呪われた皇女の結婚~敵国に嫁がせていただきありがとうございます!~

椿蛍

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31 お兄様の変化

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「毒の神の力を利用し、私を殺そうとしたのよ!」

 ――どうして、そんな嘘を。

 否定したけれど、私をよく知らないドルトルージェ王国の令嬢たちは、目に見えて動揺していた。
 昔も同じようなことがあった。
 お兄様はロザリエに味方し、お父様に嘘を言った。
 そして、私は幽閉された……
 また、私は危険だと言われ、幽閉されてしまうのだろうか。
 毒の神の力について、どう説明したらいいか悩んでいると――

「幼いロザリエが、俺の剣を奪い、注意されていたのにも関わらず、シルヴィエを傷つけたのですよ」

 お兄様は令嬢たちに微笑み、前回とは違う言葉――真実を口にした。

「シルヴィエお姉様をかばうつもりっ!?」
「真実を口にしただけだ」

 お兄様は本当のことを話してくれた。

「俺も不注意でした。淑女だろうと思っていた妹に、まさか剣を奪われるとは、思っていなかったので」
「まあ……。剣なんて、触ったこともございませんわ」
「ロザリエ様は活発な方ですのね」
 
 令嬢たちのロザリエを見る目が変わる。

「そうですわよね。村の子供たちを救ったシルヴィエ様が、毒の神の力を悪用し、誰かを傷つけるなんて、ありえませんわ」
「剣でお姉様を傷つけるなんて、ロザリエ様は恐ろしいことをなさいますのね」

 令嬢たちはロザリエから離れていく。

「ま、待って……。ち、違うの。これは……お、お姉様のせいっ!」

 揉め事になってはと思い、令嬢たちに目で合図し、ここから遠ざかってもらった。
 ロザリエが令嬢たちになにか傷でもつけようものなら、国と国の問題になってしまう。
 今まで、私だけに向けられていたロザリエの憎しみの目が、お兄様にも向けられた。

「どういうつもり? お父様に報告するわよ!」
「それで構わない」

 ロザリエの顔が青ざめ、私をにらむ。
 怒りの矛先をかわすように、お兄様は私とロザリエの間に入って立つ。

「ロザリエ。お前の部屋にある植物は、空気を清浄にするものだと知っているな? あれは、幽閉中のシルヴィエが研究し、育てていた植物だ」
「お姉様が?」
「お前の症状を軽くできるのも、シルヴィエが呪いを受けた兵士たちと長年やり取りしていた成果だ。それがなかったら、お前はもっと苦しんでいた」

 ロザリエには伝えられていなかったのか、初めて知ったという顔をしていた。
 割れた茶色の小瓶の破片を眺め、ロザリエは震えていた。 
 貴重な薬は土の上にまかれて、元には戻らない。
 この薬を必要とする人は、他にもいたのに……
 土を踏む音がして、顔を上げると、そこにはアレシュ様がいた。

「ひどいことをする」
「アレシュ様……。貴重な薬を無駄にしてしまい、申し訳ありません」
「いや、シルヴィエに怪我がなくてよかった」

 騒ぎを聞きつけたアレシュ様が、やってきて、険しい表情で割れた瓶に目をやる。
 破片を手にとり、残念そうな顔をした。
 この薬の素材は、どれも簡単に手に入らないものばかりだった。
 医療院に理由を話したら、快く譲ってくださったのだ。

「ロザリエ。せめて謝罪を」

 お兄様が謝るように言ったけれど、ロザリエはそれを拒んだ。

「お姉様。うまくやったわね。中身はどうせ毒だったんでしょ?」
「いいえ。私が最初に言ったとおり、優秀な薬草師がいる医療院でさえ、ひとつしか作れなかった貴重な薬です」
「ドルトルージェ王国からの心遣いを無駄にしてしまい、申し訳なく思う。レグヴラーナ帝国を代表し、謝罪する」

 お兄様が頭を下げたのを見て、ロザリエは声を張り上げた。

「お兄様! 勝手なことをしていいと思っているのっ!?」
「レグヴラーナ帝国の皇子として、扱われている間は、こうするのが正しい。そうだろう?」

 プライドの高いお兄様が頭を下げたのには、私だけでなく、アレシュ様も驚いていた。

「そうだな! ラドヴァン!」
「呼び捨てに……いや、もういい」

 アレシュ様はお兄様の反応におかしな顔をした。
 
 ――お兄様がおかしい。

 そう思っているのは、私だけではないようだった。 
 でも、ロザリエはそんなお兄様を気にする余裕はないようで、侍女と兵士を呼びつけた。
 そばにきた侍女に、ロザリエは耳打ちする。
 悪い顔をして笑っていた。

「お兄様。私を裏切ったこと、後悔するわよ」

 侍女たちはロザリエを連れ、去っていく。
 お兄様がロザリエを追うことはなく、黙って見送る。
 気づけば、帝国の侍女も兵士も数を減らし、いなくなっていた。
 
「きっとこれは、俺がシルヴィエを置き去りにした罰だ」

 自嘲気味にお兄様は言ったけれど、お兄様を慕う兵士と侍女は残っている。
 帝国内の混乱が、ここでも見てとれた。
 でも、お兄様はもう――

「ドルトルージェ国王陛下。俺を慕い、ここに残った兵士と侍女ですが、時機を見て、帝国へ帰していただけないでしょうか?」
「それは構わないが……」

 帝国内の不穏な空気をドルトルージェの人間たちも悟った。

「お兄様。待ってください。なにがあったのですか?」

 絶対に皇帝にならなければという必死さと、帝国の第一皇子であるというプライドが、お兄様から消えていた。
 これがお別れであるかのように感じ、私はお兄様の手をとった。

「シルヴィエ……」

 お兄様の青い瞳が動き、一瞬だけ私ではない人に目が行っている。
 視線の先にいたのは、庭師のハヴェルで、ハヴェルもまたお兄様を見ていた。
 ハヴェルの髪の色は黒、瞳は青色で、お兄様と同じ。
 顔が見えないくらい髭をはやし、熊みたいなハヴェルのスタイルは、自分を隠すためだったとしたら?
 
 ――まさか、そんな。

 お兄様は私のわずかな動揺に気づいたらしく、苦笑した。
 お前もわかっただろうという顔。

「罠だとわかっていても逃げずにここへ来たのは、シルヴィエに会いたかったからだ」

 告げられたのは、お兄様からの別れの挨拶だった。
 はっきりと別れを言ったわけではなかったけれど、このまま、どこかに身を隠すつもりであることはわかった。

「そんな最後のお別れみたいに、おっしゃらないでください。お兄様は本当にこれで、よろしいと思っているのですか?」

 レグヴラーナ帝国はロザリエが即位すれば、間違いなく滅びる。
 それをお兄様だって、わかっているはず。
 握る手をきつく握りしめた。

「皇帝になるのは、お兄様しかいないのです。今のお兄様なら、きっと民を思う皇帝になられるはず」

 今まで、お兄様が皇帝になるため、努力してきたことは知っている。
 難しい本をたくさん読み、そつなく外交をこなし、貴族たちとの社交も怠らない。
 ここで、本当にお兄様が皇帝になるのを諦めてしまったら、貴族たちの反発により、内乱が起こる。
 
「なんだ。ラドヴァンは皇位継承争いに負けたから、姿を消し、なにもかも終わりにするつもりだったのか?」

 珍しく、アレシュ様は意地悪な顔をしていた。

「王になろうという人間が、簡単に諦めてどうする」
「なにが言いたい」
「俺は諦めが悪いほうだ。王は諦めが悪いほうがいいんだ」

 アレシュ様は空を仰ぐ。
 空には鳥が数羽飛んでいる。
 騒がしい鳥たちに、アレシュ様は目を細めた。

「皇帝の地位を諦めていいのか? 貴族たちは皇都に攻めこもうと、兵士を集めているぞ」
「なぜ、それがわかる」
「情報収集は俺の得意分野だ。ここで抑えないと内乱が起きるのは間違いない」

 お兄様に迷いが見えた。
 貴族たちと交流があるお兄様は、以前より内乱の兆候を察していたはずだ。
 でも、それを止めるためには、皇位継承権を取り戻さなくてはいけなかった。
 貴族たちの要求は、ロザリエではなく、お兄様の即位なのだから。

「お兄様。王とは資質です。お父様とロザリエに、王の資質がありますか?」
「王の資質か」

 私の言葉を噛み締めるように、お兄様は青い瞳を閉じた。
 そして、目を開ける。
 目を開けた時、お兄様の視線の先にいたハヴェルは姿を隠し、いなくなっていた。
 ハヴェルはお兄様を皇子として扱っている。
 自分の子であるとは、思っていない。
 思っていたなら、名乗り出たはずだ。 
 確証がないからこそ、お父様はお兄様を冷たく扱うことしかできなかったのだ。
 
「ラドヴァン皇子。民のためにも、皇帝になることを選ぶべきだ。今の皇帝と妹では、無理だとわかっているだろう? 支援はできる」
「ドルトルージェ国王陛下……」

 お兄様は深く頭を下げた。

「度重なる帝国の非礼をお詫び申し上げます。そして、我が国への助力、感謝いたします」

 国王陛下はアレシュ様に視線を送る。
 アレシュ様はうなずき、拳を握り、胸の前に置く。

「国王陛下。レグヴラーナ帝国侵攻を止めるため、風の神の力を行使する許可をいただけますでしょうか?」
「許可する。帝国の侵攻を止め、ラドヴァン皇子を助けるように」
「おまかせください」

 アレシュ様は楽しげに笑い、私を見る。

「ヴァルトルの力を使ってみたいと思っていたところだ」
「『目』だけではないのですか?」
「もちろん。なんなら、シルヴィエも一緒に来るか? レネの力の使い方を覚えておいても損はない」

 レネの力――そういえば、使おうと思って、使ったことがなかった。
 ヴァルトルが戻り、アレシュ様の額に自分の額をつける。

「国境から、レグヴラーナ帝国の兵が移動している。ロザリエ皇女を迎えに来た皇帝も一緒だ」

 ヴァルトルの力のひとつ、『目』で見たのは、国境を越えたレグヴラーナ帝国の兵士たちとお父様。
 敵国に残された私とお兄様の処刑を期待しての行動だった。
 お父様は後継者であるロザリエだけを助ければいいだけ。
 邪魔な存在は敵国が処分してくれる。
 お父様の考えが、手に取るようにわかる。

「お兄様。お父様は私たちを捨てました。もう遠慮はいりませんね」 
「そうだな」

 お兄様は自分に従って、残った兵士と侍女を見る。

「貴族たちに使者を送る。父に代わり、皇帝に即位すると伝えよ」

 青い瞳は帝国の方角を見つめていた。            
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