優秀な姉よりどんくさい私の方が好きだなんてありえません!

椿蛍

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51 指輪と約束

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久々の壱哉いちやさんとの外食は親しくしている洋食屋さんだった。
夜に来ると、昼とは違っていて煉瓦れんが外装がいそうにつけられたランプも映えて、店の外観からして大人っぽい雰囲気に変わっていた。
店内もテーブル一つ一つにキャンドルが置かれていて、カップルが多かった。
「いらっしゃい」
レストランのオーナー夫妻はいつものように温かかく出迎えてくれた。
ディナーのコースを頼んであるらしく、ワインだけを頼むと洋梨やグレープフルーツが入ったさっぱりしたサラダに煮込みハンバーグ、ロールキャベツ、クリームパスタ、トマトと海老のパスタがでてきたあたりで気づいた。
「もしかして、壱哉さん」
「試作品。今度のフェアをシェフにお願いしてある」
「しっ、知っていたんですか?」
「ああ」
にっこり笑った。
「帰ってきた時に企画書の上で眠っていたからな」
しっかり見られていた―――しかも、そんな姿を。
「ほら、少しずつ食べてみよう」
「はい」
「それで、どうなっているか、詳しく聞かせて」
壱哉さんはやっぱりすごい。
ちゃんと私が目指す物も主として使いたい食材も知っていた。
「家庭料理だから、あまり手数のない料理にしてもらうのと、冷凍の作り置きができるレシピをシェフにはお願いしたいです」
「なるほど。それじゃ、レシピカードにするのは作り置きができる物にして、当日に配る資料には作り置きプラス簡単にできる洋食レシピをつけようか」
「はい」
「フェアが終わった後も商品サイトでレシピを見れるようにしておこう」
私の一言だけで、壱哉さんは全てを理解したかのようにさらさらと書き出していた。
「後は予算なんですけど、シェフを呼べますか」
フェアにかかる予算の見積もりを壱哉さんに見せた。
「そうか。予算か」
私が見せた見積書に壱哉さんは顔を強ばらせた。
「なるほど。予算すら満足に渡さないつもりか」
「でも、倉庫の人達のおかげで、予算内に収まりましたから!」
「日奈子はえらいね。シェフの方は俺が手配しよう」
「はい」
壱哉さんは笑っていたけど、目はまったく笑っていなかった。
「よかった!これでなんとかなります」
「当日は俺も行く」
「専務なのに!?」
「関係ない」
そう答えると、壱哉さんは胸のポケットから小さな箱を取り出して、私の目の前に置いた。
「婚約しよう」
「えっ!?で、でも尾鷹おだかのおじ様やおば様がなんて言うか」
壱哉さんは指輪の包みを開けて、そっと私の手をとると指輪をはめてくれた。
「社長の椅子を追われてから二人は尾鷹の家のことも会社のことも口出しできる立場にない。杏美あずみの件もあって、会長である祖父に叱られ、二人は今、本宅に住むことができなくなった」
「会長は杏美ちゃんの結婚には反対だったんですね」
「そうだ。安島あじまに嫁がせることを祖父母が反対していたのに両親は杏美に言い聞かせて、断れないようにしていたらしい」
「そんな」
「父は杏美が嫁がなかったら、自分が社長でいられなくなるとわかっていたんだろうな」
壱哉さんは少し悲しい顔をしていた。
「杏美は誰にも相談できずにいたことを考えたら、可哀想なことをしたと思う」
「私がもっとしっかり者なら、よかったです」
そしたら、きっと杏美ちゃんは私に相談してくれたかもしれない。
指輪をした手を握ったまま、壱哉さんは言った。
「日奈子。尾鷹の社長になったら、結婚してほしい」
社長に―――それは遠い話ではない気がした。
壱哉さんは真剣な目で私を見つめ、手を持ち上げて手の甲にキスをした。
まるで、騎士みたいに。
「いっ、壱哉さん!」
「返事は?」
「わっ、私で大丈夫ですか?」
「もちろん」
壱哉さんが笑ったのを見て、ホッとした。
壱哉さんが大丈夫なら、きっとやっていける。
そんな気がした。
「それなら、お受けします」
深々と頭を下げた。
「ああ」
壱哉さんは嬉しそうに手を包み込んだままだった―――
「おめでとう」
「よかったわね」
いつの間にやってきたのか、シェフとシェフの奥様が拍手をしていた。
「長かったなあ」
「いつも、どうなるか心配していたのよ」
「そんな前から!?」
「ずっと見守ってたわよ」
「初めてこの店に連れてきた時から、この子は壱哉君の特別な子なんだとわかったからね」
二人はお祝いのケーキをだしてくれた。
壱哉さんはわかりにくいけど、二人に言われたのが恥ずかしかったのか、珍しく照れて、目を少しだけ伏せていた。
「ありがとうございます」
私は壱哉さんと―――そして、ずっと見守っていてくれた二人にお礼を言った。
食べたケーキはいつもと同じケーキなのに今までで、一番おいしかった。
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