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第六話 夏の合戦~夜空の下の七夕流し~
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初めて小豆を炊いたのと同じ工場で俺は今、素麺をゆでている。
それも全力で。
七夕には素麺を食すもの。
その慣例に倣い七夕流しが終わった後は俺の家で素麺を食べるのが毎年のこととなってる。
あんこは横に置いといてだ。
素麺のゆで加減に関して俺は天才的と言えよう。
その歴はあんこより長い。
たっぷりのお湯に麺をばらっといれ、箸をすばやくサッと入れる。
ここからが肝心だ。
麺のコシを残すため、食べてちょうどいいと思う一歩手前で止めるのだ。
止めた後、わずかに素麺に火が入る具合を見極める。
ぶくぶくと白い気泡がいくつもあがり、吹き零れそうになったところで足し水。
「今っ!」
素麺を冷たい水にとり、しっかりぬめりをとってザルにあげる。
細く白い素麺を一筋、口にした。
「俺の素麺は完璧だな」
コシを殺さず、つるりとした喉ごし。
素麺ゆでの天才、ここに有り!
「夏はやっぱり素麺だな」
出来上がった素麺を茶の間に運んでいくと、そこには有浄が買ってきた西瓜が切ってあり、洋食屋『カネオカ』のおばさんが作ってくれた出汁のきいためんつゆが茶碗に入っていた。
そして、兎々子が刻んだらしい粗い青紫蘇と青葱がちゃぶ台の上にあった。
「安海ちゃん、素麺できたの?」
「ああ」
「安芸おばあちゃんの朝顔のつぼみ、ちゃんとできてるね。今年も咲きそうでよかった」
兎々子は庭で朝顔を見ていた。
ばあさんが育てていた朝顔の種を毎年収穫して植えているのだが、今年も無事咲きそうだ。
咲くかどうか一番気にしているのは俺じゃなくて兎々子だ。
毎年、俺の家の庭にやってきてばあさんと朝顔が咲くのを眺めていたのは兎々子だった。
だから、咲かなかった時のために似た朝顔を探しておこうと思ったのかもしれない。
ばあさんが帰ってきた時、がっかりしないように。
「おい。麺がのびるぞ」
庭いる二人のために縁側の方へ素麺と西瓜を運んで置いた。
食い意地がはった二人は慌てて集まってきた。
「安海ちゃんって本当に素麺を茹でるのと和菓子を作るのだけは上手よね」
「安海は小さい頃から素麺を茹でるのだけは褒められていたからなー」
「おい。俺の取り柄がそれだけみたいな言い方はやめろ」
毎年やっている七夕の夜と同じように縁側に並んで素麺と西瓜を食べた。
西瓜はじいさんの好物だった。
夏はこれがなくちゃ始まらねぇとよく言っていた。
江戸時代の西瓜は甘くなかったそうで、じいさんが最近の西瓜は菓子みたいに甘くなったもんだなと食べるたびに言っていたのを思い出す。
「兎々子、西瓜を食いすぎるなよ」
兎々子は半分以上西瓜を一人で食べたことがある。
すでにけっこう食べていたようだが、それを没収して俺が代わりに食べた。
恨めしい顔をされたが、知らん顔をして俺と有浄は西瓜の皿をからにした。
後々、妖怪タヌキじじいや鬼瓦の親父に怒られるのは俺達二人だ。
ザル一杯にあった素麺とスイカを食べ終わると、新しい蚊取り線香に火をつけて縁側に置く。
赤い色が線香の先に灯り、白く変わると線香の細い煙が空に向かって線を描いた。
「今年の七夕は天気が良くてよかった! 天の川がはっきりと見えそう」
兎々子が無邪気に笑い庭に出て空を見上げていた。
雲ひとつない夜空には星が無数に見えた。
縁側に座りながら、その空を眺めていると隣にいた有浄が言った。
「なあ、安海。多助さんや安芸さんに会いたくないか?」
「なんだよ、急に。まあ、織姫と彦星の話じゃないが、一年に一回くらいは顔が見たいかもな」
見たくないとは言えなかった。
上海にいる両親からはたびたび手紙が届いている。
両親の心配はしていないが、じいさんとばあさんは書き置き一枚残していなくなり、手紙すら一通も届いてない。
一年に一回くらい連絡を寄越せよと思ってしまうのも仕方のないことだろう。
「そうだよな」
「会いたいのは有浄も同じだろ? お前のことは孫同然にじいさんもばあさんも可愛がっていたからな」
「うん、そうだ……」
「けど、まあ、どっかで元気にやっているだろ。それぞれがやりたいことをやるのが千年屋の家風だからな」
学校を卒業して両親に相談もなく和菓子職人になった俺だが両親はなにも言ってこなかった。
まあ、お前もそっちで頑張れよくらいの反応だったような気がする。
自由にやるのはお互い様といったところだろう。
「安海は和菓子職人にならなかったら、どうしてた?」
有浄が逸嵩が口にするようなことを言うのは珍しい。
これは俺への本気の問いかけだ。
だから、俺は真剣に真顔で答えた。
「落語家になっていただろうな」
「それだけはない」
否定がはえーよ。
俺の夢を秒で粉砕するなよ。
「安海が和菓子職人でよかったよ」
「そりゃどうも」
落語家より和菓子屋職人のほうがいいなら、俺はおとなしく和菓子を作っていようと思った。
それ以上にやりたいことなど俺にはないのだから。
「安海の琥珀糖。うまかったよ。多助さんの味に似てた」
「そうか」
それなら、よかった。
俺はじいさんが作っていた味を覚えている。
目指している味はじいさんか、それ以上。
あの不味いあんこを作っていた時よりは俺も少しは成長しているようだ。
今一番、俺が作った和菓子を食わせたいのはじいさんかもしれない。
じいさんが西瓜以上にうまいと言ってくれたら、俺は和菓子職人として一人前になれたと実感できるんじゃないだろうか。
数多の星が連なる天の川を眺めながら、じいさんとばあさんの顔を久しぶりに思い出していた。
隣にいた有浄が二人の行き先を知っているとも知らずに。
【第六話 夏の合戦~夜空の下の七夕流し~ 了】
【第七話 闇色のしっぽと祭囃子~夏の夜船~ 続】
それも全力で。
七夕には素麺を食すもの。
その慣例に倣い七夕流しが終わった後は俺の家で素麺を食べるのが毎年のこととなってる。
あんこは横に置いといてだ。
素麺のゆで加減に関して俺は天才的と言えよう。
その歴はあんこより長い。
たっぷりのお湯に麺をばらっといれ、箸をすばやくサッと入れる。
ここからが肝心だ。
麺のコシを残すため、食べてちょうどいいと思う一歩手前で止めるのだ。
止めた後、わずかに素麺に火が入る具合を見極める。
ぶくぶくと白い気泡がいくつもあがり、吹き零れそうになったところで足し水。
「今っ!」
素麺を冷たい水にとり、しっかりぬめりをとってザルにあげる。
細く白い素麺を一筋、口にした。
「俺の素麺は完璧だな」
コシを殺さず、つるりとした喉ごし。
素麺ゆでの天才、ここに有り!
「夏はやっぱり素麺だな」
出来上がった素麺を茶の間に運んでいくと、そこには有浄が買ってきた西瓜が切ってあり、洋食屋『カネオカ』のおばさんが作ってくれた出汁のきいためんつゆが茶碗に入っていた。
そして、兎々子が刻んだらしい粗い青紫蘇と青葱がちゃぶ台の上にあった。
「安海ちゃん、素麺できたの?」
「ああ」
「安芸おばあちゃんの朝顔のつぼみ、ちゃんとできてるね。今年も咲きそうでよかった」
兎々子は庭で朝顔を見ていた。
ばあさんが育てていた朝顔の種を毎年収穫して植えているのだが、今年も無事咲きそうだ。
咲くかどうか一番気にしているのは俺じゃなくて兎々子だ。
毎年、俺の家の庭にやってきてばあさんと朝顔が咲くのを眺めていたのは兎々子だった。
だから、咲かなかった時のために似た朝顔を探しておこうと思ったのかもしれない。
ばあさんが帰ってきた時、がっかりしないように。
「おい。麺がのびるぞ」
庭いる二人のために縁側の方へ素麺と西瓜を運んで置いた。
食い意地がはった二人は慌てて集まってきた。
「安海ちゃんって本当に素麺を茹でるのと和菓子を作るのだけは上手よね」
「安海は小さい頃から素麺を茹でるのだけは褒められていたからなー」
「おい。俺の取り柄がそれだけみたいな言い方はやめろ」
毎年やっている七夕の夜と同じように縁側に並んで素麺と西瓜を食べた。
西瓜はじいさんの好物だった。
夏はこれがなくちゃ始まらねぇとよく言っていた。
江戸時代の西瓜は甘くなかったそうで、じいさんが最近の西瓜は菓子みたいに甘くなったもんだなと食べるたびに言っていたのを思い出す。
「兎々子、西瓜を食いすぎるなよ」
兎々子は半分以上西瓜を一人で食べたことがある。
すでにけっこう食べていたようだが、それを没収して俺が代わりに食べた。
恨めしい顔をされたが、知らん顔をして俺と有浄は西瓜の皿をからにした。
後々、妖怪タヌキじじいや鬼瓦の親父に怒られるのは俺達二人だ。
ザル一杯にあった素麺とスイカを食べ終わると、新しい蚊取り線香に火をつけて縁側に置く。
赤い色が線香の先に灯り、白く変わると線香の細い煙が空に向かって線を描いた。
「今年の七夕は天気が良くてよかった! 天の川がはっきりと見えそう」
兎々子が無邪気に笑い庭に出て空を見上げていた。
雲ひとつない夜空には星が無数に見えた。
縁側に座りながら、その空を眺めていると隣にいた有浄が言った。
「なあ、安海。多助さんや安芸さんに会いたくないか?」
「なんだよ、急に。まあ、織姫と彦星の話じゃないが、一年に一回くらいは顔が見たいかもな」
見たくないとは言えなかった。
上海にいる両親からはたびたび手紙が届いている。
両親の心配はしていないが、じいさんとばあさんは書き置き一枚残していなくなり、手紙すら一通も届いてない。
一年に一回くらい連絡を寄越せよと思ってしまうのも仕方のないことだろう。
「そうだよな」
「会いたいのは有浄も同じだろ? お前のことは孫同然にじいさんもばあさんも可愛がっていたからな」
「うん、そうだ……」
「けど、まあ、どっかで元気にやっているだろ。それぞれがやりたいことをやるのが千年屋の家風だからな」
学校を卒業して両親に相談もなく和菓子職人になった俺だが両親はなにも言ってこなかった。
まあ、お前もそっちで頑張れよくらいの反応だったような気がする。
自由にやるのはお互い様といったところだろう。
「安海は和菓子職人にならなかったら、どうしてた?」
有浄が逸嵩が口にするようなことを言うのは珍しい。
これは俺への本気の問いかけだ。
だから、俺は真剣に真顔で答えた。
「落語家になっていただろうな」
「それだけはない」
否定がはえーよ。
俺の夢を秒で粉砕するなよ。
「安海が和菓子職人でよかったよ」
「そりゃどうも」
落語家より和菓子屋職人のほうがいいなら、俺はおとなしく和菓子を作っていようと思った。
それ以上にやりたいことなど俺にはないのだから。
「安海の琥珀糖。うまかったよ。多助さんの味に似てた」
「そうか」
それなら、よかった。
俺はじいさんが作っていた味を覚えている。
目指している味はじいさんか、それ以上。
あの不味いあんこを作っていた時よりは俺も少しは成長しているようだ。
今一番、俺が作った和菓子を食わせたいのはじいさんかもしれない。
じいさんが西瓜以上にうまいと言ってくれたら、俺は和菓子職人として一人前になれたと実感できるんじゃないだろうか。
数多の星が連なる天の川を眺めながら、じいさんとばあさんの顔を久しぶりに思い出していた。
隣にいた有浄が二人の行き先を知っているとも知らずに。
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