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第六話 夏の合戦~夜空の下の七夕流し~

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「よくわかったな!」

偽者の有浄ありきよは大げさなくらい驚いていた。
むしろ、こっちが偽者に気づかないと思った理由を教えて欲しいくらいだ。

「寝ぼけたような顔をしているから容易たやすい奴だと思っていたが、さすがあの底意地の悪い陰陽師の仲間だ」

「勝手に仲間にするな。腐れ縁だ」

「むう……。前評判じゃ怠け者でうだつが上がらない男だという調べだったのだが」

俺は無言で懐に隠し持っていた小豆をばらっと投げつけた。

「い、いてっ!」

さらに塩壺からひとつかみの塩を問答無用でふりかけた。
誰が怠け者でうだつが上がらないだ。
失礼にもほどがある。
俺を怠け者呼ばわりとは悪霊かもしれない。
きっとそうだ。
有浄の姿のせいかよけいに腹が立ち、全力で塩をばさっとかけてやった。

「ぎゃあっ!」

かえるが潰れたような声を出したかと思うと、有浄の姿が消えて小さくなった。

「ん? しまった! ナメクジだったか!?」

俺としたことが無用の殺生せっしょうをしてしまったかとあたりを見回すと足元に一匹のコロンとしたたぬきがいた。
茶色の毛に黒くつぶらな瞳。
狐とは違ってどこか愛嬌のある顔をした動物だ。

「山の王たる狸に向かってナメクジだと!? この立派な毛皮が見えないか! ボンクラ店主!」

「山の王はさすがに調子に乗りすぎだろ。本物の山の王に謝っとけよ。狸にボンクラ呼ばわりされる覚えはない。それから、生き物は立ち入り禁止だ」

ひょいっと狸を持ち上げると店の外に放り出した。

「こらっー! ちょっとはこっちの話を聞け!」

「聞くわけねーだろ。そのままポンポコ山だかカチカチ山だか知らないが、とっとと山に帰れよ」

まったく山に住む生き物が気軽に里に下りてくるなよ。
狸はしつこく店の前で暴れようとしたが、そこへ近所のおばちゃん達がやってきた。

「あら、もしかして狸じゃない?」

「珍しわねぇ」

「狸を捕まえて狸汁にしちゃう?」

「いいわねぇー」

どこから持ち出したのか、猟師が使う網や鳥を捕まえる時に使う籠を手にしたおばちゃん達が続々と家から出てきた。
狸はひえっと飛び上がり、走って逃げ出した。

「そっちに逃げたわよ!」

「足の速い狸だねっ」

よしよし。
今日も町内の平和はおばちゃん達によって、しっかり守られている。
怪しげな狸一匹近寄れない。
それはいいのだが、なぜ(よりにもよって)有浄に化けたのだろうか。
他に化けられそうな善良な人間はいなかったのか?

「あの狸、いったいなんだったんだ……?」

硝子戸を開けて狸が走り去った方角を眺め、考えていると逆方向から声がした。

安海やすみ。風邪なのに起きていて大丈夫なのか?」

白鼠しろねず色をしたちりめん生地の着流し姿という涼し気な格好で現れたのは本物の有浄だった。
黒の足袋に草履、透かし紋様が入った波の絵の扇子をはためかせ、もう片方の手には青海波せいがいはの風呂敷包みを持っていた。
今日の有浄は和装で涼し気な夏の装い。
どこぞの若旦那のような格好で有浄は和装になっても身だしなみに手を抜かない。

「風邪だ。横になっていたんだが、ついさっきまでお前の偽者が来ていたんだよ」

「偽者?」

「お前の知り合いみたいだったぞ。心当たりがあるだろ? 胸に手をあてて考えてみろよ」

有浄は言われて胸にそっと手をあてた。

「うーん。心当たりが多すぎるなー」

その返事に立ち眩みが起きた。
熱があがってきたかもしれない。
ふらふらとしながら店の中に入り、茶の間に戻って横になった。
本物の有浄は勝手知ったるというように茶の間まで入ってくると持ってきた風呂敷の結び目をほどき、ちゃぶ台の上に重箱を置いた。
その重箱は俺がいなり寿司を持って行った時の重箱で中身はうなぎの蒲焼だった。

「安海が風邪をひいたと聞いたから鰻の蒲焼を買ってきた。どうせ夕飯を作るのが面倒でお茶漬けばかり食べていたんだろうと思ってね」

有浄にまで逸嵩はやたかと同じことを言われてしまった。
タレの甘辛い香りが漂ってきた。
焼き立てなのかまだほんのり温かい。
今食べると鰻の身はふっくらし、焦げたところがほんのり苦くてぱりっとしていて、さぞやうまいだろう。
一口食べてから眠ろうかと俺が重箱に手を伸ばした瞬間、有浄がちゃぶ台の上に粥と卵焼きがあることに気づいて驚愕の声をあげた。

「まさか、これを兎々子ととこちゃんが作ったのか!?」

「そんなわけあるかっ!」

「まあ、今のは冗談だよ」

「有浄さん、こんにちは。なにが冗談なの?」

ちょうど豆腐屋から帰って来た兎々子が庭から有浄をじろりとにらみつけた。

「えーと、うん……あー、豆腐?」

すいっと有浄は兎々子から不自然に目を逸らした。

「そうよ。安海ちゃんに頼まれて夕飯のお豆腐を買いに行ってきたの。ちゃんと買えたんだから!」

「それはよかった。台所に置いといてくれ」

誇らしげな顔をした兎々子が手にしている鍋の中には白い豆腐が一丁ぷかりと水に浮かんでいる。
夕飯には茗荷みょうが紫蘇しそねぎを細かく切って山盛りにのせ、冷奴ひややっこにして食べようと決めた。
夏はやっぱり冷奴に限る。

「兎々子ちゃん。無事の帰還、おめでとう」

「失礼ね! 私だって豆腐屋におつかいくらいできるわよ」

有浄の言葉に兎々子は頬を膨らませた。
だが、前回のとんびに油揚げ事件を俺は忘れていない。
そして、濡れた手ぬぐい窒息事件もな。
思い出しただけでドッと疲れが出た。

「あら? 有浄さん、さっきは洋装姿じゃなかった?」

「そうだったかな」

有浄はとぼけたふりをして兎々子をかわした。
兎々子は不思議そうな顔をしていたが、豆腐の鍋を持って台所へと入っていった。
それを見届けると有浄は真面目な顔をして俺に言った。

「それで、逸嵩はやたかはなんの用事だったんだ?」

「さあ? また来ると言って特に用事はなにも告げずに帰ったぞ」

「なるほどね。あいつが悪いわけじゃないけど、やってる仕事はどうしても好きになれない」

間違いない。
これは本物の有浄だ。
いつもの有浄で安心した。

「安海。俺の偽者ってどんな偽者だった?」

「狸がお前に化けていた。お前のことを底意地の悪い陰陽師だって言ってたぞ」

それは大正解なのだが、俺が怠け者でうだつのあがらない店主と言われたことは伏せておいた。

「底意地の悪いねぇ」

有浄は立ち上がり、店の方へ行くと狸が忘れて行った重箱を持ってきて俺に見せた。
重箱だったはずの物はぼろぼろの木箱で中身の麦饅頭は石ころになっていた。

「うーん。おかしいな。狸に恨まれるようなことをした覚えはないんだけどなー」

有浄は腕を組んで天井を仰ぎ見た。

「お前に覚えがなくても向こうにはあるだろう」

「中身まで俺にそっくりだった?」

「いや、まったく。安心しろ。お前の悪さを完全に表現するのは至難の技だ。どんな凄腕の狸といえど無理だろう」

「ふぅん、まあ、それならいいか。特に害はなさそうだしね」

よくねーよ。
今のところは反省するところだろ!?
そう思っていると台所から兎々子が戻って来た。
得意顔が恐ろしい。
次はなにをやらかしたんだと震えながら、兎々子を見るとスッとどんぶり茶碗を俺にみせた。

「安海ちゃん。これを冷奴にかけて食べるといいわよ!」

細かく刻まれてない葱などの薬味がどんぶり一杯分、山盛りになっていた。
なかなか戻ってこないと思ったら、薬味を切っていたらしい。
冷奴が埋もれるくらいの薬味の量である。
薬味が主で豆腐がおまけになるくらいの量っておかしいだろ!?

「兎々子ちゃん、気が利くねー」

「そうでしょ!」

「それじゃあ、俺がお祓いをしようか。病魔退散!」

「私は頭の上のてぬぐいを取りかえてあげるわね」

「いいから、お前らは帰れよ! 俺は休みたいんだよっ!」

狸やあやかしなどはまだ可愛い。
小豆や塩で追い払える。
だが、こいつらにはまったく効き目がない。
そう思うとまだ狸のほうがマシな気がした。
だが、狸達はまだ諦めていなかったのである。
有浄だけでなく、俺や兎々子にまでちょっかいをかけてくるとは少しも考えていなかった。       
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