライフラワーにして大切にとってある。
小さなアパートで暮らす今も。
そんな質問から私の結婚生活は始まった。
前途多難?
いうなれば、そうね。
貴戸は怒らずに『そうですね。使う時は自分がいる時にして頂けますか?』と言って、優しく教えてくれた。
私はお嬢様だった。
そう、過去形。
私は『駆け落ち』をした。
結婚式当日に―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「結婚したら、貴戸ともお別れね」
貴戸は抑揚のない声で『そうですね』と言った。
私が中学生の頃、貴戸の父親が運転手を引退して、それから跡を継いで私の運転手をしてくれるようになった。
愛想笑いも面白いことも何一つ言わない男だったけど、無駄口を叩かず、いつも静かにそばにいてくれた。
習い事の多い生活を送っていたから、自然と貴戸といる時間も多く、中学からは親友の日奈子とも学校が離れたから、中学の頃は貴戸の方が長く一緒にいたんじゃないかしら?
まあ、日奈子が心配で時々、顔を見に行ってあげたけどね。
親友として。
決まった時間にスーパーのあたりをうろうろしていれば、日奈子は大抵出没するから捕獲するのは簡単なことだった。
「ねえ、貴戸。私が結婚したら、寂しい?泣いてくれる?」
わずかに貴戸の表情が揺らいだ。
たったそれだけの反応jでも私は満足だった。
どうせまた『そうですね』としか言わないのだから。
いつものようにね。
私が貴戸に好きだと告げた時は『そうですか』だった。
さすがにその時は怒鳴りつけてしまったけど。
やっぱり、今日も同じ。
貴戸からの返事はない。
窓の外を眺め、通り過ぎて行く景色を眺めた。
私と貴戸に許された時間はこの時間だけ―――貴戸に私をさらえと言う方が無茶な話だとわかっている。
しかも、私の事なんてまだ子供だと思っているに違いないのだから。
「そうかもしれません」
その答えは新しい―――ふとバックミラーを見ると貴戸と目が合った。
「本当はあなたをさらってしまいたい」
「貴戸……」
「安島のような男でなければ、結婚するのを黙って見ていたでしょう。自分は杏美さんが幸せであれば、それでよかった。けれど、安島家に嫁ぎ、幸せになるとはどうしても思えない」
貴戸の声が震えていた。
真面目な貴戸は自分のその胸の内を語るのは勇気がいること―――そして、その先のことを考えてくれている。
そう確信した。
貴戸とは長い付き合いだからわかる。
こんなに話すのも初めてじゃないかしら?
『杏美ちゃんが幸せになれないなら友達として止めたいと思って』
そう言った日奈子の顔が浮かんだ。
あの時はカッとなって、日奈子とケンカになってしまった。
私の気持ちが貴戸に届くことはないって思っていたから―――八つ当たりしてしまったのだ。
あの優しい日奈子に。
「貴戸。あの鈍臭い親友と同じことを言うなら、その覚悟はできているんでしょうね?」
「もちろんです」
「そう、それなら貴戸。私と結婚しなさい」
「喜んで」
―――私は貴戸と結婚した。
それを知っているのは私達と祖父母だけ。
近所の教会で祖父母と私達だけの本当の結婚式をして、駆け落ちをした。
唯一の気がかりは日奈子とお兄様のことだけだったけど。
『日奈子、ごめんね』
駆け落ちをしたあの日、私が日奈子に言える精一杯の言葉だった。
尾鷹のことを全て押し付けて、姿を消した私をさすがに日奈子は怒っただろうし、恨む権利だってあるわ―――
『ウェディングリースにはね、永遠に幸せでいられますようにって意味が込められてるの。杏美ちゃんに幸せになってほしいから』
そう言って、日奈子がくれた小さなウェディングリースはドライフラワーにして大切にとってある。
小さなアパートで暮らす今も。
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