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第一話 狐の嫁入り~お祝いまんじゅう~

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善哉ぜんざいには餅が付き物だ。
完成した善哉の汁には餅粉で作った餅を入れた。
餅は餅粉に水を少しずつ加えて丸め、沸騰したお湯に落とし、浮かんできても焦らずしばらく待つ。
煮えたら、椀の中へ入れる。
餅は小豆の甘い汁の中で白い顔をのぞかせていた。
冷めないうちに茶の間には運び、白い湯気のあがる木の椀をちゃぶ台の上に置いた。
出来立ての餅を甘い汁によく絡ませ、熱々の餅と汁でいただくのがいい。

「わぁー! 善哉だー!」

「よきかな、よきかなってね」

大喜びの二人だったが、ここで俺は大事なことを言っておかねばならない。
キリッとした顔でおごそかに告げた。

「いいか。俺はこの後、昼寝をするんだからな。食べたら帰れよ」

今日一番大事なことを俺は言った。
だが、二人はせっせと善哉を食べていて返事はなかった。

「返事をしろよ……」

「おいしーい」

「小豆の味がしっかりしてるね」

俺が求めているのはそういう返しではない。
小さくため息をつき、椀を手にした。
椀を顔に近づけると白い湯気が頬に触れ、慣れ親しんだ小豆の香りが心を落ち着かせた。
まだ熱い汁にそっと口をつける。
ふっくらとした小豆に甘い汁が口の中で塩気のきいた餅と絡んでちょうどいい味になっていた。
そして、雨が降って肌寒かったからか、善哉が体に温かく感じた。

「それで、安海やすみ。お祝い饅頭はどんな饅頭にするつもりだ? 満足のいくものにしてやらないと後々、たたられるぞ」

「おい、物騒だな」

「うまくいけば、商売繁盛。お稲荷いなり様のご加護があるだろうよ。 頑張れ! 安海!」

有浄ありきよは完全に他人事だ。
お前が諸悪の根源にして、元凶なんだがと言ってやりたい。

「狐なんて言っちゃだめでしょ!さっきの女の人は狐に似ていたけど、すごく美人な女の人だったよね。有浄さんはすぐに人をからかうんだから」

―――これだよ。
兎々子ととこにあやかしを視る力はない。
いや、認識はしているのだ。
しているが、俺と有浄が見ている姿と兎々子が目にしているものはきっと違う。
兎々子にはさっきの明らかに人じゃないものも人間の姿に見えてしまっているらしい。
いや、もしかすると、俺と有浄が見ている姿も違うかもしれない。

「からかってないよ。俺ほど正直者はいないっていうのにひどいなぁ」

ははっと有浄は笑った。

「兎々子ちゃん。人の形をしたものが、本当に人かどうかなんて確かめる方法はないよね? 君が見ている姿が本当に人間なのかどうか、それは―――」

「ぎゃー!」

兎々子が有浄に座布団を投げつけた。
ばふっと音をたて、有浄の顔面に座布団がぶつかって畳の上にぼとっと落ちた。

「怪談はやめてよー!」

有浄に座布団を投げつける奴は兎々子くらいだ。
俺は座布団(相棒)を『よしよし、怖かったな』と保護した。
なにしてくれるんだよ。
俺の座布団(相棒)に。
有浄は甘い善哉を口にしているにもかかわらず、苦々しい表情を浮かべた。

「兎々子ちゃんは恐怖心を和らげるために綺麗なものや可愛いものに変えてしまっているんだろうね」

「それでいいだろ。別に本当の姿を知る必要はない」

「まあ、そうだね」

有浄は俺の言葉に笑いながら善哉の汁をすすった。
綺麗なものや可愛いものか―――

「兎々子。お前なら、どんなお祝い饅頭がいい?」

「え?私?」

うーんと兎々子は胸の前で腕を組んで天井を仰ぐ。
天井の木目を数えているんじゃないかってくらい考えてから、兎々子は言った。

「お見合い連敗中の私が答えていいもの?」

「お見合いを勝負事みたいに言うなよ」

「兎々子ちゃん。また失敗したのか!」

ぷっと有浄が笑ったのを兎々子はムッとした顔をしてにらんだ。

「今度はなにをしでかしたんだ? 仲人さんの着物の裾を踏んづけたのか? 庭の蝶々を見ていて話を聞いてなかったのか? それとも腹の音でも鳴らしたのか」

「もー! やめてよ! 昔の私とはひと味もふた味も違うんだから。昔の失敗は繰り返しません」

「失敗を繰り返した結果、お見合いの全滅に繋がっているんだけどねー」

ぎろっと兎々子は有浄をにらんだ。

「私の話を聞いてください!」

「どうぞ」

「あー、はいはい」

俺と有浄はまたどうせくだらない失敗なんだろうなと思っていた。
ドジを絵に描いたような兎々子。
今回はなにをやらかしたのだろうか。

「両親がね、久しぶりにやってきた私のお見合い話にすっごく乗り気だったの。私のお見合い相手の人は帝大を卒業されていて、末は博士かお大尽だいじんかって大騒ぎ。これはもう娘に熨斗のしつけてでも、嫁にやろうっていう勢いでね」

「帝大なら俺も卒業した」

「あー、俺もー」

なぜか兎々子は冷たい目で俺達を見た。
第一高等学校に入学して卒業すれば自然な流れで入学するのが帝国大学。
同級生達は博士だとか、医者になったり、大陸に渡り事業をしたりと華々しい活躍をしている人間が多い。
そんな中で俺と有浄は和菓子屋と神主になったわけだが。
仕事をするのが面倒くさ―――いや、俺はこの『千年屋ちとせや』の一人息子で跡取りだったからな。
上海に行ってしまった親父の代わりに三代目として立派にやってるってわけだ(ということにしておこう)。

「二人は卒業しただけよね」

さらっと失礼なことを兎々子は言ってくれた。
だが、大正解。
悲しいことに俺と有浄はなんの反論もできなかった。

「二人の学歴はどうでもいいの」

「あ、そう」

「残念だなー」

卒業してなんの役にも立たなかった俺達の知識と学力。
兎々子にまでどうでもいい扱いされてしまった。

「そういうわけで、両親はいずれ私が奥様になるかもって、夢をみたのよ」

「夢をみる前に現実をみろよ」

「兎々子ちゃんが政治家や実業家の奥様とか無理だろーね」

「二人とも黙ってて!」

俺と有浄は怒られてしまった。

「それで、張り切った両親は私に座って待っているように言ったの。余計なことをして失敗しないようにね。だから、私は正座をして相手を待ってたわけですよ。いわば、決戦前の心境で!」

「ほう」

なぜか、俺の頭の中には宮本武蔵(見合い相手)と佐々木小次郎(兎々子)が思い浮かんだ。

「そこまではよかったの。でも、仲人さんがやってきて、挨拶しなきゃって立ち上がった時、足がしびれてうまく立てなくて」

「転んだのか? けど、転んだくらいじゃ破談にならないだろ」

「勢いあまって仲人さんにぶつかって、とっさに頭の上の帽子を手でつかんだら帽子がはずれたの」

「あ、兎々子ちゃん、それは……」

「帽子の下はハゲだったの! それも鏡みたいに輝かんばかりの綺麗なハゲで!」

うわーんっと兎々子は畳の上に泣き伏せたように見せかけて、しっかり笑っていた。
赤いリボンが震えていた。

「つまり、兎々子は見合い相手より仲人の頭をずっと見てたってことか」

「そんなの見ちゃうよ……。鏡みたいなんだよ? もうちょっとで景色が見えそうだったんだから」

「なるほど。兎々子ちゃんは頭が気になりすぎてお見合い相手の顔を見なかったと……」

「そう。ずっとお見合いの間、相手より頭が気になって、どうしてもそっちに目がいっちゃったの。せめて最初から、潔くハゲを見せてくれたらよかったのにー!」

先に出しとけとか、無茶ぶりもいいところだ。
兎々子のお見合いは大抵、こいつのドジに始まりドジに終わる。
まだハゲですんだだけ平和なものだ。
前回はお茶菓子が宙に舞って、それを隣の家が飼っている猫に奪われた。
兎々子はお菓子を取り返すべく猫を追いかけ、乱闘するという醜態を演じた。
お茶菓子を諦めればいいものを全力で追いかけたせいで、髪はぐちゃぐちゃ、せっかくの着物は着崩れしてお見合いは当然お断りされたというわけだ。
兎々子は『見た目で判断して欲しくないわ』などと、わけのわからない供述をしていたが、俺の中ではハゲを笑った時点で有罪決定だよ、お前は。

「お前の見合いの失敗談はいいから、女性が喜ぶようなものってなんだ? なにか言ってみてくれ」

「私なら、お花とかリボンかなあ」

うーんと兎々子は唸った。

「兎々子ちゃん。そんなの俺でも思い付くよ」

「むっ! じゃあ、有浄さんはどんなお菓子がいいっていうの?」

「それは安海が考える。俺は神主で専門外だからね」

「ふ、ふーん。他力本願ね」

「適材適所だよ」

バチバチと二人が火花を散らした。
雲行きが怪しくなってきたところで俺は言った。

「あー、もう、わかった。わかったから」

やめろと二人の間に割って入った。
卯月も終わりで今さら牡丹や桜、山吹という上生菓子も出せない。
ならば、皐月はとなるわけだが―――

「季節の上生菓子じゃ普通だしな」

初代が書き記した千年屋菓子絵図帳をぱらぱらとめくった。
じいさんが描いた菓子の絵と名前が記されている。
それを一通り眺めて閉じた。
やはり、お祝いまんじゅうは紅白の薯蕷じょうよ饅頭まんじゅうがいいだろう。 
芋をいれたもっちりとした生地に甘い小豆あんを丸めて包み蒸した饅頭。

「普通の紅白饅頭じゃだめなのか」

「赤と白はいいんじゃないか。めでたいことだし」

有浄が濃いめの緑茶を飲みながら言った。
気がつくと兎々子がいない。

「あれ? あいつ、どこ行った」

「ここ、ここ!」

ばーんっと兎々子は狐のお面をかぶって登場した。
手にはでんでん太鼓を手にして。

「おい……。祭りでも始める気か?」

兎々子はじいさんが集めたガラクタが入った木箱を持ってきて、どんっと俺の目の前に置いた。
俺が真剣に考えているっていうのになにやってんんだ?
俺と有浄は呆れた顔で兎々子を眺めたのだった。
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