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第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~

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雨粒が頬に落ちた時、手にしていた和傘を広げ、兎々子ととこの頭の上にもかぶせてやった。
弱い雨が傘を叩く音がした。
コウモリ傘とは違う和傘にあたる雨の音はどこか懐かしく耳に心地いい。

安海やすみちゃん、どうして雨が降るってわかったの?」

「ちょっとな」

どうせ説明したところで兎々子は怪談だの、幽霊だのと大騒ぎするに決まっている。

「あっ! 見て。花嫁さんがきたよ」

兎々子が指差したほうから、紋付き袴と黒留袖、後方には嫁入り道具を担いだ唐笠の一団が続く。
立派な嫁入り行列がやってきた。
普通の嫁入り行列に見えるが、ゆっくりとその行列は進み、足の重さを感じさせない。
俺達の前を通りすぎ、石段を一段一段のぼっていく。
目の前にはたくさんの和傘が広がり、傘の上で雨が踊る。

「わぁー! 素敵!

兎々子のはしゃいだ声に気付いたのか、白無垢姿の花嫁がこちらに顔を向け、和傘の下で俺と兎々子に微笑んだ。
微笑んだ口元にはほくろがあった。

「あれ?ほくろ……」

兎々子もなにかに気づいたようだった。
そして、花嫁が通り過ぎると、その後ろを歩いていた黒留袖の女が俺に小さく頭を下げたのが分かった。
俺も黙って会釈する。
こちらの方は目元にほくろがあった。
二人はほくろ以外はそっくりでまるで対のようだった。
ぞろぞろと黒の留袖を着た女や紋付袴の男が俺と兎々子の前を通りすぎていく。
俺達は邪魔にならないように石段の下で待った。
兎々子はきれーいとか、すごーいとか、のんきなことを言っていたが、気づいているのだろうか。
雨だというのに着物には雨の雫がつかず、濡れていないということを。
行列の一番後ろには嫁入り道具を背負った者達ついてくる。
動きやすいように和傘ではなく、頭に唐笠からかさをかぶっていた。

「花嫁さん、すごく綺麗ね」

「そうだな」

行列の後ろにつき、俺と兎々子は社殿に向かう石段をのぼった。
雨に濡れた石段をのぼりきったところに白い装束を着た有浄が立っていた。
いつもは洋装で胡散臭い有浄も神主らしい服装をするとちゃんとした神主に見えた。

「有浄さん。長くお世話になりました」

花嫁が深々と頭を下げた。

「世話になったのはこっちのほうだよ。今までありがとう」

「心にもないことをおっしゃって」

「本心だよ」

有浄は白無垢の花嫁の前を歩き、社殿の中へといざなう。
いつになく、有浄は優しい顔で俺も兎々子も社殿の中へ入ってはいけないような気がして、社殿前で待っていた。
行列が吸い込まれるように社殿の中へと消えていく。
花嫁衣装のような淡い白の光がふわりと浮いて、真昼の月のように明るい光の中に溶けてなくなった。

「どうか幸せに」

有浄が花嫁にかけた最後の言葉もどこか淡く、そして雨と共に消えた。
晴れた空は変わらぬ青空のまま。
まるで短い夢を見ていたようだった。

「あれ? 花嫁さん達はどこ?」

きょろきょろと兎々子があたりを探していたが、有浄がそんな兎々子を見て笑って答えた。

「もう行ってしまったよ」

名残惜しげに有浄は社殿のほうを眺めていたが、そこには緑のさかきの葉が青々としているのが見えただけで、影も形も残っていなかった。

「ずいぶんと人間らしい花嫁行列だったな」

「そうならざる得ないのだろうね。だんだん、あやかし達は住みにくい時代になってきた。本当の姿を偽って人の姿を装うか、俺達が住む世界とは別の向こう側へ行ってしまうか―――もしくは消えるかだ」

そう言った有浄の顔が少しだけ寂しそうに見えた。

「今以上にこれからは人なのか、あやかしなのか、わからなくなるだろうな。人もあやかしも境目が曖昧になっていく」

俺にはわからない感覚だが、有浄にはわかるのだろう。

「そうか。有浄。これ、返しておく」

もういいだろうと俺は狐面を外した。
有浄に狐面を渡そうとしたけれど、受け取らなかった。

「それは安海と兎々子のものだ。持っているといい。あちら側にひきずりこまれないようにお守りとして必要だろうから」

「お前が持っていたほうがいいんじゃないか? あやしい奴らと付き合いが多いからな」

「俺はあやかしと人の橋渡し役だ。あちら側にはいかないよ。陰陽師だからね」

あやかしと人間の橋渡し役だから陰陽師か。
やれやれと俺は頭をかいた。

「安海が作ったお祝い饅頭をとても喜んでいたよ」

「そりゃよかった」

有浄はさらさらと装束の衣擦れの音をさせて近寄ると、兎々子に饅頭を渡した。

「有浄さん。食べていいの?」

「いいよ」

兎々子が箱をあけると紅白の薯蕷じょうよ饅頭が出てきた。

「かわいい! 狐のお饅頭ね」

狐の形をした饅頭に焼き印で狐の顔を描いた。
二匹の狐の顔にはほくろがひとつずつ。
口元と目元にほくろがある狐。

「お饅頭の皮がもっちりしていておいしーい!」

「滑らかなこしあんだね。口当たりがいい」

俺達は昔と同じように境内に並んで座り、饅頭を頬張った。

「それにしても、安海。よくわかったなぁ」

「お前の神社って言うから、思い出したんだよ。ほくろがある狐をな」

「たっ、たいへん! 有浄さん、狛犬がひとつしかないんだけどっ!」

空白の台座が寒々しい。

「そうなんだ。新しく探さないとね」

嫁にいっちゃったからなぁと有浄が頬をかいた。
残された狐の狛犬の目元にはほくろがひとつ。
黒留袖の女性と同じ場所にほくろがあった。

「うーん。さすがに一体だけじゃ、いろいろと厳しいな」

俺もその言葉にうなずいた。
狐でも狛犬と呼ぶ―――つまり。

「狛犬だけに困ったな」

有浄と兎々子がまた冷たい目で俺をみた―――笑えよ。
相変わらず、くだらない冗談には厳しい二人だ。

「さて、帰って昼寝でもするか」

「今日も『千年屋』は休みか」

「明日もだ。しばらく働くつもりはない!」

「正々堂々と休業宣言するなよ」

俺は空を見上げてあくびをひとつした。
空がだんだんと青さを増す。
八十八夜がすぎ、狐の嫁入りも終わると、夏が近づく。
そんな初夏の訪れを知らせるような青い空にはくっきりとした綺麗な虹がかかっていた。

【第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~ 了】

【第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~    続 】
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