優秀な姉よりどんくさい私の方が好きだなんてありえません!

椿蛍

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14 クビは困ります!

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いつものように壱哉いちやさんと出社すると、いつもより視線が痛く感じた。
でも、それは私にというよりは壱哉さんが見られているようだった。
ひそひそと話す声が聞こえていた。
「やっぱり本命は違っていたのね」
「おかしいと思ったのよ」
「専務の狙いは別の所だったんだな」
「将来を考えて面倒をみていただけか」
何の話だろう。
エレベーターに乗ると静かになったけど、隣の壱哉さんはいつもより機嫌が悪く見えた。
会話がそんなに多くないから、お互いに話さないけど、今日は特に静かだった。
「ほうじ茶をどうぞ」
いつもはコーヒーだけど、ほうじ茶にした。
「ありがとう」
「いえ」
「今日はほうじ茶?」
「壱哉さん、お腹痛いのかと思って。胃に優しくほうじ茶にしました」
「俺が!?」
「違うんですか?」
「……ああ」
なぜ、そうなるという顔で私を見ていた。
「難しい顔をしていたから」
「これは……」
壱哉さんは自分の顔を覆った。
お腹痛いわけじゃなかったんだと思いながら、席に戻ろうとすると腕を掴まれた。
「本当にわかってないのか」
もしや秘書失格―――?
昨日、杏美あずみちゃんが言っていた言葉を思い出した。
水和子みわこさんが秘書室にきて、今園いまぞの室長に妹の専務付き秘書を辞めさせてくださいって言ってたわよ』
つまり、私はクビ?
秘書をクビなるんですか?
確かに能力は低いし、役に立っているかどうかわからない。
むしろ、邪魔?
「す、すみません。私、迷惑をかけてる自覚があるんですけど、できれば、クビだけは許して欲しいって言うか」
「クビ!?」
「違うんですか?」
日奈子ひなこはよくやってくれていると思う」
「本当ですか!」
がしいっと壱哉さんの手をつかんだ。
「ありがとうございます!」
「ああ」
そんなお褒めの言葉をもらえると思ってもおらず、よかったあっと思いながら、席に戻った。
壱哉さんは自分の両手を見つめていたけど、なにか諦めた様な顔をして、また仕事に戻った。
よくやってくれていると思うという褒め言葉を頭の中で何度もリピートしながら、会議資料をそろえていると、足りないページがあった。
「あ、一ページ分足りてないので、コピーしてきます」
「俺が行く」
「コピーは私の仕事ですからっ!」
キリッとした顔で私が言うと、壱哉さんは険しい顔で首を横に振った。
「いや、俺が行く」
いつになく、強い口調に負けて、そうですかと私は原本を壱哉さんに渡した。
「日奈子はここから出るな」
「え?」
「専務命令だ」
「えええ!?」
そう言うと、壱哉さんは部屋を出て行ってしまった。
な、な、なんでー!?それはどういう命令?
もしかすると、私のコピーに問題があったのかもしれない。
印刷に問題はなさそうだけど。
昨日、コピーをした紙を透かして見たけど、大丈夫そうだし。
何度も紙を傾けて眺めていると、役員室のドアがノックされ、手を止めた。
来客の予定はなかったと思いながら立ち上がり、ドアを開けると今園室長がいた。
尾鷹おだか専務はご不在ですか」
「はい。コピーをしに」
「専務が?」
私はなるべく、役員室のドアの線から向こうに行かないよう苦労していると今園さんが首をかしげていた。
「何をしていらっしゃるんですか?」
「はい。専務命令でここから出るなと言われているので」
「それはどういう命令で!?」
今園室長の顔が崩れ、困惑気味に聞いてきた。
「えっと、私にもわからないんです、でも命令ですから」
「……はあ。これを専務に渡して頂けますか?専務宛てのお礼状が他の役員の方の所に混ざっておりましたので」
「わかりました。あ、あのっ!今園室長」
「なんでしょう?」
「姉が私の秘書を辞めさせたいって聞いたんですけど、私は秘書をクビになりますか?」
今園室長が微かに笑ったような気がした。
「いいえ。人事権は私にはありません。ですが、私はあなたの秘書は専務にとって悪くないと上に報告しています。今後も頑張ってください」
「そ、そうですか。よかったぁー!!ありがとうございます!」
ホッとして額の汗をぬぐった。
今園室長はさっと背中を向けて、カツカツとヒールの音をさせながら去って行った。
はー、カッコいい女の人ってあんな人を言うんだなあ。
その背中に向けて、心の中で何度もお礼を言った。
壱哉さんの側にいられる。
それが今の私には一番うれしかった。
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