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第二話 薬狩りの月~緑葉の菓子~
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襷をつけ和帽子をかぶり、工場に入る。
『千年屋』は大きな店ではない。
だが、初代のおかげで道具だけは立派なものが揃えられ、新しもの好きな二代目がいち早く取り入れた瓦斯コンロまである。
工場は狭いが、不便はない。
着物の下に着ていたシャツのカフスボタンをはずし、まくりあげた。
まずは寒天のかたまりを取り出し、ちぎって水の中に浸す。
そして、昨日の残りのこしあんを作業台に置いた。
俺のじいさんが作るこしあんは薄く伸ばすと布地のように滑らかで光沢があった。
単純で誰にでもできると思われがちだが、こしあんは誰が作っても同じというわけではない。
力量がはっきりとでる。
これが今の自分の力そのものだ。
自分が作ったこしあんの山から、あんを手に取り、丁寧に丸めていく。
丸めたものは木の番重に等間隔に並べ、整然とした列を作った。
こしあんの球体は大きさも形も同じで乱れひとつない。
「綺麗なもんだなあ」
有浄が入り口からこっちを眺め、感心したように言った。
褒められるのはいい。
だが―――
「有浄。そこから入ってくるなよ」
「厳しいな。わかってるって。あれだろ? 職人だけが入ることを許された工場だって言いたいんだろ?」
「いや、ちがう。昔、お前と兎々子があんこをつまみ食いして、全部なくなったことがあったからな。念のためだ」
「そうだっけ?」
とぼけてみせたが、俺はしっかり覚えているからな。
鍋いっぱいのあんこを完食した。
簡単に忘れられるか。
丸め終わると次は寒天を煮る。
鍋に水に浸しておいた寒天をいれてグツグツと形がなくなるまで煮溶かした。
あら熱をとって固まる手前まで冷ました寒天液を丸めたあんこの玉にそっとかけていく。
丸いあんこは透明な寒天をまとわせ、固まると『あんこ玉』という和菓子となる。
「おー、あんこ玉か。それじゃあ……」
「有浄。入ってくるなよ」
二度目の注意。
俺は見逃さなかった。
有浄の足が一歩、工場に踏み入れようとしていたのを。
「……厳しい」
「お前には厳しいくらいがちょうどいい」
棚からきなこを取り出した。
寒天をかけなかった丸いあんこにはきなこを絡める。
食感の違う二色のあんこ玉が綺麗に並んでいた。
仕上がったなと思って顔をあげると有浄があんこ玉をじっと見つめていた。
食いたいんだな……
仕方ない。
小皿に一種類ずつ入れてやった。
「有浄の分だ」
「さすが安海。俺の親友」
「腐れ縁な」
すばやく訂正しておいた。
隙あらば、親友に格上げしようと虎視眈々と狙ってくる有浄。
そうはさせるか。
「うん。やっぱり安海のあんこはうまい。寒天も分厚くていいな」
寒天を何度もかけることで分厚くなり、滑らかなあんこと透明な衣部分の食感の差が楽しめる和菓子となる。
「きなこもうまい」
あまりに有浄が褒めるので。俺もひとつ口にした。
寒天に包まれたあんこ玉は口に入れると弾力があり、舌で押し潰すとぷちっとした感触と同時に中から滑らかなあんこが飛び出してくる。
有浄や兎々子のつまみ食いをする気持ちがわかったような気がした。
「全部食べてしまう前に包むか」
竹の皮を取り出し、皮の上にあんこ玉を並べて包むと紐でしっかりと結んだ。
「小豆は邪気を祓う。これを食べれば、きっとあやかし達もおとなしくなるだろうな。うんうん。万事解決!」
「そんな効果はないと思うぞ」
「謙遜か? 安海が作る菓子には力がある。もっと自信を持っていい」
自信なんか持てるか。
俺は襷を外しながら、はあっとため息をついた。
俺の和菓子をどれだけ食べてもおとなしくならない奴が身近に二人もいる。
まったく、あやかしよりタチが悪い。
「さあ、準備ができたところで入らずの森で薬狩りといこうか!」
「お前だけで行けよ」
「なに言ってるんだ。安海にとっても悪い話じゃないんだぞ」
「俺は一度もお前から、いい話を聞いた覚えがないんだが」
逃がす気はないぜ! とばかりにガッと肩に腕を回された。
「柏の葉で柏餅、笹の葉で粽、蓬で饅頭を作れるぞ。な? 悪い話じゃないだろ?」
なんの闇取引だよ。
入らず森から菖蒲の葉を採っただけでは飽きたらず、他のものまで採ってくるつもりか?
「まるで、仕返しみたいだな」
「みたいじゃない。仕返しなんだよ」
なにと戦っているんだ、こいつは。
俺は平和がいいと心の中で呟きながら着物の袂に竹の皮に包んだあんこ玉を入れた。
「ああ、それと安海。この間、渡した狐面をつけていけよ。俺は平気だが、お前はあったほうがいい」
「有浄。後々、必要になることがわかっていて、あの狐面を俺に渡したな?」
俺を関わらせるために狐面をあやかしから手に入れたに違いない。
なにも言わず、にやりと笑った有浄は悪い顔をしていた。
あやかしよりも悪いのは絶対に有浄だ。
木の籠を俺の手に持たせ。頭の上に狐面をのせた。
なにが邪気を祓うだ。
来年の菖蒲飾りは断ろうと心に決めたのだった。
『千年屋』は大きな店ではない。
だが、初代のおかげで道具だけは立派なものが揃えられ、新しもの好きな二代目がいち早く取り入れた瓦斯コンロまである。
工場は狭いが、不便はない。
着物の下に着ていたシャツのカフスボタンをはずし、まくりあげた。
まずは寒天のかたまりを取り出し、ちぎって水の中に浸す。
そして、昨日の残りのこしあんを作業台に置いた。
俺のじいさんが作るこしあんは薄く伸ばすと布地のように滑らかで光沢があった。
単純で誰にでもできると思われがちだが、こしあんは誰が作っても同じというわけではない。
力量がはっきりとでる。
これが今の自分の力そのものだ。
自分が作ったこしあんの山から、あんを手に取り、丁寧に丸めていく。
丸めたものは木の番重に等間隔に並べ、整然とした列を作った。
こしあんの球体は大きさも形も同じで乱れひとつない。
「綺麗なもんだなあ」
有浄が入り口からこっちを眺め、感心したように言った。
褒められるのはいい。
だが―――
「有浄。そこから入ってくるなよ」
「厳しいな。わかってるって。あれだろ? 職人だけが入ることを許された工場だって言いたいんだろ?」
「いや、ちがう。昔、お前と兎々子があんこをつまみ食いして、全部なくなったことがあったからな。念のためだ」
「そうだっけ?」
とぼけてみせたが、俺はしっかり覚えているからな。
鍋いっぱいのあんこを完食した。
簡単に忘れられるか。
丸め終わると次は寒天を煮る。
鍋に水に浸しておいた寒天をいれてグツグツと形がなくなるまで煮溶かした。
あら熱をとって固まる手前まで冷ました寒天液を丸めたあんこの玉にそっとかけていく。
丸いあんこは透明な寒天をまとわせ、固まると『あんこ玉』という和菓子となる。
「おー、あんこ玉か。それじゃあ……」
「有浄。入ってくるなよ」
二度目の注意。
俺は見逃さなかった。
有浄の足が一歩、工場に踏み入れようとしていたのを。
「……厳しい」
「お前には厳しいくらいがちょうどいい」
棚からきなこを取り出した。
寒天をかけなかった丸いあんこにはきなこを絡める。
食感の違う二色のあんこ玉が綺麗に並んでいた。
仕上がったなと思って顔をあげると有浄があんこ玉をじっと見つめていた。
食いたいんだな……
仕方ない。
小皿に一種類ずつ入れてやった。
「有浄の分だ」
「さすが安海。俺の親友」
「腐れ縁な」
すばやく訂正しておいた。
隙あらば、親友に格上げしようと虎視眈々と狙ってくる有浄。
そうはさせるか。
「うん。やっぱり安海のあんこはうまい。寒天も分厚くていいな」
寒天を何度もかけることで分厚くなり、滑らかなあんこと透明な衣部分の食感の差が楽しめる和菓子となる。
「きなこもうまい」
あまりに有浄が褒めるので。俺もひとつ口にした。
寒天に包まれたあんこ玉は口に入れると弾力があり、舌で押し潰すとぷちっとした感触と同時に中から滑らかなあんこが飛び出してくる。
有浄や兎々子のつまみ食いをする気持ちがわかったような気がした。
「全部食べてしまう前に包むか」
竹の皮を取り出し、皮の上にあんこ玉を並べて包むと紐でしっかりと結んだ。
「小豆は邪気を祓う。これを食べれば、きっとあやかし達もおとなしくなるだろうな。うんうん。万事解決!」
「そんな効果はないと思うぞ」
「謙遜か? 安海が作る菓子には力がある。もっと自信を持っていい」
自信なんか持てるか。
俺は襷を外しながら、はあっとため息をついた。
俺の和菓子をどれだけ食べてもおとなしくならない奴が身近に二人もいる。
まったく、あやかしよりタチが悪い。
「さあ、準備ができたところで入らずの森で薬狩りといこうか!」
「お前だけで行けよ」
「なに言ってるんだ。安海にとっても悪い話じゃないんだぞ」
「俺は一度もお前から、いい話を聞いた覚えがないんだが」
逃がす気はないぜ! とばかりにガッと肩に腕を回された。
「柏の葉で柏餅、笹の葉で粽、蓬で饅頭を作れるぞ。な? 悪い話じゃないだろ?」
なんの闇取引だよ。
入らず森から菖蒲の葉を採っただけでは飽きたらず、他のものまで採ってくるつもりか?
「まるで、仕返しみたいだな」
「みたいじゃない。仕返しなんだよ」
なにと戦っているんだ、こいつは。
俺は平和がいいと心の中で呟きながら着物の袂に竹の皮に包んだあんこ玉を入れた。
「ああ、それと安海。この間、渡した狐面をつけていけよ。俺は平気だが、お前はあったほうがいい」
「有浄。後々、必要になることがわかっていて、あの狐面を俺に渡したな?」
俺を関わらせるために狐面をあやかしから手に入れたに違いない。
なにも言わず、にやりと笑った有浄は悪い顔をしていた。
あやかしよりも悪いのは絶対に有浄だ。
木の籠を俺の手に持たせ。頭の上に狐面をのせた。
なにが邪気を祓うだ。
来年の菖蒲飾りは断ろうと心に決めたのだった。
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