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10 嫁ぎ先の決定
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幽閉生活が始まって二年――
私の結婚は極秘らしく、あの夜以来、お兄様以外の口から語られることはなかった。
お兄様が訪れ、私に結婚の話をしたことは、夢だったような気がして、誰にも言えずに胸の中に仕舞っていた。
けれど、その日は突然やってきた。
「シルヴィエ。お前は敵国ドルトルージェへ嫁げ」
そうお父様に告げられた時、私は十八歳、ロザリエは十七歳になっていた。
『敵国に嫁がせていただきありがとうございます!』
つい、口からポロリとでた感謝の気持ち。
お父様たちから顰蹙を買い、気まずい空気になった。
その上、お父様は私に非情な命令を下した。
『第一皇女シルヴィエに命じる。夫となるアレシュ王子を殺せ』
結婚と同時に、夫を殺せと命じられた。
私の呪いの力で、敵国の王子を殺し、帝国の役に立てということらしい。
暗殺が成功すれば、ここへ帰してやるという話だけど――
「戻っても、また幽閉生活ですよね」
お兄様が皇帝に即位しても幽閉すると言っているのだから、私のレグヴラーナ帝国での将来は、幽閉一択。
「敵国がどんな国なのか、わかりませんが、幽閉が報酬になると考えているお父様たちの元へ戻る意味はあるのでしょうか……」
呪われた娘と呼んで、両親はこの二年、私の顔さえ、一度も見に来たことはなかった。
唯一、やってきたのはお兄様だけ。
そのお兄様も罪滅ぼしのつもりなのか、嫌みを言って、差し入れを置いて帰るという謎の行動。
二年間で、私と家族の溝が埋まることはなかったし、ロザリエが私を傷つけた事実も誤魔化されたまま。
「敵国とはいえ、私が呪われていると、気づかれないようにすれば、それなりの生活は送れるはずですよね!」
頑張ろうっと気合いを入れ、ぐっと拳を握りしめた。
でも、仲良くなった兵士たちや庭師のハヴェルと別れるのは、寂しい気がした。
二年の間で、すっかり仲良くなり、おやつや夜食のお礼に、小麦粉や本、料理に必要な砂糖や香辛料などいただいている。
私が部屋に戻ると――
「また野郎に囲まれた汗くさい職場へ逆戻りか……」
「人生のごぼうびタイム終了……」
おめでとうという雰囲気ではなく、お葬式みたいに沈んだ雰囲気になっていた。
そんな中、明るい笑顔でお祝いを言ってくれたのは、ベテラン庭師のハヴェルだけだった。
「シルヴィエ様。おめでとうございます」
相変わらず、黒もじゃの熊みたいなハヴェル。
腕のいい庭師だけあって、贈られた花束はとても美しい花ばかりだった。
「ありがとうございます。幽閉生活を楽しく過ごせたのは、みなさんがいてくれたからです。今まで作った保存食ですけれど、よろしければもらっていただけますか?」
兵士たちは泣き出し、ハヴェルは困ったように彼らを眺めた。
「外国に行き、色々なものをこの目で、じかに見られるのは嬉しいです。でも、ここが荒れると思うと残念ですね」
二年の間に広くなった畑、パン窯、テーブルと椅子は訪れる人たちをもてなすため、数が増えて、小鳥の巣箱や水呑場も作った。
そして、異国の人からいただいた雪の花は増え、土が見えないくらい花壇を白く埋めている。
雪は薬にも使え、血行促進、鎮痛剤や風邪薬と、その用途は幅広い。
――帝国から出られるのは嬉しい。でも、あの人にもう一度会いたかったと思うのは、なぜでしょうか。
白い花を手にした私が、ここが荒れるのを悲しんでいるとハヴェルは思ったらしく。
「ご心配なく。他の庭師にも声をかけて、この小さな農園を引き続き、育てていくようにします」
そう言ってくれた。
兵士たちは鼻をすすりながら、私に尋ねた。
「それで、シルヴィエ様の嫁ぎ先は、どこの国に決まったのですか?」
「ドルトルージェ王国です」
全員が黙り込んだ。
敵国ドルトルージェに、呪われた皇女を嫁がせる意味は、ただひとつ。
「暗殺ですか……」
「それでは、敵国の王子を殺したら、シルヴィエ様は捕まり……」
「もちろん、処刑されるでしょう。でも、私は暗殺などするつもりはありません」
私の言葉に、兵士たちはホッと胸を撫で下ろし、そして複雑な表情を浮かべた。
皇帝陛下の命令に従わず、私がここへ戻った場合、処刑に近い待遇が待っている。
結婚しても、触れることのできない妻。
そんな結婚に幸せを望めるかというと、まず無理だろうと誰もが思った。
「そんな顔をなさらないで。私は大丈夫。敵国ですが、夫となる方とも仲良くしたいと思っています」
「俺たち、護衛役の兵士として立候補するつもりです」
「列の端っこになるかもしれませんが、それでもシルヴィエ様をお守りさせてください」
今まで、私の見張りに立っていた兵士たちは、そう言ってくれたけど、私はそれを断った。
「いいえ。ここに残って、畑を守ってください」
「しかし……」
「この場所が大切だと思う人がいなくなったら、荒れてしまいますから」
「みんな、大切に思っております!」
万が一、私にかけられた呪いで、敵国の誰かを傷つけてしまったら、戦争になる。
可能性はゼロではない。
私に傷つける気持ちは少しもなかったのに、ロザリエは呪われた。
「兵士たちの詰め所にして、ここを守るつもりです!」
「はい。お願いします」
私がにこにこ笑っていても、兵士たちは沈んだままだった。
「悲しまずに微笑んでください。私は不幸ではないのですから」
十八歳の春――風が吹く。
風に揺れる雪の花は、ウェディングドレスと同じ色をし、私の門出を祝うように咲いていた。
私の結婚は極秘らしく、あの夜以来、お兄様以外の口から語られることはなかった。
お兄様が訪れ、私に結婚の話をしたことは、夢だったような気がして、誰にも言えずに胸の中に仕舞っていた。
けれど、その日は突然やってきた。
「シルヴィエ。お前は敵国ドルトルージェへ嫁げ」
そうお父様に告げられた時、私は十八歳、ロザリエは十七歳になっていた。
『敵国に嫁がせていただきありがとうございます!』
つい、口からポロリとでた感謝の気持ち。
お父様たちから顰蹙を買い、気まずい空気になった。
その上、お父様は私に非情な命令を下した。
『第一皇女シルヴィエに命じる。夫となるアレシュ王子を殺せ』
結婚と同時に、夫を殺せと命じられた。
私の呪いの力で、敵国の王子を殺し、帝国の役に立てということらしい。
暗殺が成功すれば、ここへ帰してやるという話だけど――
「戻っても、また幽閉生活ですよね」
お兄様が皇帝に即位しても幽閉すると言っているのだから、私のレグヴラーナ帝国での将来は、幽閉一択。
「敵国がどんな国なのか、わかりませんが、幽閉が報酬になると考えているお父様たちの元へ戻る意味はあるのでしょうか……」
呪われた娘と呼んで、両親はこの二年、私の顔さえ、一度も見に来たことはなかった。
唯一、やってきたのはお兄様だけ。
そのお兄様も罪滅ぼしのつもりなのか、嫌みを言って、差し入れを置いて帰るという謎の行動。
二年間で、私と家族の溝が埋まることはなかったし、ロザリエが私を傷つけた事実も誤魔化されたまま。
「敵国とはいえ、私が呪われていると、気づかれないようにすれば、それなりの生活は送れるはずですよね!」
頑張ろうっと気合いを入れ、ぐっと拳を握りしめた。
でも、仲良くなった兵士たちや庭師のハヴェルと別れるのは、寂しい気がした。
二年の間で、すっかり仲良くなり、おやつや夜食のお礼に、小麦粉や本、料理に必要な砂糖や香辛料などいただいている。
私が部屋に戻ると――
「また野郎に囲まれた汗くさい職場へ逆戻りか……」
「人生のごぼうびタイム終了……」
おめでとうという雰囲気ではなく、お葬式みたいに沈んだ雰囲気になっていた。
そんな中、明るい笑顔でお祝いを言ってくれたのは、ベテラン庭師のハヴェルだけだった。
「シルヴィエ様。おめでとうございます」
相変わらず、黒もじゃの熊みたいなハヴェル。
腕のいい庭師だけあって、贈られた花束はとても美しい花ばかりだった。
「ありがとうございます。幽閉生活を楽しく過ごせたのは、みなさんがいてくれたからです。今まで作った保存食ですけれど、よろしければもらっていただけますか?」
兵士たちは泣き出し、ハヴェルは困ったように彼らを眺めた。
「外国に行き、色々なものをこの目で、じかに見られるのは嬉しいです。でも、ここが荒れると思うと残念ですね」
二年の間に広くなった畑、パン窯、テーブルと椅子は訪れる人たちをもてなすため、数が増えて、小鳥の巣箱や水呑場も作った。
そして、異国の人からいただいた雪の花は増え、土が見えないくらい花壇を白く埋めている。
雪は薬にも使え、血行促進、鎮痛剤や風邪薬と、その用途は幅広い。
――帝国から出られるのは嬉しい。でも、あの人にもう一度会いたかったと思うのは、なぜでしょうか。
白い花を手にした私が、ここが荒れるのを悲しんでいるとハヴェルは思ったらしく。
「ご心配なく。他の庭師にも声をかけて、この小さな農園を引き続き、育てていくようにします」
そう言ってくれた。
兵士たちは鼻をすすりながら、私に尋ねた。
「それで、シルヴィエ様の嫁ぎ先は、どこの国に決まったのですか?」
「ドルトルージェ王国です」
全員が黙り込んだ。
敵国ドルトルージェに、呪われた皇女を嫁がせる意味は、ただひとつ。
「暗殺ですか……」
「それでは、敵国の王子を殺したら、シルヴィエ様は捕まり……」
「もちろん、処刑されるでしょう。でも、私は暗殺などするつもりはありません」
私の言葉に、兵士たちはホッと胸を撫で下ろし、そして複雑な表情を浮かべた。
皇帝陛下の命令に従わず、私がここへ戻った場合、処刑に近い待遇が待っている。
結婚しても、触れることのできない妻。
そんな結婚に幸せを望めるかというと、まず無理だろうと誰もが思った。
「そんな顔をなさらないで。私は大丈夫。敵国ですが、夫となる方とも仲良くしたいと思っています」
「俺たち、護衛役の兵士として立候補するつもりです」
「列の端っこになるかもしれませんが、それでもシルヴィエ様をお守りさせてください」
今まで、私の見張りに立っていた兵士たちは、そう言ってくれたけど、私はそれを断った。
「いいえ。ここに残って、畑を守ってください」
「しかし……」
「この場所が大切だと思う人がいなくなったら、荒れてしまいますから」
「みんな、大切に思っております!」
万が一、私にかけられた呪いで、敵国の誰かを傷つけてしまったら、戦争になる。
可能性はゼロではない。
私に傷つける気持ちは少しもなかったのに、ロザリエは呪われた。
「兵士たちの詰め所にして、ここを守るつもりです!」
「はい。お願いします」
私がにこにこ笑っていても、兵士たちは沈んだままだった。
「悲しまずに微笑んでください。私は不幸ではないのですから」
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