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24 犯人
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四月も終わり、五月の連休前に、壱哉さんが唐突に言った。
「日奈子。五月の連休にどこか遊びに行きたいところはないか?」
これはまさか。
デート!?
なんだか、付き合ってるってかんじがする!
行きたいところはたくさんあるけど。
「壱哉さんがゆっくりできる場所がいいです」
「俺?」
「ずっと残業続きですから」
毎日の残業は連休に休みをとるためだって、今になってわかった。
私を遊びに連れて行ってくれようとして無理に仕事を詰め込んでいたんだと思う。
がっかりさせないようにギリギリまで頑張ってくれて、休みがとれそうだから言ってくれたことも。
「わかった」
壱哉さんが微笑んだので、私もにこっと微笑み返した。
ほんわかした空気が漂った。
届いた挨拶状を開封して、封筒と文書を仕分ける作業に戻った。
その時、ノックの音がした。
今日の来客の予定はなかったのに。
誰だろうと思いながら、立ち上がると営業部の部長と広報部の部長が揃って並んでいた。
「専務、お話が」
二人は邪魔だというように私を手でどかし、冷たい視線を投げかけた。
「なんだ?」
「一緒に営業部まで来ていただけませんか?」
「わかった」
異様な空気を察した壱哉さんは立ち上がった。
「そちらの秘書も」
「は、はい」
まるで罪人のように乱暴に腕を掴まれたのを見て壱哉さんが営業部の部長の手を捻りあげ、鋭く低い声で言った。
「触るな」
ドンッと突き飛ばし、前を歩かせて、私を守るかのように隣に立った。
秘書室の前で壱哉さんはドアを開けて、険しい顔で今園さんを呼んだ。
「今園、来い」
「はい。尾鷹専務」
サッと今園さんは機械的に立ち上がり、自分のノートパソコンを手にカツカツとヒールの音を鳴らして後ろからついてきた。
営業部に行くと一斉に視線が私に集中した。
そこになぜか水和子お姉ちゃんまでいる。
「呑海君が契約した契約先が営業二課の課長の契約成績になっているんです」
広報部部長が出力したデータを壱哉さんに見せた。
「書類は?」
「これです」
「私が確かに提出した時は呑海主任が契約したことになってました」
営業部で書類を作成した女性社員がきっぱりと言いきった。
営業部部長がさっき捻られた腕をさすりながら言った。
「この書類の数字を専務の手に渡る前か後に改竄したのではないでしょうか」
「それができるのは秘書くらいなものですよ」
広報部部長が私を睨み付けた。
私が疑われているの!?
どうして?
「そんなこと私にはできません!」
「日奈子どうしてそんなこと……」
水和子お姉ちゃんが悲しい顔をして私を見つめていた。
「お待ちください。犯人を決めつけるのはまだ早いのではありませんか?」
「そうだな。今園」
壱哉さんの低く怒気をはらむ声は周囲を凍てつかせた。
「一番得する人間を疑うべきだろう」
確かにという空気が広がった。
「そうなると、営業二課の課長か」
青い顔をして震えていた。
「待ってくれ!わ、私はたなにもしていない!」
「皆さん、日奈子がやったことです」
「水和子お姉ちゃん!?」
「私と壱哉さんの婚約のお話が社長夫妻から出ていることを知って、嫉妬して私に嫌がらせをしただけなんです」
「こ、婚約?壱哉さんと水和子お姉ちゃんが?」
初耳だった。
壱哉さんを見ると知らなかったのか、わずかに動揺していた。
「いやいや、そういうことか。騒がしいから何事かと思って見にきてみたら、日奈子ちゃん。だめじゃないか」
「社長!」
フロアがざわめいた。
「父さん。どういうことです?」
「なに言っているんだ。昔からの付き合いだろう?お前の婚約相手にはぴったりじゃないか。水和子ちゃんなら、お前をよく理解しているし、仕事もできる。尾鷹の嫁として十分にやっていける」
「ありがとうございます。おじ様」
水和子お姉ちゃんはにっこり微笑んだ。
「私の妹が迷惑をかけてごめんなさい」
何が起きたか、わからなかった。
「働き始めたばかりの妹で、会社の大切な書類を改竄すれば、どうなるかなんてわからなかったみたいで。私から注意しておきます。もちろん、処罰も受けさせますから」
「ま、待って、お姉ちゃんっ」
「日奈子。クビにならないだけ、ありがたいと思いなさい」
水和子お姉ちゃんは私の話を聞いてもくれず、元々、私のことを気に入ってなかった尾鷹のおじ様は私が犯人だと決め付けていた。
水和子お姉ちゃんの言葉をすっかりみんなは信じていて、私じゃないと信じてくれたのは壱哉さんと今園さんしかいなかった。
「犯人を見つけだしたら、俺がそいつを処罰してやる」
「ははは!いいだろう」
おじ様は壱哉さんの言葉に少しも疑問を持たずに笑っていた。
それは周りの人も同じだった。
「日奈子。大丈夫だから」
「壱哉さん」
ぎゅっと壱哉さんの腕をつかんでいた。
引き離されそうな、そんな気がして。
「日奈子。五月の連休にどこか遊びに行きたいところはないか?」
これはまさか。
デート!?
なんだか、付き合ってるってかんじがする!
行きたいところはたくさんあるけど。
「壱哉さんがゆっくりできる場所がいいです」
「俺?」
「ずっと残業続きですから」
毎日の残業は連休に休みをとるためだって、今になってわかった。
私を遊びに連れて行ってくれようとして無理に仕事を詰め込んでいたんだと思う。
がっかりさせないようにギリギリまで頑張ってくれて、休みがとれそうだから言ってくれたことも。
「わかった」
壱哉さんが微笑んだので、私もにこっと微笑み返した。
ほんわかした空気が漂った。
届いた挨拶状を開封して、封筒と文書を仕分ける作業に戻った。
その時、ノックの音がした。
今日の来客の予定はなかったのに。
誰だろうと思いながら、立ち上がると営業部の部長と広報部の部長が揃って並んでいた。
「専務、お話が」
二人は邪魔だというように私を手でどかし、冷たい視線を投げかけた。
「なんだ?」
「一緒に営業部まで来ていただけませんか?」
「わかった」
異様な空気を察した壱哉さんは立ち上がった。
「そちらの秘書も」
「は、はい」
まるで罪人のように乱暴に腕を掴まれたのを見て壱哉さんが営業部の部長の手を捻りあげ、鋭く低い声で言った。
「触るな」
ドンッと突き飛ばし、前を歩かせて、私を守るかのように隣に立った。
秘書室の前で壱哉さんはドアを開けて、険しい顔で今園さんを呼んだ。
「今園、来い」
「はい。尾鷹専務」
サッと今園さんは機械的に立ち上がり、自分のノートパソコンを手にカツカツとヒールの音を鳴らして後ろからついてきた。
営業部に行くと一斉に視線が私に集中した。
そこになぜか水和子お姉ちゃんまでいる。
「呑海君が契約した契約先が営業二課の課長の契約成績になっているんです」
広報部部長が出力したデータを壱哉さんに見せた。
「書類は?」
「これです」
「私が確かに提出した時は呑海主任が契約したことになってました」
営業部で書類を作成した女性社員がきっぱりと言いきった。
営業部部長がさっき捻られた腕をさすりながら言った。
「この書類の数字を専務の手に渡る前か後に改竄したのではないでしょうか」
「それができるのは秘書くらいなものですよ」
広報部部長が私を睨み付けた。
私が疑われているの!?
どうして?
「そんなこと私にはできません!」
「日奈子どうしてそんなこと……」
水和子お姉ちゃんが悲しい顔をして私を見つめていた。
「お待ちください。犯人を決めつけるのはまだ早いのではありませんか?」
「そうだな。今園」
壱哉さんの低く怒気をはらむ声は周囲を凍てつかせた。
「一番得する人間を疑うべきだろう」
確かにという空気が広がった。
「そうなると、営業二課の課長か」
青い顔をして震えていた。
「待ってくれ!わ、私はたなにもしていない!」
「皆さん、日奈子がやったことです」
「水和子お姉ちゃん!?」
「私と壱哉さんの婚約のお話が社長夫妻から出ていることを知って、嫉妬して私に嫌がらせをしただけなんです」
「こ、婚約?壱哉さんと水和子お姉ちゃんが?」
初耳だった。
壱哉さんを見ると知らなかったのか、わずかに動揺していた。
「いやいや、そういうことか。騒がしいから何事かと思って見にきてみたら、日奈子ちゃん。だめじゃないか」
「社長!」
フロアがざわめいた。
「父さん。どういうことです?」
「なに言っているんだ。昔からの付き合いだろう?お前の婚約相手にはぴったりじゃないか。水和子ちゃんなら、お前をよく理解しているし、仕事もできる。尾鷹の嫁として十分にやっていける」
「ありがとうございます。おじ様」
水和子お姉ちゃんはにっこり微笑んだ。
「私の妹が迷惑をかけてごめんなさい」
何が起きたか、わからなかった。
「働き始めたばかりの妹で、会社の大切な書類を改竄すれば、どうなるかなんてわからなかったみたいで。私から注意しておきます。もちろん、処罰も受けさせますから」
「ま、待って、お姉ちゃんっ」
「日奈子。クビにならないだけ、ありがたいと思いなさい」
水和子お姉ちゃんは私の話を聞いてもくれず、元々、私のことを気に入ってなかった尾鷹のおじ様は私が犯人だと決め付けていた。
水和子お姉ちゃんの言葉をすっかりみんなは信じていて、私じゃないと信じてくれたのは壱哉さんと今園さんしかいなかった。
「犯人を見つけだしたら、俺がそいつを処罰してやる」
「ははは!いいだろう」
おじ様は壱哉さんの言葉に少しも疑問を持たずに笑っていた。
それは周りの人も同じだった。
「日奈子。大丈夫だから」
「壱哉さん」
ぎゅっと壱哉さんの腕をつかんでいた。
引き離されそうな、そんな気がして。
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