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第三話 犬の住処探し~味は違えど柏餅~

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やっぱり普通の犬じゃなかったか。
残念だが、兎々子ととこ
俺は平和を愛する男。
じゃあなと硝子越しに無言でうなずいてみせた。

「へぇー。なかなかいい面構えをした犬だね」

さっきまでわれかんせずだった有浄ありきよが犬らしきものに興味をしめし、近寄ってきた。
そして店主である俺の許しもなく、有浄はガラガラと硝子戸を開けた。

「おい!? 有浄、なにしてるんだよ。やめろ!」

招き入れてどうするつもりだ!
さっきまで俺が軍師さながらの知謀と策略を駆使し、阻止してきた苦労がすべて水の泡となって消えてしまった。

「やあ、兎々子ちゃん。変わった犬を連れているね」

い、犬だと……!?
俺はガンッと戸に頭をぶつけた。
いや、有浄。
お前にもしっかり見えているよな?
この白くふわふわとした毛と赤い目だけならともかく、鋭い爪と牙は犬と呼ぶには無理がある。

「こんにちは。有浄さん。可愛い犬でしょ」

兎々子の腕の中にいる犬が有浄に唸っていた。
それに気づいてないのか、兎々子はふかふかの毛を丁寧になでていた。
悪い気はしないらしく、もっとなでよというように兎々子にぐりぐりと頭を押し付けていた。
おい、ちょっと調子に乗ってるだろ。
この犬モドキめ。

「可愛くない。どうでみても俺と有浄に噛みつこうとしている」

「犬は自分のことが好きか嫌いか、わかるんだって」

「いや、あのな。そろそろ気づけよ。それ犬じゃない……」

「そうなの。太郎ちゃんっていうの」

「いや、しれっと名前つけんな」

「そうだね。可愛い犬だね」

有浄がニコニコしていた。
犬モドキがワンワンッと吠えても、有浄は気にしていない。
俺の時よりも激しく吠えられている。

「有浄さんと相性が悪いみたい。安海ちゃん、太郎ちゃんのこと面倒見て―――」

「断る」

なに言ってるんだ。
俺が犬モドキを飼うなんて冗談じゃない。
ふさふさした白い毛までは良しとしても赤い目の中に金色の模様が見える。
これはやばい。
ただのあやかしではないぞと有浄を見た。

「わかったよ。俺が引き受けよう」

そう有浄が言った瞬間、犬が兎々子の腕の中から逃げようと暴れだした。

「あれー? なにが気に入らないのかな」

手を伸ばした有浄だったが、兎々子がその手をサッと避けてかわした。
本能的に太郎を守ろうとしてか、絶対渡そうとはしなかった。

「ごめんなさい。太郎が嫌がっているから有浄さんにはお願いできないわ」

「えー? 俺に預けたほうがいいと思うよ。なあ? 安海?」

俺に同意を求めるなよ。
だが、俺が引き取ることはできない。
兎々子の腕の中にいる犬と目が合った。
俺にも唸っているところを見ると、犬モドキは兎々子と一緒に居たいらしい。
まあ、兎々子に懐いているようだし、悪さはしないだろう。

「知ってるか、有浄。昨今さっこんじゃ洋犬が輸入されて軍用犬にもなってるらしいぞ。俺はこれは新種の洋犬だと思う」

兎々子が真剣な顔で俺の話を聞いていた。
ただし、有浄のほうは俺の意図するところを理解したようで苦笑していた。

「それも珍しい犬だ。もしかすると家で飼ってもいいと言われるかもしれないぞ」

「だめなの。お父さん、犬に噛まれたことがあって……。それ以来、犬が苦手なの」

「とりあえず、話だけしてみろよ」

「うん……。わかった。説得して太郎を飼えるように頑張ってみる」

兎々子はしょんぼりとうつむいた。

「仕方ないだろ。有浄のところならともかく、俺も食べ物を扱ってるんだから、飼えないのはわかるだろ?」

「猫にはエサをあげてるくせに」

「ぐっ……! なぜそれを」

「勝手口の前に小皿が置いてあったもん」

「飼っているわけじゃない。食べたらすぐにいなくなるただの可愛い野良猫さんだ。けど、犬は面倒を見るのが大変だろう?」

「散歩なら私がやるから! 亀の散歩はちゃんとさせてたでしょ!」

「ちゃんとしてなかっただろ!? 散歩させるって言って、亀を歩かせているうちに姿が見えなくなったのを忘れたか」

草むらに亀を放ち、その後ろをついて歩いていた兎々子。
亀を眺めていたところまではいい。
途中で兎々子は甲羅を洗ってあげようと思いたち、水を汲みに行った。
そして事件は起きた―――その隙に亀が逃走したのだ。
けど、亀だ。
普通に考えたら、そんな早く歩けないと思うだろ?
それをあっさり逃がしてしまう兎々子。
亀にまで逃げられる兎々子の鈍さよ。

「大事にしてたのになにが不満だったのかなぁ……」

「知るか。とにかく、犬は飼えない。犬だけにかなワン。なんてな」

場が凍りつき、静まり返った。
兎々子と有浄の冷たい反応が辛い。

「……ワン」

あっ! くそ!
なんか犬モドキにまで馬鹿にした目で見られ、同情までされてしまった。

「そうだよね……。安海ちゃんはほとんど和菓子を作ってないけど、和菓子屋さんだもんね」

「嫌味かよ」

「事実だよ」

すかさず、有浄が合いの手を入れた。
こいつ、こういう時だけ早いな。

「私、お父さんをなんとか説得して、太郎ちゃんを飼えるようにかんばる!」

「俺が引き受けても構わないんだけどなー」

有浄の言葉に犬モドキはぶるぶると首を横に振った。
あいつは危険だと野生の勘が働いたようだ。
犬モドキ、安心しろ。
その勘は間違ってない。
兎々子は有浄の申し出を軽く無視して俺に言った。

「お父さんが好きだからちまきをもらっていくね! これを食べさせてなんとかしてみる。なにか効果があるかもしれないし」

俺が作った粽を怪しげな薬のように扱うのはやめてほしい。
だが、それで機嫌を取ることくらいはできるだろう。

「ああ、健闘を祈る」

「うん! 安海ちゃん。粽をありがとう」

兎々子は自分の家で飼うことに決め、犬モドキと粽の束を抱えて走っていった。

「無理だと思うなー」

兎々子の背中を見送った有浄がそんなことを言った。
洋食屋『カネオカ』の店主である兎々子の父親を説得させるのは至難の技だ。
俺と有浄の姿を見ると、まるでゴキブリでも見たかのように嫌な顔する。
有浄はともかく、俺は無害な一般市民だということをいつになったらわかってもらえるのだろうか。

「あーあ。かわいそうに。きっと兎々子ちゃん、今日の晩ご飯は抜きだろうなぁ」

ズキッと俺の良心が痛んだ。

「もしかしたら、廊下で正座かも」

「……明日、柏餅を持って兎々子の様子を見に行ってみるか」

「そーだねー。なに食べようかな」

「お前も行くのかよ」

「もちろん。せっかく洋食屋『カネオカ』に行くんだ。なにか食べようぜ。ライスカレーかハヤシライスか。どっちがいいかな」

「好きにしろよ」

俺は明日の柏餅のために小豆を洗うことにした。 
たすきを再び手にして、やれやれとため息をついた。
今日の俺は勲章をもらってもいいくらい働いている気がする。
石畳の道を牛が荷物を背負い、通りすぎていった。
うん、お互い大変だよな。
俺が前より牛のことが好きになったことはいうまでもない。
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