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第五話 憧れの女学生らいふ~季節外れの雪と溶けない氷~

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藤仙とうせん先生は逸嵩はやたかのことを鮮明に思い出したのか可笑しそうに笑った。

「なかなか面白い男だった。職業は議員らしいけど、あれは完全に実業家だね。議員はただの踏み台でいずれ議員を辞めて国を動かす要職に就くよ」

「そんな大物になりますかね」

俺はあの逸嵩がね、というかんじだったが、藤仙先生はそうではないらしい。

「僕の絵を使いたいと言ってきたけど断ったんだ。政治色の強いものはちょっとね。気を悪くするかと思ったけど、あっさり引き下がった。芸術やおもむきを理解しない男だけど、悪い人間ではなさそうだ」

逸嵩に趣を求めるほうが間違っている。
俺と有浄ありきよは苦笑した。
実際、大学時代にかえるが飛び込むのを表現しろと言われた時に作った俳句は酷いものだった。

『緑色 池に飛び込む ボッチャン』

だもんな。
ボッチャンという音から、俺がけっこう大きめの蛙だよなと聞いたら『いや、緑色だから緑蛙』と答えてきた。
そんな大きい蛙いねーよっ! と、周りから言われても平気な顔をしていた逸嵩。
だが、俺は気づいてしまった。
緑蛙を捕まえようとしたぼっちゃんが池に蛙と一緒に飛び込んだということを伝えたかったのだと!
もしかすると、あいつは俺の最大のライバルかもしれない。
いや、天才か……!

「逸嵩は贋作がんさくが出回っていることを知らせに来たというより人気画家の藤仙先生に政府の仕事を宣伝するようなものを描いて欲しかったというのが本当のところでしょうね」

有浄の言葉に藤仙先生はうなずいた。
逸嵩はいったいなんの仕事をしているんだ。
最近、行く先々さきざきであいつの名前を耳にするが、それだけ忙しいということなのだろうか?
それとも俺が出不精でぶしょうなだけか?

「偽物は偽物でしかない。わかっているけど、気分はよくない。だって、それを僕の作品として買った客がいるってことだよ? 騙された人間がいると思うとまったくやるせないよ」

藤仙先生の言葉にユキがわずかに表情を強張こわばらせた。

「そうですよね! 許せないです。先生の絵は私達にとって神の作品にも等しいですから!」

そんなにか!?
俺が驚いて兎々子を見るとその隣でユキも真剣な顔をしてうなずいていた。

「そこまで僕の絵を気に入ってくれているのなら、向こうの部屋にある絵を見ているといいよ。どうせ有浄君の話を彼女達が聞いても楽しくないだろうし」

「はいっ! いこっ! ユキちゃん」

兎々子とユキは藤仙先生の言葉にあっさり従った。
二人は部屋を出て広い座敷のほうへと行ってしまった。
姿が見えなくなるとそれを待っていたかのように有浄が口を開いた。

「本題の掛け軸と手土産です」

有浄が差し出したのは二つ。
黒糖饅頭の包みと掛け軸の包み。
藤仙先生はにやりと笑った。

「だから僕は君だけには居留守を使わず、ちゃんと家の中にあげるようにしているんだ。有浄君は僕を退屈させない。そんな人間はそう多くないからね」

藤仙先生は俺と有浄より年上だろうが、その顔の表情は冒険にでかける前の少年のように輝いて見えた。
黒糖饅頭を一つまた一つと口に放り込んでいく。
そしてなにが楽しいのか、笑いながら掛け軸を眺めていた。

「絵の中の女性がどこへ行ったか有浄君は知っているんじゃないのかなぁ?」

「どうでしょう」

俺は有浄にわかるわけないだろと思って黙っていたが、藤仙先生は違っていた。

「気を付けなよ。君はあちら側に簡単に行ってしまいそうだ」

「あちら側?」

どちらだよと思いながら、藤仙先生に聞くと嫌な顔をされた。

「このぼんやりしたのが本当に和菓子屋の店主かい?」

「間違いなく千年屋ちとせやの店主ですね」

「君の菓子は繊細な味がするのになぁ。残念だな……」

目に見えて落胆された。
そんながっかりされるようなことか!?

「まあ、いいや。わかったよ。もう一度、望月子爵令嬢の絵を描こう。亡くなった娘さんの供養のためにもね。僕を退屈させなかったから、お代はいいよ」

「ありがとうございます」

有浄がわざわざここにやってきて、掛け軸を藤仙先生に見せた理由がやっとわかった。
消えた彼女の絵をもう一度描いてもらうためだった。
それは彼女のためというより、遺された家族のため。

「礼はいらない。実のところ僕もあの絵はちょっと心残りだったんだよね。まだそんなに売れてない頃だったから、子爵家の依頼は断れなかったんだけど。僕は結婚が決まって幸せな顔をしているご令嬢を描くつもりだったんだよ」

月見草だけになったからっぽの絵を眺め藤仙先生は言った。

「それが会った彼女はとても悲しい顔をしていた。だから、僕は彼女が結婚したくないのだとわかった。彼女の本心を両親にそれとなく伝えるため、憂いを帯びた彼女の表情そのままを絵にした」

確かに悲しい顔をしていると思っていた。
あの絵にそんな意味があったとは知らなかったが、両親が浮かない顔をした娘に気づいていなかったとは思えない。

「後悔していらっしゃるだろうと思っていましたよ」

「有浄君。助かったよ。僕の絵は幸せな気持ちになれるような絵でなければ嫌だ。遺された彼女の両親が絵を見る度に娘の笑顔を思い出せる絵にしようと思う」

藤仙先生は有浄に深々と頭を下げた。
有浄にはわかっていたのだ。
両親だけでなく、藤仙先生も悔やんでいたことを。
藤仙先生のプライドを傷つけないように俺達を口実にしてうまく引き受けさせた―――

「有浄の術には敵わないな」

気づいたら、いつも有浄の手の内だ。

「陰陽師だからね」

「そこは神主って言えよ」

わざわざ胡散臭い方の職業を選ぶなよ。
ちょっと見直したらこれだ。
俺と有浄はお互いの顔を見て笑いあった。
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