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第七話 闇色のしっぽと祭囃子~夏の夜船~

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川沿いの夏祭りはすでに大勢の人でごった返し、夜の闇に相まって提灯ちょうちんの灯りだけでなく人の姿まで朧気おぼろげになって見えた。
夜店に吊るされた提灯は川面に浮かんだ蜜柑みかんのようにゆらゆらと揺れている。
さっきまで兎々子ととこと横並びで歩いていたはずなのだが、朝顔柄の浴衣が見当たらない。

「おいおい……」

後ろを振り返ると兎々子は金魚売りの前でしゃがんでいた。

「先に有浄ありきよを探すんだろ?」

「わ、わかってるわよ!」

そう言いながらも兎々子は胡散臭い商品のたたき売りやガマの油売り、大道芸人が気になるらしく、チラチラと横目で眺めている。
ガマ油売りが刀で腕を切った瞬間、兎々子や子供達が悲鳴をあげた。

「ぎゃっー!」

だが、腕は無事だ。
うっすらと血がにじんだところでガマ油が登場し、それを傷口に塗る。
血はあっという間に消え、止血の効果を証明すると観客から拍手が起きた。

「はー……腕が切れなくてよかったわ」

腕が切れるほどの大怪我はガマ油じゃ間に合わねえよ。
子供達同様に兎々子はハラハラしていたらしく、無事だったことにホッとしていた。
そして、その隣には水芸をやっていて、また兎々子は足を止めた。

「うわぁ。どうやって水が出てくるのかな」

「仕掛けがあるんだろ」

兎々子は水芸に驚いていたが、毎年同じものを見ていても変わらず驚けるほうがすごい。
俺は夜店の店主達が去年と同じ顔ぶれだということを確認しているだけで感動は薄い。

「兎々子お嬢さんっ! こっちです、こっち!」

威勢のいい声で呼んだのは兼岡かねおか商店のテツだった。
そういえば、兼岡商店も屋台を出すと言っていた。
兼岡商店の屋台は焼き玉蜀黍とうもろこし屋で醤油の焦げた香ばしい香りと甘い玉蜀黍の匂いがあたりに広がり、なかなかの盛況ぶりをみせていた。

「わぁー! 焼き玉蜀黍!」

醤油が落ちて赤い火を吐く炭火が網の上の玉蜀黍を焼いている。
テツは兼岡商店の名前が入った手ぬぐいで汗を拭き、炭を足していた。

「いやぁ、さすが大旦那様のお考えは深い! 北海道から玉蜀黍を取り寄せた時は儲けがほとんどないと俺達下っ端は踏んでたんですが、醤油がどんどん売れるんですよ」

玉蜀黍の横には醤油瓶が並んでいる。

『この醤油をかければ、どんな食べ物もたちまち美味しくなる特製醤油』

などと、売り文句が書いてある。
さすが妖怪タヌキじじい。
しかも一番高い松印。
商魂たくましいにもほどがある。
話を聞いていた俺達の隣の屋台からポーンッと爆発音が鳴った。

「ポン菓子だー!」

派手な音と機械、甘い砂糖の溶けた香りが広がる。
ポン菓子売りの屋台は大盛況で子供達が周りを取り囲んでいた。
そして、その中に兎々子も混じっていった。
機械がぐるぐると回転したかと思うとポーンと爆発音を響かせて機械から飛び出してくるのは大きく膨らんだ白い米だ。
その膨らんだ白い米に味はなく、煮詰めた砂糖をまぶすと甘い米菓子となる。
まだ温かいうちに袋に詰め、それを並んでいた子供達が受け取っていた。
冷めたポン菓子よりほんのり温かい出来立てのポン菓子は口に入れると米の味が濃くて美味しく感じるのは気のせいだろうか。
子供達がポン菓子作りを興味深そうに眺め、足を止めて親に一袋買ってもらっていた。

「食べたーい」

「お嬢さん、焼き玉蜀黍はどうですか」

「玉蜀黍も食べたい!……あ、でも」

兎々子は焼き立ての玉蜀黍に手を伸ばして止めた。

「有浄さんを探してるの。後で有浄さんと合流してから、食べるわ。三人分、残しておいてね」

「へぇ。一之森いちのもり神社の有浄ですか。そういえば、さっきこの前を通ったような気が」

「本当!?」

「やっぱり先にきていたのか」

「この先ね、ありがとう、テツ!」

いつもなら食べきれないほど夜店で買い食いをする兎々子も有浄と合流するほうが先だと思ったらしい。
アイスクリームを食べにこなかった時点で気になっていたのは俺だけじゃなかったようだ。

「いつもの洋装姿で気取ってましたよ。こっちが話しかけても知らん顔でさっさと行きやがって」

ブツブツとテツは文句を言っていた。
いつもの洋装姿?
毎年、夏祭りには松葉模様の浴衣を着ていたはずだ。
わずかな違和感を残しつつ、先を行く兎々子を追った。

「有浄さん、どこ行っちゃったのかな? すっごく見たい夜店があったとか? いろんなお店があるから見たい気持ちはわかるけど、一緒に見ればいいのにね」

「今年は二往復で済ませろよ」

「えー」

なにが『えー』だ。
去年は十往復もした。
俺も有浄もげんなりしていたが、兎々子だけは元気いっぱいだった。
荷物持ちとしているようなもので帰りには兎々子が買ったわけのわからないもので両手がふさがった。

「おい。安坊やすぼう! 今年はこっちで一局指していかないのか」

顔見知りの詰将棋つめしょうぎ屋が俺に声をかけた。
毎年、早指はやざしで一局指すのが恒例なっていた。
いわば、俺はカモ。
あいつのイカサマを見破れず、いつも負けている。

「今年は負けねえよ。後から寄るからな!」

俺が詰将棋屋に威勢のいいことを言っているうちに兎々子が先に進んでいた。
兎々子はきょろきょろと屋台を覗いてはあっちにふらふら、こっちへふらふらと忙しい。
やれやれとその後を追いかけるとなにか思い立ったのか兎々子が急に足を止めた。

「ね、安海ちゃん。祭囃子まつりばやしが聞こえない?」

「祭囃子?」

兎々子が言うように腹に響くような太鼓と軽やかな笛の音が夜店の並ぶさらに奥の方から流れてくる。
音に気をとられていると、俺の横をするりと通り抜けた黒い生き物がいた。

「猫……?」

そいつはいつも俺がエサをやっている黒猫だった。
緑の瞳に黒い毛並み、尻尾を左右に振り、悠然と歩く姿はどこか有浄に似ていた。
その黒猫が兎々子の前に出る。

「猫さんもお祭りが好きなのね」

猫をなでようとした瞬間、黒猫はさっと兎々子の手を避けた。

「あ! 待って」

兎々子が猫を追いかけて走り出したのを見て既視感を覚え、俺は慌てて追いかけて行ってその腕をつかんだ。

「兎々子! そこから先に進むな!」

「安海ちゃん?」

祭囃子の音が止む。
―――やられた。

たぬきは人を化かすだけじゃない。祭りがないのに祭囃子の音が聴こえてきたら注意するんだよ。それは狸囃子たぬきばやしといって人の気を引いて向こう側に連れていくんだ』

今になって有浄が言っていたことを思い出していた。
その向こう側とは人が足を踏み入れてはならない異界のことを言っていたのだと俺は身をもって知ったのだった。
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