31 / 69
31 懐かしい洋館
しおりを挟む
壱哉さんは午後から、仕事を休んだ。
そんなこと滅多にないらしく、上から下まで大騒ぎになった。
「帰ってよかったんですか?」
「今日は特別だからいいんだ」
社長である尾鷹のおじ様が難しい顔をしてたけど。
きっと私のことが気に入らないに違いない。
でも。
隣の壱哉さんを見た。
私と付き合っているとはっきり言ってくれたのは嬉しかった。
そして、壱哉さんは私の両親に何をどう説明したのか、『日奈子のことはよろしくお願いします』と言っていたと聞かされた。
壱哉さんが運転する車に乗せられ、どこに行くのかと思っていたら、自宅があるのと同じ町の中にある尾鷹の洋館だった。
「壱哉さん、ここって」
「日奈子は来たことがあるだろう?」
小さな洋館は木々に囲まれていて、昔、来た時と変わらず庭には花やハーブがたくさん植えられているイングリッシュガーデンになっていた。
「この家はおばあ様が管理する家って前に聞いた気がします」
「日奈子がこの家が好きだと言っていたから、祖母に頼んで譲ってもらった」
尾鷹の家は土地だけじゃなく
、マンションから別荘までたくさん持っている。
杏美ちゃんの誕生会だけでも何ヵ所か行ったことはあるけれど、この家だけはパーティーで使われることのない場所で壱哉さんが私をよく連れてきてくれた。
「家の中は通いの家政婦が管理してくれるし、庭の手入れは人を頼んである。家も庭も日奈子の好きなように使っていい」
出窓に寄りかかり、言った壱哉さんは微笑んだ。
洋館の中は住むことが決まっていたかのようにリフォームを終えていた。
出来すぎというくらいに用意周到でカーテンやクッションは私が好きそうな物を集め、テーブルや廊下には庭で摘んだ花が差してあった。
魔法使いみたい。
洋館の中を見渡すとアンティーク調の内装にステンドグラスが入った窓、木の階段はつやつやしていて、痛まないように赤い絨毯が敷かれている。
「気に入ったか?」
「はい」
サンルームにピアノが置かれていた。
「ピアノ……」
うっと嫌な思い出が甦った。
美和子お姉ちゃんも緋瞳お姉ちゃんもソナチネまでいったけど……。
私はバイエルの途中で挫折した。
ピアノの先生が怖かったのもあるけど、弾いている時に手を叩かれたり、お姉ちゃん達と比べられて辛い思いをした―――確かに出来の悪い生徒だったけど。
「久しぶりに弾こうか?」
壱哉さんのピアノは先生も絶賛するくらいで、後はヴァイオリンも習っていてたはず。
昔、聴かせてもらったことがある。
「いいんですか?」
「なにがいい?」
「えっと、それじゃ……。のんびりしたのを」
「わかった。じゃあ、ショパンのノクターンを」
かたんとピアノの鍵盤蓋を開けると、白い鍵盤に指を置いた。
壱哉さんが弾く音は軽やかで私の音とは全然違う。
私が牛の歩みのような重くてもたもたした音なのに軽やかな馬の足取りのような―――そんな音。
優しい音が家の中に響いて、それを聴いていると眠くなってきた。
「日奈子」
笑う声に目を開けた。
「ごっ……ごめんなさい!」
「いいよ」
くしゃくしゃと頭を撫でて、ピアノの蓋を閉めた。
「次は目が覚める曲にしようか。日奈子、リビングに行こう」
ううっ……。
これだから、私は。
壱哉さんに言われるがままに後ろを吐いて行くと、リビングのソファーを指さした。
「ほら」
リビングのソファーにトラとライオンのぬいぐるみが置いてあった。
「あの時の!」
「置いておくって言ったからな」
「そうでしたね」
嬉しくて、ぬいぐるみを手に取り眺めていると、背後から壱哉さんが覆い被さるようにして抱き締めた。
「日奈子。改めて言うけど、一緒に暮らさないか?」
「は、はい。私でよければ」
「よかった」
耳元で壱哉さんがホッとしたような声で言った。
「壱哉さんでも不安なことがあるんですね」
「たくさんある」
たくさん?
なんでもできるのに?
「日奈子のことは俺が守る」
不思議そうに壱哉さんの顔を見上げていると、そっと顎をつかまれて、キスされた。
それはまるで誓いのキスのようだった―――
そんなこと滅多にないらしく、上から下まで大騒ぎになった。
「帰ってよかったんですか?」
「今日は特別だからいいんだ」
社長である尾鷹のおじ様が難しい顔をしてたけど。
きっと私のことが気に入らないに違いない。
でも。
隣の壱哉さんを見た。
私と付き合っているとはっきり言ってくれたのは嬉しかった。
そして、壱哉さんは私の両親に何をどう説明したのか、『日奈子のことはよろしくお願いします』と言っていたと聞かされた。
壱哉さんが運転する車に乗せられ、どこに行くのかと思っていたら、自宅があるのと同じ町の中にある尾鷹の洋館だった。
「壱哉さん、ここって」
「日奈子は来たことがあるだろう?」
小さな洋館は木々に囲まれていて、昔、来た時と変わらず庭には花やハーブがたくさん植えられているイングリッシュガーデンになっていた。
「この家はおばあ様が管理する家って前に聞いた気がします」
「日奈子がこの家が好きだと言っていたから、祖母に頼んで譲ってもらった」
尾鷹の家は土地だけじゃなく
、マンションから別荘までたくさん持っている。
杏美ちゃんの誕生会だけでも何ヵ所か行ったことはあるけれど、この家だけはパーティーで使われることのない場所で壱哉さんが私をよく連れてきてくれた。
「家の中は通いの家政婦が管理してくれるし、庭の手入れは人を頼んである。家も庭も日奈子の好きなように使っていい」
出窓に寄りかかり、言った壱哉さんは微笑んだ。
洋館の中は住むことが決まっていたかのようにリフォームを終えていた。
出来すぎというくらいに用意周到でカーテンやクッションは私が好きそうな物を集め、テーブルや廊下には庭で摘んだ花が差してあった。
魔法使いみたい。
洋館の中を見渡すとアンティーク調の内装にステンドグラスが入った窓、木の階段はつやつやしていて、痛まないように赤い絨毯が敷かれている。
「気に入ったか?」
「はい」
サンルームにピアノが置かれていた。
「ピアノ……」
うっと嫌な思い出が甦った。
美和子お姉ちゃんも緋瞳お姉ちゃんもソナチネまでいったけど……。
私はバイエルの途中で挫折した。
ピアノの先生が怖かったのもあるけど、弾いている時に手を叩かれたり、お姉ちゃん達と比べられて辛い思いをした―――確かに出来の悪い生徒だったけど。
「久しぶりに弾こうか?」
壱哉さんのピアノは先生も絶賛するくらいで、後はヴァイオリンも習っていてたはず。
昔、聴かせてもらったことがある。
「いいんですか?」
「なにがいい?」
「えっと、それじゃ……。のんびりしたのを」
「わかった。じゃあ、ショパンのノクターンを」
かたんとピアノの鍵盤蓋を開けると、白い鍵盤に指を置いた。
壱哉さんが弾く音は軽やかで私の音とは全然違う。
私が牛の歩みのような重くてもたもたした音なのに軽やかな馬の足取りのような―――そんな音。
優しい音が家の中に響いて、それを聴いていると眠くなってきた。
「日奈子」
笑う声に目を開けた。
「ごっ……ごめんなさい!」
「いいよ」
くしゃくしゃと頭を撫でて、ピアノの蓋を閉めた。
「次は目が覚める曲にしようか。日奈子、リビングに行こう」
ううっ……。
これだから、私は。
壱哉さんに言われるがままに後ろを吐いて行くと、リビングのソファーを指さした。
「ほら」
リビングのソファーにトラとライオンのぬいぐるみが置いてあった。
「あの時の!」
「置いておくって言ったからな」
「そうでしたね」
嬉しくて、ぬいぐるみを手に取り眺めていると、背後から壱哉さんが覆い被さるようにして抱き締めた。
「日奈子。改めて言うけど、一緒に暮らさないか?」
「は、はい。私でよければ」
「よかった」
耳元で壱哉さんがホッとしたような声で言った。
「壱哉さんでも不安なことがあるんですね」
「たくさんある」
たくさん?
なんでもできるのに?
「日奈子のことは俺が守る」
不思議そうに壱哉さんの顔を見上げていると、そっと顎をつかまれて、キスされた。
それはまるで誓いのキスのようだった―――
39
お気に入りに追加
1,759
あなたにおすすめの小説


不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる