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37 招待
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喧嘩別れしてから、杏美ちゃんは口をきいてくれなくなった。
電話も出てくれないし、周りには取り巻きの華やかな女子社員達がいて、私は近寄れずにいた。
話しかけようとしても、ガードされてうまくいかない。
仕事の合間にも秘書室に行き、本人に会おうとはしてるんだけど、それも断られてしまう。
「あの、尾鷹さんをお願いします」
「常務とこれから挨拶まわりですから」
今日も他の人が出てきて、冷たく断られてしまった。
謝るにも近寄れないんじゃ、仲直りの道のりは厳しいよ。
しょんぼりしていると、取り巻きの一人が私に近寄ってきて、そっと耳打ちした。
「杏美さん、今日、仕事が終わったら会社の前の広場で待っていて欲しいそうよ」
「本当ですか!」
「時計の下でって」
「わかりました!」
会社前には広場があり、真ん中あたりに時計がある。
「よかったわね」
「はい!」
毎日通っていたから、会ってくれる気になったのかな。
しつこいって思ってそうだけど、やっと謝れる。
そう思いながら、廊下を軽い足取りで歩いていると、白い封筒が落ちていた。
「落とし物?」
常務の役員室前に白い封筒がぽつんとある。
拾い上げ、中を確認すると、招待状みたいで―――役員達を招いての食事会のお誘いだった。
料亭かあ。
きっと高級料亭だよね。
秘書になってから驚いたのは、その交遊費の高さだった。
食事に行っただけで数万円もかかるとか、驚いてしまう。
こんな贅沢が世の中にあるんだなあって思う。
その招待状は役員が集まる食事会らしく、日時を見ると壱哉さんのスケジュールには入っていない予定だった。
「壱哉さんに渡す招待状なのかも」
その招待状を手に部屋に戻った。
「壱哉さん。この招待状、廊下に落ちてましたよ」
「うん?」
手を伸ばして壱哉さんが受けとると中を見た。
一瞬、壱哉さんの顔が強ばったような気がしたけれど、すぐに笑顔を作って私に言った。
「そうみたいだな」
「よかった」
気のせいだったみたい。
「それじゃ、予定にいれておきますね」
「頼む」
スケジュールを手帳に書き込んだその瞬間、部屋をノックする音が響いた。
「壱哉、入るぞ」
尾鷹のおじ様だった。
慌てて、立ち上がり一礼した。
「なにか?」
無表情で壱哉さんは部屋に入ってきたおじ様を見た。
「今週の日曜日に杏美の結婚の祝いを兼ねたパーティーをする予定だ。お前も出なさい」
「仕事がありますので」
「親戚が集まる場だ。日奈子ちゃんを紹介しなくていいのか?」
「それは」
「いい機会だろう。日奈子ちゃんも挨拶くらいはしたほうがいい」
壱哉さんは険しい顔をしていた。
「私が挨拶ですか……?」
「そうだ。壱哉と付き合っているというのなら、親戚達の前できちんと言った方がいいんじゃないか。壱哉、違うか?」
「日奈子に尾鷹の親戚付き合いをさせるつもりはない」
「それは愛人にしておくということか?」
あ、愛人!?
私が……。愛人?
驚いて壱哉さんを見るとおじ様を睨みつけていた。
「そんなつもりがないというのなら、きちんと皆に説明をしなさい」
おじ様の言うことはもっともに聞こえた。
「親戚の前に出せない女性では尾鷹の嫁として認められない」
「わかりました。私、きちんと挨拶します!」
壱哉さんが困っているような気がして、私は自分から言った。
挨拶くらいなら私にだってできるはず。
「日奈子」
壱哉さんが心配そうな顔をしたような気がしたけど、私だって最近は今園さんと特訓しているんだから、ちょっとやそっとじゃ動じない―――と思う。
そう、昔の私とは違う!
「大丈夫です!」
「日奈子ちゃんもこう言っていることだ。日曜日に来なさい」
「……わかった」
おじ様が出て行くと、壱哉さんは髪をくしゃりと手でつぶした。
「だ、だめでしたか?」
「いや……」
壱哉さんが私の顔を見た。
「嫌がらせをされるかもしれない」
「でも、おじ様はぜひって」
「表向きはな。日奈子。当日は俺から絶対に離れるな」
つまり、歓迎の意味で来てほしいとかじゃなく、身のほどをわからせるため?
「は、はい!」
「傷つけられたくない」
そう言った壱哉さんはくるしそうに見えた。
私よりも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事が終わり、杏美ちゃんとの約束通り、会社前の時計の前に立った。
壱哉さんは残業で遅くなるって言っていたから、杏美ちゃんとの話が長引いても大丈夫!
気合いをいれて、立っているとチラチラと会社帰りの人達に見られてしまった。
壱哉さんとのことで私もすっかり有名人で視線が痛いし、拓けた場所にある時計の下は目立つ。
杏美ちゃん、早く来てくれないかなあと思っていると、一時間経ってもこなくて、スマホにかけてみた。
でない。
まさか、何かあった?
「どうしたんだろう……」
二時間経って、ぽつぽつ雨が降ってきて、体も冷たくなり、さすがに三時間で諦めようと時計を見た。
杏美ちゃん―――私との約束、忘れちゃったのかも。
それとも、もう私と友達をやめたいから?
泣きたい気持ちで時計の数字を眺めていた。
「帰ろう……」
フラフラと痛む足をひきずりながら、時計の下から動くと、ちょうど残業終わりの壱哉さんが会社から出てきた所だったらしく、車から降りて駆け寄ってきた。
「日奈子!?どうしてここに?」
「ちょっと杏美ちゃんと待ち合わせしていて」
壱哉さんは驚いて、ハンカチで顔や髪を拭いてくれ、車にのせると、自分のスーツの上着をかぶせた。
「すみません。服が雨でぬれてて…」
「気にしなくていい。あんな場所で杏美と待ち合わせを?」
「秘書室の人から待つように言われて。でも、きっと用事ができたんですよね。私ももっと早く諦めて帰るべきでした」
この決断力の鈍さが悪い……。
仕事で疲れている壱哉さんに迷惑をかけてしまった。
「日奈子は悪くない」
壱哉さんは怖い顔をしたまま、黙り込んでいた―――
電話も出てくれないし、周りには取り巻きの華やかな女子社員達がいて、私は近寄れずにいた。
話しかけようとしても、ガードされてうまくいかない。
仕事の合間にも秘書室に行き、本人に会おうとはしてるんだけど、それも断られてしまう。
「あの、尾鷹さんをお願いします」
「常務とこれから挨拶まわりですから」
今日も他の人が出てきて、冷たく断られてしまった。
謝るにも近寄れないんじゃ、仲直りの道のりは厳しいよ。
しょんぼりしていると、取り巻きの一人が私に近寄ってきて、そっと耳打ちした。
「杏美さん、今日、仕事が終わったら会社の前の広場で待っていて欲しいそうよ」
「本当ですか!」
「時計の下でって」
「わかりました!」
会社前には広場があり、真ん中あたりに時計がある。
「よかったわね」
「はい!」
毎日通っていたから、会ってくれる気になったのかな。
しつこいって思ってそうだけど、やっと謝れる。
そう思いながら、廊下を軽い足取りで歩いていると、白い封筒が落ちていた。
「落とし物?」
常務の役員室前に白い封筒がぽつんとある。
拾い上げ、中を確認すると、招待状みたいで―――役員達を招いての食事会のお誘いだった。
料亭かあ。
きっと高級料亭だよね。
秘書になってから驚いたのは、その交遊費の高さだった。
食事に行っただけで数万円もかかるとか、驚いてしまう。
こんな贅沢が世の中にあるんだなあって思う。
その招待状は役員が集まる食事会らしく、日時を見ると壱哉さんのスケジュールには入っていない予定だった。
「壱哉さんに渡す招待状なのかも」
その招待状を手に部屋に戻った。
「壱哉さん。この招待状、廊下に落ちてましたよ」
「うん?」
手を伸ばして壱哉さんが受けとると中を見た。
一瞬、壱哉さんの顔が強ばったような気がしたけれど、すぐに笑顔を作って私に言った。
「そうみたいだな」
「よかった」
気のせいだったみたい。
「それじゃ、予定にいれておきますね」
「頼む」
スケジュールを手帳に書き込んだその瞬間、部屋をノックする音が響いた。
「壱哉、入るぞ」
尾鷹のおじ様だった。
慌てて、立ち上がり一礼した。
「なにか?」
無表情で壱哉さんは部屋に入ってきたおじ様を見た。
「今週の日曜日に杏美の結婚の祝いを兼ねたパーティーをする予定だ。お前も出なさい」
「仕事がありますので」
「親戚が集まる場だ。日奈子ちゃんを紹介しなくていいのか?」
「それは」
「いい機会だろう。日奈子ちゃんも挨拶くらいはしたほうがいい」
壱哉さんは険しい顔をしていた。
「私が挨拶ですか……?」
「そうだ。壱哉と付き合っているというのなら、親戚達の前できちんと言った方がいいんじゃないか。壱哉、違うか?」
「日奈子に尾鷹の親戚付き合いをさせるつもりはない」
「それは愛人にしておくということか?」
あ、愛人!?
私が……。愛人?
驚いて壱哉さんを見るとおじ様を睨みつけていた。
「そんなつもりがないというのなら、きちんと皆に説明をしなさい」
おじ様の言うことはもっともに聞こえた。
「親戚の前に出せない女性では尾鷹の嫁として認められない」
「わかりました。私、きちんと挨拶します!」
壱哉さんが困っているような気がして、私は自分から言った。
挨拶くらいなら私にだってできるはず。
「日奈子」
壱哉さんが心配そうな顔をしたような気がしたけど、私だって最近は今園さんと特訓しているんだから、ちょっとやそっとじゃ動じない―――と思う。
そう、昔の私とは違う!
「大丈夫です!」
「日奈子ちゃんもこう言っていることだ。日曜日に来なさい」
「……わかった」
おじ様が出て行くと、壱哉さんは髪をくしゃりと手でつぶした。
「だ、だめでしたか?」
「いや……」
壱哉さんが私の顔を見た。
「嫌がらせをされるかもしれない」
「でも、おじ様はぜひって」
「表向きはな。日奈子。当日は俺から絶対に離れるな」
つまり、歓迎の意味で来てほしいとかじゃなく、身のほどをわからせるため?
「は、はい!」
「傷つけられたくない」
そう言った壱哉さんはくるしそうに見えた。
私よりも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事が終わり、杏美ちゃんとの約束通り、会社前の時計の前に立った。
壱哉さんは残業で遅くなるって言っていたから、杏美ちゃんとの話が長引いても大丈夫!
気合いをいれて、立っているとチラチラと会社帰りの人達に見られてしまった。
壱哉さんとのことで私もすっかり有名人で視線が痛いし、拓けた場所にある時計の下は目立つ。
杏美ちゃん、早く来てくれないかなあと思っていると、一時間経ってもこなくて、スマホにかけてみた。
でない。
まさか、何かあった?
「どうしたんだろう……」
二時間経って、ぽつぽつ雨が降ってきて、体も冷たくなり、さすがに三時間で諦めようと時計を見た。
杏美ちゃん―――私との約束、忘れちゃったのかも。
それとも、もう私と友達をやめたいから?
泣きたい気持ちで時計の数字を眺めていた。
「帰ろう……」
フラフラと痛む足をひきずりながら、時計の下から動くと、ちょうど残業終わりの壱哉さんが会社から出てきた所だったらしく、車から降りて駆け寄ってきた。
「日奈子!?どうしてここに?」
「ちょっと杏美ちゃんと待ち合わせしていて」
壱哉さんは驚いて、ハンカチで顔や髪を拭いてくれ、車にのせると、自分のスーツの上着をかぶせた。
「すみません。服が雨でぬれてて…」
「気にしなくていい。あんな場所で杏美と待ち合わせを?」
「秘書室の人から待つように言われて。でも、きっと用事ができたんですよね。私ももっと早く諦めて帰るべきでした」
この決断力の鈍さが悪い……。
仕事で疲れている壱哉さんに迷惑をかけてしまった。
「日奈子は悪くない」
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