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1 ドン子なんて呼ばないで!

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『激安!激安!今日も安いよっ!ニコニコ笑顔っ!主婦の味方ー♪マルトクスーパー♪』
スーパーで流れる音楽にすら、バカにされているような気がしてならない。
本日特売品のジャガイモを握りしめて、悲しみに暮れていた。
大学の卒業式も終わり、春休みに突入したけど、私、呑海どんみ日奈子ひなこは就職先が決まっていない。
何故なら、就活で受けた会社を全落ちしたから……。
泣きたいというか、泣いた。
そんなに私は社会に不必要な人間ですかっ!?
「ちょっとあなた、この賞味期限見てくれないかしら?」
ヒマを持て余して見えるのか、見知らぬおばあさんにまで、声をかけられる始末よ。
「いいですよ」
ああ、けれど今は人に頼られるのもいつもより嬉しい。
自慢じゃないけど、よくお年寄りには話しかけられる。
もしかしたら、生まれる年代を間違えたのかもしれない。
うん、きっとそう。
一人うなずき、買い物かごにジャガイモを入れた。
「ジャガイモを育てようか……」
そうだ、農業をしよう。
それなら、私にも生きる道が―――
「鈍臭いドン子に農業ができるわけないでしょ。バカなの?」
「あ、杏美あずみちゃんっ」
「じゃがいも一つカゴに入れるのに何分時間使ってるのよ」
声の先にはゆるふわウェーブでミルクティーベージュのロングヘア、ピンク系のメイク、ハイブランドのスーツを着たお嬢様が仁王立ちしていた。
「ど、どうして杏美ちゃんが激安スーパーに?」
「外から見えたからよ。相変わらず、頭が鈍いわね」
スーパーの店先に黒塗りの車が横付けされているのが見えた。
しかも、自動ドア前。
「車っ!め、迷惑だからっ」
「そんなわけないでしょ?ねえ?そこの店員さん?」
「もちろんです!尾鷹おだか家のお嬢様。いつでもどうぞっ!」
「ほらね」
「そんなドヤ顔して。迷惑だから」
「迷惑じゃないって言ってるでしょっ!」
杏美ちゃんはこの町の名家、尾鷹家の娘だ。
尾鷹家は昔から、ここ一帯を治めていた家柄で今でも町に多額の寄付をしている。
小学校のピアノも町の公民館も町の専用バスも公園やお寺、神社に至るまで尾鷹の寄付で成り立っている。
町では『困った時は尾鷹家へ』と言われるくらいで、尾鷹家はお殿様のような存在だった。
尾鷹の家に逆らったら、この町では暮らしていけない。
それくらいの家柄なのだ。
その尾鷹家の娘である杏美ちゃんとは同じ歳ということもあって、私はよく絡まれていた。
「そんな怒んなくても。わかったから、何の用なの?」
「何の用ですか?でしょ!?ドン子はこれだから。礼儀がなってないわね。そんなので四月から尾鷹の会社でやっていけるの?」
「えっ?四月から?尾鷹の会社?」
「聞いてないの?あなたのお姉さん、水和子みわこさんが尾鷹家に頼みに来たのよ。どこでもいいから、ドン子を働かせてくださいってね」
「お姉ちゃんがっ!?」
杏美ちゃんはぷぷっと笑った。
「水和子さんと大違いね。というより、お姉さん達と大違い」
「う……」
否定できない。
私の姉は二人いる。
尾鷹商事で働く長女の水和子お姉ちゃんと女優の緋瞳ひとみお姉ちゃん。
二人とも美人で頭がよくて、運動神経もいい。
それに比べて、私ときたらオール平均点と言いたいところだけど、運動能力は平均以下。
その鈍臭さから『ドン子』と呼ばれてしまう始末。
きっと姉二人が生れる時に私の分まで知能や美貌、運動能力を持って行ってしまったのかもしれない。
できたら、残しておいてほしかった……。
「ドン子。四月から私の家の会社で働くんだから、しっかりしなさいよ。それを言いにきたの。わかったわね」
「うん……わかった」
「『はい』でしょ!?敬語を使いなさいよ!」
杏美ちゃんは最後まで怒っていた。
言いたいことだけ言って、満足したのか、言い終わると黒塗りの車に乗り、去って行った。
もしかして、私がどこも就職先が決まらなくて、落ち込んでいたのを知っていたから、わざわざ教えに来てくれたのかなあ。
口は悪いけど、気のいいところあるんだよ。杏美ちゃん。
とりあえず、私の無職はなんとか回避できたみたいだった。
姉のおかげで―――
「よかったけど、尾鷹商事って一流企業だよね。私が働けるのかな」
私の卒業した大学からじゃ、まず受からない。
コネ入社もいいところだ。
「でも、きっと雑用係よね」
掃除係とかかも。
それなら、納得だった。
マルトクスーパーで買い物を済ませて、家に帰ると母親が忙しそうにしていて、帰ってきたのにまた出掛けるみたいだった。
「日奈子、今帰ったの?」
「あ、う、うん」
「裁判の準備で忙しいから、食事は冷蔵庫にいれておいて」
「わかった」
「お父さんの分もね」
こくこくっと首を縦にふった。
両親は弁護士で忙しい。
慌ただしく母親は必要な書類を手に事務所へ行ってしまった。
母親が嵐のようにいなくなると、ようやく私は買い物袋を持ってキッチンに入った。
夕飯の支度をする前にお茶でも飲もうかなと思っていると、リビングから緋瞳ひとみお姉ちゃんが顔を出した。
八頭身はありそうな完璧なスタイルで着ているのは安いTシャツとデニムなのにお洒落にみえる。
美人って得だよね…。
「日奈子、私にお茶入れて」
長い髪をかきあげて壁に寄りかかる姿はまるでファッション雑誌の一ページみたいだった。
「うん」
「水和子お姉ちゃんが尾鷹の会社に入れてもらえるようお願いしたらしいじゃないの」
「そうみたい」
「そうみたいってあんたね!自分の事でしょ!水和子お姉ちゃんに迷惑かけるんじゃないわよ」
怒られてしまった。
今日、知ったばかりなのに。
言い返しても勝てないことはわかっていたから、黙り込んだ。
黙っていると緋瞳お姉ちゃんは呆れた様な顔で私を見て、ぽんぽんっと服を投げた。
「これ、クリーニング出しておいて」
「うん……」
クリーニングに出す服を集めた紙袋に服をいれた。
紙袋には家族全員分のクリーニングに出す服が入っている。
お茶をいれてリビングに置いた。
自分が出演しているドラマを何度も見返して、勉強中の緋瞳お姉ちゃんはお茶を飲まずにテレビを熱心にみていて、私をちらりともみなかった。
お礼くらい言ってくれたらいいのにな。
とぼとぼとキッチンに戻って、買ってきた物を冷蔵庫にいれた。
私の家族はみんな、頭が良くて綺麗でなんでもできる。
だから、私は家の中では最下層。
こんな家族の中で暮していても辛いだけだと長年の経験から学んだ私は大学を卒業し、就職したら家を出ようと考えていた。
それが、就職先が決まらずに計画倒れになってしまった。
家族から離れるつもりが就職先は優秀な姉と同じ会社なんてどうしたらいいんだろう。
無職じゃないのはありがたいけど、また比べ続けられるんだと思ったら辛すぎる。
優秀な人にはわからないんだ。
私のこんな惨めな気持ち。
同級生にはドン子って呼ばれるし、家では下っ端だし―――キッチンで一人泣いた。
どうして、神様は私にお姉ちゃん達とまではいかなくていいから、せめて人並みにしてくれなかったの?と思いながら。

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