優秀な姉よりどんくさい私の方が好きだなんてありえません!

椿蛍

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壱哉いちやさんはあれ以来、家でも仕事をしていて、忙しそうだった。
日奈子ひなこ。今日の夜は外食にしよう。最近、どこもでかけてないだろう?」
「仕事は大丈夫ですか?」
「もちろん」
きっと嫌がらせをされているはずの壱哉さんはいつもと変わらない。
最近の社内はどちらかというと、社員達が安島あじまさんに対して不満を持ち始め、表立っては口にしないけれど、最初の頃はいた取り巻きの人達の数は激減していた。
それに比べ、壱哉さんの周りは一度は裏切った役員達が安島さんの仕事ができないのと、女遊びのひどさに呆れて安島さんから離れたらしい。
常務だった頃、爽やかな人柄を外に見せていたのは婚約者である杏美あずみちゃんがいたから、まだよそおえていた―――と今園いまぞのさんから聞いた。
会長が体調を回復されたことも大きく、壱哉さんの近辺を警護する黒服を着た人達が会長夫妻から依頼を受けて、ぞろぞろと朝から大名行列みたいになっていて、誰が社長なのかわからないくらいだった。
壱哉さんは心配ない。
でも私は―――
イタリア食材のフェアの企画書を何度も書き直しさせられていた。
なんて情けない。
頑張ってはみているものの、会社から出る予算が少なくて食材すらまともに集められていなかった。
水和子みわこお姉ちゃんが企画したものより、ずっと金額は少ないのに通らない。
予算のほとんどを水和子お姉ちゃんの方に持っていってしまい、私には使わせないつもりのようだった。
「どうしよう。これじゃ、食材も買えないよ」
イタリアからの輸入食材―――そう、トマト缶とか?
缶詰があれば、まだ。
「そうだっ!」
ガッターンと立ち上がった瞬間、椅子を倒してしまい、視線を浴びた。
すみません、すみませんっ!と頭をさげながら、椅子を直して、倉庫へ向かった。
暇そうに座っていた元広報部の社員の人達が倉庫にやってきた私を見た。
「どうしたんですか?日奈子さん」
「あ、あのっ、在庫の缶詰って、結構ありましたよね?」
「日奈子さんが大量に片付けていたやつですよね。ありますよ。缶詰めとパスタ」
「それを私、今度のイタリア食材のフェアに使おうと思って」
「フェアをまかされたんですか!?」
「たぶん、仕返しで」
倉庫にいた人達はやっぱりとつぶやいた。
呑海どんみ先輩は高い食材を使うみたいで、ここにあるのは安い商品だから、使いたくないって言ってましたよ」
「日奈子さん、よかったら、私達、協力します!」
そう言ってくれたので、さっそく自分が書いた企画書を見せた。
「細かい所まで書いてあって、わかりやすいです」
感心されて、ちょっと照れながら、うなずいた。
「そうかな」
「おうちイタリアンですか」
「そうなの。デパートとか、スーパーの小売店をターゲットにしようと思って。商品にシェフが考案したレシピカードもつけて売り出したら、どうかなって思ったの」
「呑海先輩は高級レストランやホテル狙いですよ」
「前から、あの業界に売り込むのがうまいですからね」
「派手で華やかなものを好む人達にモデルや芸能人を使って契約をとるんです」
「商品はいつも二の次で」
山積みの缶詰とパスタを眺めた。
これだけあれば、当日、見映えも悪くない。
「会場のセットは任せてください」
「慣れてますから」
「仕事ができてよかったわよね」
「みなさん、ありがとうございます」
何度もお礼を言って、倉庫を出た。
とりあえず、会場の方と食材はキープした。
調理設備は会場にあるし、後は作れる人を探さないと。
やっと見えてきた光に喜びながら、広報部に戻るとフェアの打ち合わせに水和子お姉ちゃんがきていた。
「そんな見るからに田舎臭い子を使わないでよ!」
「最近、人気のアイドル
で」
「人気?こんな平凡な?」
招待する芸能人でもめていた。
お姉ちゃんがいなくなると、みんなは不満そうにして、イライラしていた。
「あんなに言うなら、自分がすればいいのに」
「だいたい命令しかしてないだろ?」
「やってられないわ!」
お姉ちゃんの企画書を乱暴に叩きつけると、知らん顔をして誰も何もしていなかった―――
大丈夫なのかなと思いながら、私は自分の企画書を急いで書いていた。
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